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21.アドバイス

おれは中州の方へ歩いて行くことにした。中州といえば、スナ

ック街というイメージが多いが、けっこう老舗のライブハウスが

ある。剛の店は中州のほぼ入り口に位置している。


 週末深夜の繁華街は人通りが絶えることはない。サラリーマン

やストリートミュージシャンが目立つ。こうやってひとりになる

と、どうしても佳奈のことを考えてしまう。佳奈のことを考えれ

ば、由樹のことも思い出してしまう。おれは健人と同じようにた

め息をついた。その時、ふいにポンと肩を叩かれた。


「どうしたんですか?ため息なんかついて」

おれはびっくりして、後ろを振り返った。

「何してんだよ、こんなとこで!」

「へへへ・・・実は帰ったふりをしたのでした。だって、健人さ

んとばっかり話して、テルさんともう少し話したかったんだもの」


「そんなこと言うと、健人がまた落ち込むぞ」

「あの人、少し喋りすぎですよ。けっこう聞くのに疲れちゃった」

「なら早く帰れよ」

「そんな意地悪言わないで下さいよ。ねえテルさん。カラオケ行

きましょうよ。二次会でも全然歌わなかったでしょ。絶対、今日

はテルさんの歌を聞こうと思ってたんですら」


「そんなにおれの歌聞きたいか?」

「ええ」

「カラオケじゃなくて、まだいい所がある。行くか?」

「ええ。いいですけど」

 アヤは不思議そうな顔して言った。おれはアヤの顔を見て、内

心ニヤリとした。剛の店でおれは時々あることをする。たぶんア

ヤはびっくりするだろう。


 数分後、おれとアヤは店のテーブルで向かい合っていた。さす

がにアルコールはいやと言うほど飲んでいたので、ソフトドリン

クを飲んでいた。ちょうどライブは休憩時間らしく、ステージに

は楽器だけが置かれていて、ライトは消されていた。だが客は八

割ほど入っていて、店内はにぎやかだ。


「テルさん。ここはライブハウスじゃ・・・」

「うん。友達が演奏しているんだ」

「まさか、歌うってここで・・・」

「それは後のお楽しみっていうやつさ。ところで、アヤちゃんに

聞きたいことがあるんだ」

「聞きたいこと?」


 おれはアヤにサーキットでの出来事を話したくなった。話した

ところでどうなるわけではないが、答えのヒントでもつかめれば

と思った。おれは手短に話した。アヤは相づちを打つだけで、お

れが話し終えるまで、言葉を挟まなかった。


「つらいですね、それは」

「つらいって、その由樹がか?」

「どっちも。テルさんもその女の子も。第三者から見れば、その

女の子の言い分は逆恨みっていうことになるんだろうけど、愛し

ていた人を失った苦しみはよくわかる気がします」

「・・・」


「私も、今ものすごく好きな人がいます。その人を失ったら私だ

ってどうなるかわからない。死んじゃうかもしれない。だからそ

の子はテルさんを恨むことによって、生きているのかもしれない。

大げさに言えば生きる支えにしているっていうのかな」

「生きる支え・・・恨むことが生き甲斐ってことか」


「ええ。でもそんな屈折した考えは最終的には自分を苦しめるこ

とになる。だから、誰かが進言すべきでしょう」

「アヤちゃんって、おれより大人だな」

「そんなんじゃないんです。その子の気持ちがわかるから」


 そこまで言うと、アヤは目を宙に浮かばせた。たぶんアヤも今

恋愛の修羅場なのかもしれない。おれも由樹のことを思った。確

かに由樹の考えは屈折した考えだ。でもそうでもしないと、由樹

は悲しみをどこに向けたらいいのかわからない・・・

「テルさんがやれば・・・」

アヤが不意に言った。


「え?」

「テルさんがその子の考えを変えるんです」

「おれが・・・どうやって?」

「わかりませんか?」

 おれはアヤと顔を見合わせた。アヤの目を見て、言おうとして

いることがなんとなくわかった。


「おれがレースに出ること」

「ええ」

「そして勝つこと」

「ええ。勝つと言うより、その子のうぬぼれた考えを叩きつぶす」


「えらい物騒だな」

「それぐらいの気持ちで、その子に敗北を認めさせるんです。た

ぶん今までそういった気持ちを味わったことがないだろうと思う

んです。だから、自分の思い通りにいかないぞと思わせることで

す」

「それが彼女のためになる」

「と思います。他人事だからこういうことが言えるのかもしれな

いけど」


 おれは心の中で唸ってしまった。アヤの言葉はおそらく経験か

らきてるのかもしれない。おれよりも何倍も修羅場をくぐり抜け

てきたのかもしれない。だが、おれがエントリーしても勝てる可

能性は少ない。やるならマシンを極限までチューンし、攻め方を

考えなければ・・・


「よう!」

 ふいに肩をたたかれ、おれはビクッとした。何か現実に引き戻

された感じがした。

「飲みに来たのか?」

 剛だった。いつのまにかライブの時間になっていた。


「誰が高い金払って、ソフトドリンク飲みに来るんだよ」

「ハハハ・・・そうりゃそうだ。おっ、どうしたんだこんな可愛

い娘連れで」

 剛はアヤを見て言った。アヤは剛に軽く会釈した。

「今度会社に新しく入った香田彩さんだ」

 おれが紹介すると剛は深々と頭を下げて「いらっしゃい。よう

こそ」と言った。


「飲みに来たんじゃないなら、あれだろ」

「ああ」

「よし!ちょうどおれたちも同じ演奏ばかりで飽きていたとこだ」


 そう言うと、剛はステージで楽器のセッティングをしているメ

ンバーに声をかけた。メンバーの連中とも何度か顔を合わせたこ

とがあった。ギターのチューニングをしていた男性は剛の話を聞

くと、ニヤリとして、おれの顔を見た。そして剛は指でOKサイ

ンを出した。


「アヤちゃん。よく聞いとけよ」

 おれはアヤにそう言うと、テーブル席から立ち上がった。

「ここで歌うんですか!」

 アヤは目を丸くして、驚いた様子だ。





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