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12.憎しみ


由樹はおれの方を見ず、美保に微笑みながら言った。その態度に

おれはなにか冷たいものを感じた。竹下由樹のおれに対する態度は、

なぜかさっきからふてぶてしい。


「佳奈ちゃんは高橋さんのこと、そりゃ楽しそうに話してました。

車の運転が上手くて、時々サーキットに走りに行ってるって。デー

トはもっぱらサーキットで、その時はいつもひとりで観戦して淋し

いと。でも、彼の車を走って見ると、いいなとも思ってたそうです。

この人は夢中になれるものをもってると。そして最後はいつもこう

です。私が夢中なのはテルよって」


 由樹はおれのことを話題にしながら、おれの方を一切見ようとし

ない。

「でも、皮肉ですよね。そんなに夢中になっていた人から殺される

なんて」


 おれはやはりと思い、血の気が引いていく気がした。由樹はおれ

を憎んでいた。去年、佳奈の親戚から言われたのと同様に、彼女も

佳奈が死んだのはおれのせいだと思っていた。だが、佳奈を殺した

と言われたのは初めてだった。


「由樹ちゃん!それはあんまりよ!テルはね、今でも自分を責め続

けているのよ。一番つらいのはテルなのよ!」

 美保は険しい顔で彼女にそう言い放った。

 由樹は美保に言われると、顔色ひとつ変えずおれの方へゆっくり

と顔を向けた。


「それは当然です。あなたが殺したのも同じなのですから。あの夜、

あなたが佳奈ちゃんに会いに行ってさえいればよかった。そうすれ

ば佳奈ちゃんは死ぬことはなかった。どうして、あの夜会いに行っ

てやらなかったんですか?答えてください」


 由樹の言葉はおれの心に刺をいくつも突き刺した。桜の花びらが

由樹の肩に落ちていた。その肩も小刻みに震えていた。

「あの時は・・・」

 おれは絞りだすようにして声をだしたが、後が続かなかった。


「叔母さんから聞きました。佳奈ちゃんは高橋さんと会いたいと言

って、高橋さんは会おうとしなかった。その結果、佳奈ちゃんは交

通事故に遭った。叔母さんは運命だったと言ってたけど、あなたが

あの日会っていれば、佳奈ちゃんは死ぬことはなかった」


 由樹はそこで言葉を切ると、おれに凍りつくような視線を向けて

言った。

「さっき、私と佳奈ちゃんは姉と妹のような関係と言いましたけど

そんなものじゃなかった。私たちは愛し合っていたのです」


 おれは由樹を見つめた。愛し合ってた?どういうことだ?意味が

わからず、ただ呆然としていた。竹下由樹は微笑んでいた。勝ち誇

ったような笑顔だった。


「意味がわからないって顔してますね。案外、勘が鈍いんですね」

 さすがのおれもこの言葉にはカチンときた。だが、言葉を発した

のは剛の方だった。

「きみが言いたいのは、佳奈と恋愛関係にあったことか?」


「あら、あなたのほうは勘がよさそうですね。佳奈ちゃんとはどう

いう関係なんですか」

「そんなことはどうでもいい。さっきからあんたの言葉はむかつく

んだよ」


「そんな言い方ってないんじゃないんですか?私はただ冷静に話し

ているだけですよ」

「けっ!何が冷静だ!さっきから黙って聞いてりゃ、いい気になり

やがって。テルが人殺しとか、よく言えるもんだ。てめえにテルの

気持がわかるか。おれたちの気持がわかるか。苦しいのはてめえだ

けじゃないんだよ!」


 剛は相当頭にきているようだ。ここまで言うのは、おれもここ数

年聞いたことがない。

「冗談じゃないわよ!私はね、最愛の人を亡くしたのよ。それも私

が知らないうちに。この悲しみは、怒りはどこにぶつければいいの

よ!私の・・・佳奈ちゃんを返して!」


 由樹はそう言うと、瞳に涙を浮かべた。

「由樹ちゃん!いい加減にしなさい!あなたの言ってることは支離

滅裂よ。テルもテルよ!なぜ言い返さないの!昨夜は私と剛のこと

はあんなに言ったくせに、自分のことになると全然じゃない」

「・・・・・・・・・・・・・」


 おれの心に竹下由樹と美保の言葉が突き刺さった。なぜ、おれは

佳奈のことになると気持が縮こまるのだろう?こんな小娘に好き放

題言われても、おれには言い負かせる言葉がなかった。


「由樹ちゃん。もうここから離れたほうがいいわ。佳奈も由樹ちゃ

んのこんな姿は見たくないわよ。さあ、私もついて行くから、行き

ましょ」


 そう言うと美保は、由樹を抱き抱えるようにして、ゆっくりと歩

いて行った。途中、美保はおれと剛にうなづいて、目配せをした。

まるでこの娘は私にまかせてと言わんばかりに。


 ふたりが去った後、おれと剛はしばらく無言だった。いつのまに

か、額ににはうっすらと汗をかいていた。高台のせいか、風が頬を

なで、涼しさを感じた。だが、心は冷たい風が吹き抜けていくよう

だった。


「やっぱりおまえのとこだったんだな、美保は」

 剛がポツリと言った。

「すまん・・・言おうと思ったんだが・・・言うと美保がまた取り

乱すんじゃないかと思って」


「そうか。まあ、今日の美保の態度を見ればわかるけどな。妙には

しゃいで、おかしいと思ってた。テル、もうおれと美保のことはあ

んまり考えるな。おまえがどう言おうと所詮、おれと美保が答えを

ださなくちゃいけないんだ。それより、おまえは自分自身に早く決

着つけろ」


 おれは剛の言葉を聞きながらも、別のことを考えていた。由樹と

佳奈は愛しあっていた。つまり、ふたりは恋愛関係にあったという

ことだ。おれにはとても理解できなかった。あんなに無邪気で、し

っかりしていた佳奈が・・・まさか・・・


 ふと、後の方で人の気配を感じた。どうやら、さっきの言い合い

をしてた声がまわりの家にも聞こえていたらしい。窓からおれたち

を見ている顔が見えた。こんな田舎のことだ、噂はすぐ広まる。


「剛。ここはもう撤退したほうがよさそうだ」

「うん?あ、そういうことか・・・」

 おれが言うと、剛はまわりを見て納得したようだ。佳奈の墓前に

もう一度手を合わせて、足早に高台を降りていった。


「これじゃ公園で缶蹴りもできねえな」

 剛が苦笑しながら言った。

「それこそ、噂になっちまうよ」

「違いない。だから田舎っていやなんだよ。都会では、人の話なん

か、おかまいなしだけどな」

「さっきはしきりに故郷をなつかしがってた奴が、よく言うよ。じ

ゃ、もっとなつかしい場所に行ってみるか?」

「そんなとこあったか?」


「川だよ。あそこならまわりは田んぼだらけで、家もない」

「ああ、あそこか!、よくふたりで凧あげしたな」

 やがて、精肉店が見え大通りに出た。そのまま大通りを渡り、細

い道に入った。少し行くと、小川のせせらぎが聞こえてきた。


 この場所はおれと剛がガキの頃、よく遊んだ場所だ。今だにこの

川は透きとおっていて、魚が泳いでいるのが見える。夏は川の中に

入り、魚を取っていた。冬は冬で凧あげをして、どっちが高くあが

るか競争をしていたっけ。

「うぁー、なつかしいな、ここは。ガキの頃のまんまじゃねえか。

この川の土手も、丸太のかけ橋も」


 剛の言葉はふたりが悪ガキだった頃を思いださせた。たしかにこ

こだけはいつまでたっても変わっていなかった。目の前に広がる田

園風景はあの頃のままだった。おれはここを出て行った頃と変わっ

ていないと思っていたが、ここにくるとあの頃の気持をどこかに落

としてきたように思ってしまうのだった。そういえば、佳奈もここ

が好きだった。


「佳奈ともよくここに来たな」

「そうっだった。テルとおれが凧あげすると、横で佳奈が目ん玉大

きくして、高い高いって言ってたな」


「剛。彼女が言ってたのほんとうだろうか?」

「彼女?あの由樹って女のことか?」

「ああ。佳奈と・・・恋愛関係にあったってこと・・・ということは

佳奈は男でも女でも愛せたってことか」

「ばーか。でたらめに決まってんだろ。俺は絶対信じない」

 剛はきっぱりと断言するように言った。


「おれもそう思うが・・・だが、彼女の目は真剣だった」

「真剣っていうより、憎しみだな。たぶん、あの女は今日おれたち

がここに来るのを知ってたんだろう。そしてテルに憎しみをぶっつ

けた。だが、それを人殺し呼ばわりされたらかなわんよ。佳奈のこ

とは避けられないことだったんだから。よく言うだろ、人生にイフ

はないって」


 人生にイフはない。たしかにそのとおりだ。何年か前にイフって

いうドラマがあっていた。物事には結果がある。そして、その結果

を引き起こすのが、決断だ。もし、その決断と正反対の決断をして

いたら、当然結果は変わっていただろうというドラマだった。理論

的にはそうだが、事実は引き戻すことはできない。


 おれは今日、佳奈のことにけじめをつけたくて来たのに、思わぬ

女と出会ってしまった。ふんぎりをつけるきっかけどころか、ます

ます佳奈のことが頭から離れなくなってしまった。


「さあ。そろそろ、テルの実家へ行こうぜ。おふくろさん、手料理

作って待ってんだろ?おれ、テルのおふくろさんの料理を食べるの

を楽しみにしてたんだ」


 剛は明るく言った。まあ、夕飯にはまだ早いが、久しぶりに実家

でくつろぐのもいいだろうと思い、丸太のかけ橋を渡り実家へと向

った。




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