11.思わぬ出会い
おれたちはゆっくりと佳奈に近づいて行った。おれには桜の木
の下で、佳奈が微笑んで待っている気がした。いや、桜そのもの
が佳奈なのかもしれない。
そして、おれたちは墓の前に立った。墓の横には、地蔵がおれ
たちに笑いかけていた。上を見上げると、鮮やかな桜の色と、ぬ
けるような青空がまぶしかった。おれは大きく深呼吸をした。空
気が澄んでいると、青空もまぶしいんだなと感じた。
美保は墓前に花束を置くと、しんみりとした口調で、話しかけ
た。
「佳奈。久しぶりだね」
「佳奈。おまえ、ひとりで淋しいだろうと思って来てやったら、
こんないい場所を一人占めしてやがったのかよ」
剛は憎まれ口をたたいた。おれもなにか言いたかったが、口に
だすと涙でかき消されそうだった。もうすでに涙腺がゆるみかけ
ていた。おれはしゃがみこんで線香に火をつけ、手を合わせ心の
中で佳奈に話しかけた。
『佳奈。久しぶりに四人そろったな。おれはまあまあやってるよ。
仕事もようやく一人前になれそうだ。佳奈には仕事のことで心配
かけてたからな。だから安心してくれ。ただ、剛と美保があまり
うまくいっていない。特に美保がな。美保は佳奈がいないとやっ
ぱりだめみたいだ。こんなこと言うとテルがそんなことじゃだめ
だよと言われそうだな。だから佳奈。どうか剛と美保を見守って
やってくれ。もちろん、おれのことも忘れずに』
立ち上がると、剛と美保がおれを見ていた。
「佳奈、きっと喜んでいるよ。テルが去年よりもだいぶ元気にな
ったことを」
「そうそう。去年のおまえは死にそうに暗かったからな。まあ、
まだ百パーセントってわけにはいかないだろうが、おまえが元気
になることが佳奈の供養になるんだからな」
剛と美保はそう言っておれに笑いかけた。
「二十七年間生きてきて、去年ほど自分を責めた年はなかっただ
ろうな」
「だが、おまえはまだふっきれていない。自分を責めている。そ
うだろう?」
「そうよね。剛の言うとおりだわ。テルは今でも佳奈のことは自
分のせいだと思っている」
おれは苦笑いした。剛と美保の言う通り、去年ほどないにしろ、
たしかにまだふっ切れてはいなかった。一周忌の時、おれは佳奈
の親戚連中に白い眼で見られた。なかには直接おまえが殺したも
同じだとも言われた。それが頭から離れず、いたたまれない時が
ある。
「佳奈のことを思う時、この頃考えるんだ。人生には曲がり角が
突然やってくるんだって」
おれは高台の上から、国道を走る車を見渡すようにして言った。
ここでは走り去る車の音が遠くに聞こえる。
「どういう意味だ?」
剛が怪訝そうにして聞いた。
「要するに自分がさして重要でないと思っている時、それが人生
の大事な曲り角だってことさ。当然のように自分は右に曲がるが、
左に曲がれば何事もなかった。そしてそれは通り過ぎた後にわか
ることってことだよ」
「テルそうやって、まだ自分を責めているのか。佳奈のことは運
命だったんだ!」
「運命は変えられる・・・」
おれは剛の強い口調に対して、静かに言った。天気はこんなに
素晴らしいのに、おれたち三人の心はいつまでもたってもどんよ
りとした雲が居座っていた。
「そう。あなたが左に曲がればよかったんです」
いきなりその声が響いた。おれは佳奈の声かと思った。思わず
墓を見たほどだった。だが、声の主はおれたちと五メートル程の
距離にたたずんでいた。まだ若く、女子大生といった感じだ。
「由樹ちゃん・・・」
美保は驚きの表情で、その女性を見た。
「美保さん。お久しぶりです」
「竹下由樹さんよ」
美保の言葉を聞いて、おれはフラッシュバックのように佳奈の
言っていたことを思いだした。
「竹下っていうことは・・・佳奈の・・・」
剛が誰ともなしに言った。
「そうです。佳奈ちゃんの従姉妹にあたります。竹下由樹です。
あなたが高橋光輝さんですね。それとも、テルさんのほうがいい
ですか?」
由樹はおれの方をまっすぐに見て言った。おれは言葉がだせな
かった。それほど鋭い視線だった。
彼女はおれたちの方へゆっくりと近づき、横を通り過ぎ、佳奈
の墓前に花束を置くと手を合わせた。おれたちは彼女を呆然と見
つめていた。
おれは佳奈から何度か従姉妹の話を聞いたことがあった。佳奈
は言っていた。私には親友のような従姉妹がいると。それが今、
目の前にいる彼女だったのだ。実際に会ったのは今が初めてだが。
由樹は立ち上がると、振り返った。間近で見ると、スポーティ
ーな感じだった。栗色がかった髪はショート・カットで目鼻だち
がはっきりしている。小麦色の肌に薄化粧をはほんのりとしてい
た。美しさと可愛さが同居しているようにも見える。そしてなに
より足が長い。
「初めまして。竹下由樹といいます。佳奈ちゃんとは姉と妹のよ
うに親しくしていました。美保さんとは二度ほど会ったことがあ
ります。高橋さんのことは佳奈ちゃんから聞いて・・・だいたい
私の想像どおりですね」
由樹はしっかりとしたとした口調で、おれたちに言った。
佳奈もはきはきと言うほうだったが、彼女はその上をいっている
ようだ。
「高橋です。あなたのことは佳奈から聞いたことがあります。従
姉妹というと、こちらの方ですか?」
おれはやっと由樹に話しかけた。
「いいえ。私は生まれたのは東京だし、ほとんどこっちに帰って
きてないんです。というのも、両親がこっちの家と仲が悪いとい
うのが、ほんとのとこですけど」
何かわけありのようだ。
「なるほど。おれはこっちに高校の頃までいたんだけど、あなた
のことは見たことないと思った。それなら当たり前ですね」
おれは由樹に当たり障りのない言い方をした。彼女は何かおれ
に言いたそうだった。だが、顔をおれからそむけ美保の方を見た。
「由樹ちゃん。ほんと久しぶりね。由樹ちゃんと会ったのは佳奈
と梅祭りに来た頃だったわね」
美保はなつかしそうに彼女に言った。
「そうです。三年前です。佳奈ちゃんが亡くなる一年前。あの時
佳奈ちゃんは彼氏を梅祭りに誘ったけど、仕事で来れなくなった
から美保さんと来たと言ってました。彼氏って、もちろん高橋さ
んのことだったんでしょ?」