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19.外回り

 市内の大通りの道は混んでいたので、おれは裏道を行った。裏

道はひとりで走っている時はいいのだが、人を乗せている時が困

る。特に車の中で話さなくてはならない時、けっこう神経を使う。

 それにおれが知っている裏道はけっこう狭い道が多いのだ。


「よく道知ってますね」

 アヤが感心したように言った。

「そりゃそうさ。営業で一日の半分は外回りだから。アヤちゃん、

営業で最初になにを覚えなくちゃいけないと思う?」

「えっ~と。やっぱりお客さんの名前を覚えることじゃないんで

すか?」

「残念でした。道を覚えることさ」


「道ですか?」

「そう。じゃないと、お客さんから何時に来てくれと言われても、

道がわからないと話にならないだろう?。それと、今日みたいな

渋滞の時は裏道を知らないと、大変だぞ。道が混んでましたから、

遅れてすみませんじゃ話にならないからな」


「お言葉ですけど、そんな時は時間に余裕をもって、早めに出る

ようにすればいいんじゃないんですか?」

「そうだな。時間に余裕がある時はそれでいい。だが、急ぎの仕

事とか、一日に何件も回らなくてはならない時が困るんだ。だか

ら、いざという時のために裏道は覚えておくといい。それにプラ

イベートの時にも役立つしな」

「わかりました。肝に銘じておきます。ご教示ありがとうござい

ました」


「実はな、今言ったことはおれも先輩に最初言われたことなんだ」

「なーんだ。受け売りなんですか」

「そういうこと。でもな、古賀主任にだけはお言葉ですけどなん

てことは言わないほうがいいぞ。あの人は根にもつからな」


 アヤと話しながらおれは車を天神方面の抜け道を走らせた。ア

ヤは紺のスーツで無難にまとめていた。しかし、アヤの姿を見た

ら、取引先の連中はびっくりするかもしれないな。うちの会社が

扱っている製品はだいたいが建設業界とのつながりが大きい。


 したがって昔からの慣例みたいのがあり、新しいことを拒絶す

る人が多い。一般的には建設業界といえば、談合が一番先に思い

浮かぶだろう。この談合も昔からの慣例のひとつだ。いわゆる入

札する前から、受注できる会社が決まっているわけだ。


 そのためには飲み食いはさせるし、金目に糸目はつけない。こ

れが現在でも建設業界では通っているのだ。何度も談合というも

のをなくそうとし、新しいシステムを導入しようとしたようだが、

結局は古い体制が新しいものを押し潰してきたのだ。現に今から

行こうとするS電機は、政治家とのコネクションが強い会社だ。

 うちの会社もS電機には痛い目にも遭っていた。


 うちが契約を取った仕事を土壇場でひっくり返されたのだ。こ

れはうちの落ち度もあった。契約はあくまでも口約束で、実際に

契約書を交わしていなかったのだから、契約であって契約でない。


 だからうちの営業一課のほとんどはS電機があまり好きではな

い。それでも取引をしないわけにはいかない。それはS電機が業

界では何らかの形で絡んでくるからだ。ここが頭の痛いところだ。


 道はようやく天神界隈に入ってきた。ここまで来れば、S電機

は近い。

「もうすぐだぞ。今から行く会社は重機の大手メーカーだ。会社

の規模がうちとは桁外れだから、びっくりするかもしれないが、

こんな会社とうちは取引しているんだなってことを、覚えればい

いからな」

「はい」


 アヤは素直に頷いた。どうやら少し緊張しているようだ。そり

ゃそうだよな、一日目から得意先回りだから緊張するのは当たり

前だろう。


 それから、S電機を皮切りにして全部で五社の得意先を回った。

回る方々で、担当者連中はみんなびっくりしていた。とうとうこ

の業界にも女性が進出してくるようになったとか、儲かっている

会社は違うねぇなどと、皮肉っぽくも言われたりした。


 もちろん皮肉っぽく言われたのはS電機だ。また、最後の訪問

先の担当者はアヤのことをプライベートで紹介してくれという、

とんでもないこと言い出す始末だった。もちろん、適当に受け流

しておいたが・・・


「大人気だったな。」

 おれは車を会社に走らせながら言った。

「いい人ばかりでホッとしました。最初は緊張してしまって、ど

うなるかと思いました」

「ひとつは物珍しさってのもあるんじゃないかな」


「物珍しさって?」

「女性の営業っていうのが珍しいからだよ。こういう重機を扱っ

ている会社っていうのは、男の世界ってイメージがあるからな」

「確かに。でもそれって男女平等に反するじゃないんですか」

「うん。でも、それが現実だ。アヤちゃんがそれを変えたいって

いうなら、やってみるといい。ただ、この業界は古い慣習がある

からそれを無視するってわけにもいかない。まあ、そこはおいお

い教えていってあげるよ」


「テルさんって、やさしいんですね。それに話しやすいし」

「話しやすくて、やさしい男は女にもてないってね。ハハハ・・」

「そんなことはないでしょう。お京さんから聞きましたよ。レー

ス活動してるんですってね。」


「うん。あ、そうだ。今週末、工務の連中と飲みに行くんだけど、

どうだ?」

「今週末ですかぁ。そうだなぁ、予定は入ってないからいいんで

すけど。でも工務課の人たちって怖そうだな」

「ハハハ・・・。怖いのは顔だけだよ。話すと気のいい人ばっか

だよ。ちゃんとおれがフォローしてやるから」


「テルさんも行くなら、行ってみようかな」

「会社ではコミュニケーションが大事だからな。工務の連中と顔

見知りになっておくと、後々楽だしな」

「そうですね。早めに知り合っていたほうがいいですよね」


 フロントガラスを見ると、どこから吹いてきたのか、桜の花び

らが付いていた。

 おれはアヤと話しながら、楽しい気分になっていた。彼女の言

葉は若々しさがあり、はつらつとしていた。それがおれには心地

よかった。たぶん、今日ひとりで得意先回りしていたら、佳奈や

由樹のことを考えていただろう。

 






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