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20.飲み会

 翌日から、アヤとおれはいいコンビになった。仕事のことやお

互いの趣味のことなど話してだんだんとうち解けていった。アヤ

の仕事は主に得意先に提出する見積書や書類をパソコンで作成す

ることだ。パソコンが得意らしく、仕事ぶりも丁寧だった。


 だか、さすがに電話応対となると、得意先の名前がまだはっき

りしないのか、どうしてもぎこちなかった。さぞ、得意先には評

判が悪いだろうと思ったが、これが案外そうでもなかった。


 初々しくていいとか、事務的ではないところがいいという意見

があった。確かにアヤの声はよく通るし、一生懸命というのが伝

わってくる。まあ、これがいつまで続くかだが・・・。

 まあいずれにしろ、男所帯(お京さんは別にして)に若い子が

いるというのは、それだけで明るくなる。


 ところで、おれはおれで見積りの依頼がくるようになってきて

いた。これは今までになかったことだ。実際、商談に行ってわか

ったことだが、どうやら古川計装の仕事が要因らしい。


古川計装の部長は業界でも頑固者で通っている。だいたいがこ

の業界は大きい仕事を取ると、口コミでそれが伝わる。あの偏屈

親父から仕事を取ったとのだからという感じだ。まあ、古川計装

ほどの大きい仕事はないが、この一週間は多くの商談があった。


 そんな一週間を過ごし、週末がやってきた。今日は谷課長と飲

みに行く日だった。飲みに行く日というのは仕事もはかどる。

おれがそうなのだから、健人なんてもっと張り切って仕事をし

ていることだろう。何せ、アヤが来ると言ったら飛び上がって喜

んでいたのだから。


 そしてその日の夜、おれは桜の木の下で飲んでいた。おれはて

っきりいつもの居酒屋で飲むんだろうと思っていたのだが、何と

花見だった。だから工務部のほとんどの連中が来ていて、営業課

から来ているのはおれとアヤだけだった。


 最初は桜を見ながらみんなゆっくりと飲んでいたのだが、それ

で終わるはずがない。途中からうっぷんを晴らすかのようなどん

ちゃん騒ぎになってしまった。特にアヤが来ているので、みんな

話しかけようと張り切っていた。


 アヤもアヤでけっこう騒いでいた。どこの誰だ、工務部が怖い

って言ってた奴は。フォローなんて必要ないじゃねぇか!

 それから二次会はいつものカラオケ大会になった。だが、おれ

は盛り上げ役に回り、一曲も歌わなかった。アヤはおれに歌えと

言っていたが、適当にあしらった。


 二次会で散会ということになったが、おれと健人とアヤはもう

一軒行くことにした。おれの行きつけの店で、三人それぞれ違う

飲み物を飲んでいた。おれはビール、健人は焼酎、アヤはカクテ

ルだ。


 健人とアヤは先ほどから、いろいろな話題で盛り上がっていた。

おれも最初のうちは加わっていたが、だんだんと面倒臭くなって、

聞き役に回っていた。だがそれも次第にふたりの声が遠くに聞こ

えるようになり、別のことを考えていた。


 おれの頭の中には夏のレースがあった。由樹がおれに挑戦して

きたレイクランド・グランプリだ。由樹から言われた日、おれ自

身、熱くなっていたので切り口上で言ってしまったが、日にちが

経つにつれ、エントリーしようかという気持ちが芽生えていた。

 由樹のテクニックは申し分ないし、バイパーというのが魅力的

だった。エントリーの申し込み期限は来週までだ。


 レイクランド・グランプリは昨年度出場しているドライバーで

五位以内に入っていれば、無条件でエントリーすることができる。

 それ以外のドライバーは予選を行い、上位十位内に入ることが

条件になる。毎年予選に出場するドライバーは二十人を越える。

 おれは昨年度三位だったので無条件組だ。由樹は当然予選から

だ。だが、あのテクニックとあのマシンなら問題ないだろう。


 おれはエントリーしたい気持ちは十分にあったが、一歩踏み出

せないでいた。それは佳奈が喜ばないだろうと思うからだ。

 佳奈が好きだったふたりがサーキット上で争うことになる。佳

奈はきっと悲しむだろう。


「テルさん。どうしたんですか?さっきから黙りこくって」

 アヤが不思議そうにおれを見て、言った。

「うん?いや、ちょっと疲れてきたみたいだ。ところで何時だ?」

 おれは時計を見た。もう午前一時を回っていた。

「さて、そろそろ帰るか。健人はアヤちゃんとまだいたいだろう

がな。何ならふたりだけでもまだいてもいいぞ」


「あの私、明日も友達と食事に行かなくちゃいけないから、もう

そろそろ・・・」

「そ、そうだね。もう、時間も時間だし・・・。じゃ、送ってい

くよ」

 健人は気を取り直したようにして言った。


「いえ。タクシーでひとり帰れますから」

 またまた、健人にはダブルパンチだ。

「まあ、健人。続きは次の機会だ」


店を出ると、アヤはすぐに「それじゃ、お疲れさまでした」と

言って帰って行った。その様子を見て健人は大きくため息をつい

た。

「健人。そう落ち込むな。まずはきっかけができたから、いいじ

ゃないか」


「はあ。でも脈ありますかねぇ」

「まあ。健人のやる気次第だな」

「テルさん。また機会を設けて下さい」

「ばーか。後は自分でやれ」

 おれがそう言うと、健人はまた、ため息をついた。

「じゃ、おれ帰ります」

「おう。お疲れ」


 健人はタクシーを拾い、乗り込んで帰って行った。おれはひと

りになると、さてどうするかなと思った。帰るとすればタクシー

しかない。


 どうせ、遅くなるなら、剛の店にでも行くかな。まだ演奏して

いるところだろう。おれは中州の方へ歩いて行くことにした。中

州といえば、スナック街というイメージが多いが、けっこう老舗

のライブハウスがある。剛の店は中州のほぼ入り口に位置してい

る。







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