表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/36

17.復讐

 おれはピットロードでなんとか、マシンの体制を整えた。視線

の先には、グラマスなヒップがあった。後ろからみてもワイドな

ボディが目を引く。まさにアメリカ人が憧れるスポーツカーとい

うのが頷ける。ボディカラーはブルーと思っていたが、ブルーの

ボディのセンターに二本のホワイトストライプだった。まさにサ

ーキットが似合うマシンだ。


 バイパーは一気に加速した。おれもアクセルを踏み込んだ。一

定の距離を保ちながらバイパーの後を追った。そして第一シケイ

ン。バイパーは定石通りのラインをドリフトしながら、クリアし

ていく。見事だ。だが、さすがにそのワイドボディは持て余し気

味で、リヤが振られているのがわかる。逆を言えば、それがバイ

パーらしいとも言えるが・・・。


 一周目、バイパーはきれいなラインをどのコーナーでも乱すこ

となく走り、ホームストレートに戻ってきた。おれも無理せず、

バイパーの走りをじっくり観察しながら、ホームストレートに駆

け抜けた。


 二週目、バイパーは急に加速し始めた。コースを走っている他

のマシンが思わず、道を譲るほどた。無理もない。背後にモンス

ターマシンが迫ってくるのだ、誰しも道を譲るだろう。


 しかし、最終シケインでは、道を譲らないマシンがいた。シル

バーカラーのスープラで、バイパーがピッタリと後ろにつけても

譲ろうとしない。だが、そこは大排気量だ。ストレートに出ると、

あっさりとパスした。さすがにストレートでは圧倒的に速い。


 五周ほど走ると、かなり差をつけられた。このままでは視界に

は入らなくなると思い、アクセルを踏み込んだ。シケインをパス

するごとに、リヤタイヤが悲鳴をあげ、時折白煙も上がった。


 かなりマジな走りになってきた。バイパーのドリフトもだんだ

んエキサイティングになっていき、少しずつラインがずれている。

二台のマシンだけがレースのような走りをしているので、だんだ

んと他のマシンがピットインして、台数が少なくなってきていた。


 コーナーでパイパーに近づくが、ストーレートで一気に離され

る。それが繰り返されていた。そのうちにコース上には二台のマ

シンしか走っていなかった。他のマシンはきっとピットで何事か

起きているのかと思っているだろう。


 もうすでに二十周目。いったい、いつまで走り続けるのか。お

れのマシンの燃料にはまだ余裕があったが、バイパーはもう残り

少ないだろう。あれだけの大排気量で、かなりハードな走りをし

ているのだ。そして、二十一週目、ついにやりやがった。おれを

コースアウトさせた第二シケインでオーバーランして、コースア

ウトした。おれはざまあみろといった感じで、バイパーの横を駆

け抜けた。


 だがバイパーはすぐにコース上に復帰し、おれの背後についた。

やばいなと思いながら、おれは最終シケインでは限界ぎりぎりの

スピードで四輪スライドさせた。タイヤが縁石に乗り上げ、マシ

ンが横滑りしそうになる。


 そしてミスったかと思った瞬間、シケインの出口が見え、一気

にアクセルを踏み込んだ。マシンは立ち直り、ホームストレート

に向かった。さすがのパイパーも今度ばかりは並ぶことはできな

かったようだ。それでもストレートでは追い抜こうとしたが、お

れは勝負を避けピットロードに入り込んだ。


 パドック前にマシンを止めると、人だかりがしていた。マシン

から降りると、さんざん冷やかされた。

「テル!おまえかなり無茶をしたな。タイヤの減り方が異常だ!」

 おれがメンバーと話していると、おやっさんの怒鳴り声が聞こえ

た。

「最終シケインでちょっとね」

おれはバツが悪そうな顔で言った。


 しかし、最終コーナーは自分でもひやひやした。四輪駆動だか

らやれるテクニックだ。もう一度やれと言われてもやれるかどう

か疑問だ。


「おやっさん、無理もないよ。テルはあれだけのことをやられた

んだから」

 先輩がやっと戻ってきていた。横には祥子さんがいて、心配そ

うな顔をしていた。

「テル。どうやらオーナー御推薦っていうのが、おまえにちょっ

かいだした奴のようだ。女だそうだ。事務局から言っておくそう

だが、オーナーがらみじゃな」

「オーナーがらみって・・・バイパーは女が!」


 おれが言うと、先輩は黙って頷いた。信じられないことだった。

男でも難しいと言われるバイパーを、女がステアリングを握って

いたとは。それもサーキットで・・・


 ふと、やけに低いエキゾースト・ノートが耳に入ってきた。

 振り返るとバイパーがピットロードに入ってくる様子が目に映

った。おれは睨み付けるように見ていた。ドライバーがマシンを

降りた。こっちの視線に気がついたらしく、視線が絡み合った。

 だがすぐにパドックへ引っ込んだ。


 おれはレーシンググローブを外し、誰ともなしに言った。

「ちょっと挨拶して来る」

「テル。やめとけ」

 おやっさんの声が聞こえたが、おれは無視してピットロードの

入口の方へ向かった。背中にけっこう汗をかいていて、風が体を

冷やそうとしていた。本当は着替えたほうがいいのかもしれない

が、どんな女がバイパーに乗っていたのかを確かめたい気持でい

っぱいだった。


 やがて、パドックの前へ来た。人の気配はせず、ただバイパー

だけがパドック前にその勇姿を見せていた。あらためて見ると、

さすがに桁外れの大きさだ。フロントノイズが異常に長く、精悍

な顔つきだ。またボディカラーがよく似合っている。特にセンタ

ーの二本のホワイトストライプが目立つ。スカイラインGT―R

が日本を代表する車なら、バイパーはアメリカを代表する車だろう。


「凄い車ね」

 聞きなれた声がし、おれはバイパーから目を離した。驚くこと

に美保がパドックにいた。


「なんで、美保がここに・・・」

 おれはただ目を見張るばかりだった。

「私が強引に連れて来たの」


 その声の主はスカイブルーのレーシングスーツに身を包み、ま

っすぐにこっちを見ていた。その姿を見て、今度は唸ってしまっ

た。そこには由樹がいた。バイパーのドライバーは由樹であるこ

とはあきらかだった。


「まったく、君はいつもそうやって突然現れるのか?」

「そうね。人を驚かすのが好きだから」

「確かに驚いたよ。バイパーをここで見るとは思わなかったし、

まさか君がドライブとしているとはね」


「佳奈ちゃんが亡くなって、私はあなたのことを調べたわ。ここ

のクラブの一員であること、毎週のように走りにくること。そし

て私も一年前から走りに来るようになった。」

「一年前から来ていたのか!それにしては一度も見なかった」


「あなたに会わないように平日に来ていたから」

「なるほどね。それでドライビングは誰かに教わったたんだろう?

自己流ってことはないだろう」

「そうね。私は中学の頃からカートをやっていたのよ。もちろん

カートはプロに教わったけど。カートを長くやっていたから、バ

イパーはあまり難しく感じなかったわ」


 おれは再び唸ってしまった。プロに教わっていたのか・・・。

 バイパーをあれだけ乗りこなせるのも、分かる気がした。

「しかしカートに乗っていたわりには、レースのルールってもん

がわかっていないようだな」


「シケインでの出来事を言っているのなら、あれはご挨拶よ」

「あら、あれはご挨拶よ。お近づきのしるしってこと」

「挨拶か・・・。その言葉、男だったらぶん殴ってるとこだ」

「怒ったの?高橋さんは怒らない人だと思ってた。何を言われて

もね」


「どんなスポーツでもルールがある。レースはルールに則ってや

って初めて成立する。君はそれを破った。おれがあのシケインで

ただ抜かれていれば、何も言わない。だが君は抜こうとせず、お

れに幅寄せしてきた。クラッシュ寸前まで。つまりおれをコース

アウトさせるのが目的だった。これはフェアじゃない。喧嘩を売

っているようもんだ」


「喧嘩。そう、その通りよ。佳奈ちゃんを奪ったことに対する当

然の報いよ!」

「いい加減にしろっ!そんなにおれが憎いのなら、正々堂々と勝

負しろ。いつでも受けてやる」


 おれはつい大声を張り上げてしまった。美保がおれと由樹を交

互に見て、おろおろしている。美保はシケインでの出来事は知ら

ないのだろう。


「高橋さん。八月に行われるレースには出るんでしょう?」

 八月のレースとは、年に一回行われるレイクランド・グランプ

リと言われるもので、五十周の周回で行われる。


「まだ分からない」

「そう。私は今エントリーすることを決めたわ。どう、それで勝

負してみない?」

「今日のようなことをするのなら、お断りだ。レースともなれば

他のマシンも走っている。個人的な私情で事故なんか起こされた

ら、たまったもんじゃない」

「あなただからああいうことをしたのよ。でも、あそこまでする

つもりはなかった。つい、ムキになってしまって。でもあなたに

はあやまらない。あの行為は私の気持ちだから」


 由樹の目はおれを射抜くように、見ていた。その目は怒りがあ

った。

「そこまで君が言うのなら、もう何も言わない」

おれはそう言うと、踵を返して立ち去ろうとした。

「もしあなたがエントリーしなかったら、私は腰抜けと認めるわ。

佳奈ちゃんも男を見る目がなかったと思うわ」


 おれは佳奈の男を見る目がなかったというのを聞いて、思わず

足を止めたが、振り向かなかった。自分でも肩が少し震えている

のがわかった。

 おれがパドックへ戻ると、それまでの人だかりだんだんとなく

なっていった。それほどおれは怖い顔していたらしい。


「大丈夫?」

 祥子さんがおれの目を覗き込むようにして言った。

「ええ。結局、彼女はあやまらなかった。逆に勝負を挑んできま

した」

「勝負って?」

「レイクランド・グランプリで勝負しろと」


おれがそう言うと、先輩達は驚いた様子だった。いつのまにかパ

ドックには先輩と祥子さん、そしておやっさんしかいなかった。

「それで、返事したのか?」


 先輩がおれに尋ねた。

「いや。あまり彼女の言い分が生意気だったので、返事もせず帰

ってきました」

「だが、レースともなるといくらバイパーでもそう簡単には勝て

まい。レースには駆け引きってもんがある」


「ところが、彼女はカートをやっていたんですよ。それも長い間」

「カートをか。なるほど、それであんなマシンを乗りこなせるわ

けか。どうりでオーナーの目に止まったわけだ」


 パドックに重苦しい空気が流れた。時間は午前十一時を過ぎ、

サーキットには日差しがいっぱいに降り注いでいた。だが、おれ

の心は太陽どころか、どんよりした雲でいっぱいだった。


 その重苦しい空気を突き破るような声がパドックへ入ってきた。

「やあ、テルわりい、わりい。すっかり寝坊しっちまった」

 剛だった。

「剛か。わざわざ来なくてもよかったのに」

「そうはいかん。帰りはおれが運転手だからな。ん?何かあった

のか?」

 剛はパドック内の重苦しい雰囲気を感じ取ったようだった。


「剛。おまえがびっくりするようなことがあるぜ」

「びっくりする?何だよ」

「あの女が来てる」

「あの女?」

「由樹だよ。美保も一緒だ」

「何っ!」


 剛のにこやかなな顔が一変して、怒りの表情に変わった。

「何であの女がここにいるんだ!」

 そこで、おれは由樹との顛末を簡単に話した。

「それでおれに勝負を挑んできた。おかげでクラッシュしそうに

なった」

「あの女!それでどこにいる!おれが文句言って来てやる」

「もう言ってきたよ。だが、何を言っても無駄だ」

「くそっ!」

剛は吐き捨てるように言った。


 結局、おれは午後三時過ぎにサーキットを後にした。由樹は午

後からは走らず、どうやら美保と一緒に帰ってしまったようだっ

た。美保が一緒に帰ってしまったことも、剛はかなり怒っていた。


 おれも午後の走行はしっくりこなかった。ドライビングに気持

ちが入っていなかった。おやっさんも今日は早めに切り上げるよ

うに言った。

 剛の運転するレガシィで帰途につきながら、おれは釈然としな

い気持ちをもて余していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ