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33.再スタート

『やられっちまった・・・』

 すべてはスタートの失敗からだった。スタートで失敗し、マシ

ンを立て直した時は奴が後ろにいた。そして狙い澄ましたように、

クラッシュさせるタイミングを計り、まんまとおれはそれに引っ

かかった。


『すべてが終わった・・・』

 おれはコースを見た。次々とマシンが走り去っていく。心に闘

争心が消えかかるのを感じた。

『テル。もうあきらめるの?』

 また佳奈の声がしたような気がした。


『佳奈。もう最後尾だ。どんなにがんばっても届かないよ』

『テルのレースに対する情熱はその程度だったわけ?やりもしな

いのに頭だけであきらめるのね。テルの好きなワイン・ガードナ

ーだったらここはどうするかしら』


 ワイン・ガードナー・・・バイクのワールド・グランプリで活

躍した名ライダーだ。彼はクラッシュしようともマシンが動く限

りあきらめなかった。まさに気迫で走り、闘神そのものだ。


『ガードナーだったら・・・あきらめないだろう。だが今のおれ

には・・・』

『テル、由樹ちゃんを叩きのめすんじゃなかったの?ここであき

らめて自分で満足できる?』


 できるわけがなかった。おれはガードーナーの走る勇姿を思い

浮かべた。

『そうだな。やれないと思ったらやれないし、やれると思ったら

不可能が可能になる時だってある。わかったよ、佳奈。結果はど

うなるかわからんが、やるよ。このままじゃガードナーに笑われ

っちまう』


 もう佳奈の声なのか、自分自身の声なのかわからなかった。だ

が、もうやるしかない。おれはすぐにマシンを降りた。

 コーナーの土手にたくさんの観客がおれを見ていた。その中に

兄貴夫妻の姿を見つけた。義理姉さんは心配そうな顔をしていた

が、おれは手をあげて大丈夫というしぐさを見せた。


 マシンを見た。外見はダメージを受けていない。スポイラーも

大丈夫だ。タイヤもオーケーだ。ただ砂地に少しめり込んでいた。

 だが、この程度なら四駆であれば脱出できそうだ。おれはマシ

ンに乗り込んだ。


 エンジンはまだかかっている。おれはギアをローに入れて、ゆ

っくりとクラッチをつないだ。ここはゆっくりと進むなければな

らない。慌てて急発進でもしようものなら、ますますリヤタイヤ

が砂地にめり込む。マシンが前進した。


『よし。いいぞ。このままだ。ゆっくりと、ゆっくり』

 おれはマシンを転がすようにコースの縁石まで進ませた。コー

ス上にマシンがいないのを確かめると、アクセルを少し踏み込ん

だ。マシンがコースに出た。成功だ。


『ここからがリスタートだ』

 アクセルを思い切り踏み込んだ。マシンは元気を取り戻した。

 各コーナーを慎重にクリアしながらマシンの挙動を確かめた。

 どうやら大丈夫のようだ。サスペンションもエンジンも走って

いる限り、異常は認められなかった。


 やがて、メインスタンド前を通過した。今頃おやっさんたちは

ほっととしているだろう。おれがクラッシュしたことはアナウン

スされたことだろうし。ピットロード前を通過するとおれは再び

加速した。他のマシンはまだ見えない。やはり最後尾だ。


『テル。タイムアタックを思い出すのよ』

 再び佳奈がおれに呼びかけた。

『タイムアタック……。そうか、タイムアタックのようなライン

をできるだけ外さないような走りをすればいいんだ』


 やっとマシンが見えたのは五周目の最終コーナーだった。丸い

テールだ。スカイラインGT―R・Vスペック。Vスペックほど

のマシンがこの順位を走っているのはおかしいと思ったが、コー

スのライン取りを見ていると、なるほどと思わせられた。


 ドリフトはしているがラインが一定していない。リヤが暴れて、

マシンをコントロールできていなかった。こういうマシンを抜く

のは簡単だが、下手にコーナーで抜こうとすると、変にラインを

防ごうとして危険だ。


ここはストレートで抜くのが無難だ。ストレートのマックス・

スピードはGT―Rのほうが速いが、コーナーでの立ち上がりを

早くすればインプレッサでもストレートで抜くことができる。

 おれは二コーナーの立ち上がりでフル加速し、ゆるやかな三、

四コーナーで一気に追いつき、五コーナーの手前でインから抜い

た。


 GT―Rを抜くと、次々とマシンが見えてきた。おれは無我夢

中で走った。タイムアタックを思い出し、ラインを忠実に守った。

 ラインをブロックされたら無理して抜かず、安全なパッシング

ポイントでパスする。


 もうすでに体からは汗が噴き出している。いくらレーシングス

ーツにクーラー機能がついているからといっても、これだけの暑

さで百回を越えるシフトチェンジを繰り返していれば当然だ。


 何周走っただろうか。メインスタンド前にかかった時、おれは

自分のピットを見た。ボードが見える。十五周目、順位五位とい

った意味の数字が書いてあった。いつのまにか五位になっていた

のだ。

 また、バイパーは燃費の関係で一度度ピット・インしているの

もわかった。やはり予想していたとおりだ。おれは暑さに負けそ

うな体が再び元気になるのを感じた。


『いける。この調子だとトップグループに追いつくことができる』

 だが、四位のマシンはなかなか見なかった。トップグループと

はかなり離れているようだ。あせりは禁物だ。ここでトップグル

ープに追いつこうとしてペースをあげ、無意味なタイヤの消耗は

避けなければならない。


 十八周目。マシンが見えた。ようやく五コーナー付近で追いつ

いた。どうやら三位争いをしているようだ。RX―7とスープラ

がバトルをしている。


 こういう状況の時は無理には抜こうとせず、様子を見たほうが

いいのだが、周回も残り少なく、そうも悠長にはしていられない。

 おれは四位のRX―7背後につき、プレッシャーをかけた。案

の定、ラインをふさぎにかかった。


 おれは、まずふたつめのトンネルの出口のコーナーで、インか

ら抜こうとした。RX―7はブロックする。ここでおれは本気で

抜くつもりはない。これはフェイントで、隙があれば抜くぞとい

う脅しだ。


 そしてストレートの橋の上にかかる。ここでRX―7から離さ

れる。やはりストレートは速い。三つめのトンネルに入った。コ

ーナーが迫ってくる。RX―7は減速する。ブレーキング勝負だ。

 おれはステアリングを思いきりインに切った。


 タイヤの悲鳴がトンネル内に響く。RX―7より少し遅れてブ

レーキング。リヤが左に流れ、フロントが右をむく。RX―7よ

り前に出た。コーナーの出口が見え、フル加速。うまくいった。

 安心する間もなく、今度はスープラが目前に迫った。


 おそらくスープラはびっくりしていることだろう。突然おれが

飛び込んできたのだから。スープラの背後につく。シケインの出

口でインをつく。当然スープラはブロックする。シケインをクリ

アすると少しのストレート。


 そして最終コーナー。最終コーナーはイン・アウト・インが定

石だが、おれはアウトで走るところを少しインにもっていこうと

思った。スープラは派手なドリフトを始めた。


 パワードリフトというやつだ。ブレーキはあまり使わず、マシ

ンの挙動を利用してドリフトを行う。おれは最終コーナーでライ

ンを無視するように、ほんの少しブレーキングしながら素早くス

テアリングを右に切る。


 リヤが左に流れる。そしてアクセル・オン。タイヤが悲鳴をあ

げる。フロントはインにリヤはアウトに流れようとして、マシン

の挙動が激しくなる。スープラのことなど眼中になく、自分のマ

シンを押さえるので精一杯だ。


 スピンしそうになるのをありったけのステアリング・テクニッ

クで防ぐ。背中に冷や汗が流れる。そしてコーナーの出口。タイ

ヤの悲鳴が小さくなる。マシンが立ち直った。

 アクセルをめいっぱい踏み込んだ。なんとかクリアだ。すでに

スープラはルームミラーの中に収まっている。これでようやく三

位だ。




 



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