10.墓参り(後)
おれはまず県道に出た。今日は比較的車の流れはスムーズだ。道
の両側にはいろいろな店が立ちならんでいた。なかでも目につくの
は、ホームセンターだ。とにかく大きい。このホームセンターがで
きたおかげで、この県道はますます混むようになった。
やがて、国道と県道に分かれるここから車の流れは一変する。
国道に入ってもいいが混むので、県道を選択する。この道はかって
は有料道路だったので、とたんに車の流れが速くなり、どの車もス
ピードをあげる。
おれもアクセルを深く踏み込んだ。後では美保と剛が話に夢中だ。
剛も美保にのせられてか、口数が多くなっていた。やっぱり女は
口が達者だ。これじゃ、おれはタクシーの運転手みたいだ。
レガシーのエンジンは快調で、道は佐賀県に入った。この道路は
変わっていて、福岡県から佐賀県に入り、また福岡県に入るのだ。
つまり、道が大きく佐賀県に曲がって入っているわけだ。
しばらく走るとまた渋滞区間だ。ここはさすがにスムーズという
わけにはいかず、渋滞に巻き込まれた。先の交差点で右折すると高
速道路のインターで、左折すると佐賀の吉野ケ里遺跡に行ける道な
ので、仕方がないといえばそれまでだ。
ここで十五分ぐらいのタイムロスをし、ようやく筑後川に近づい
た。ここを過ぎれば、久留米市だ。久留米市といっても中心地では
なく、大学病院がある所だ。さしずめ、この辺は大学病院街といっ
ていい。周辺の店も、介護用品店などが立ち並ぶ。そして、ここを
過ぎると、だんだんと道が狭くなる。目に移る風景も、田んぼがチ
ラホラと見えてくる。
ひたすら一本道を走ると、ようやくT字路にさしかかった。おれ
は左にステリアリングをきった。ここからは田園風景一色で、まわ
りは田んぼだらけだ。心にホッとする気持が広がり始める。なぜか、
こんな風景を見ると落ち着いてくる。こぢんまりとした小学校から
左に入り、高速道路の高架の下を通り過ぎる。するといきなり車の
流れが多い道に出くわす。おれもその流れにのる。
ここから国道で、八女に入る。この辺は八女市の広川町という所
で、ぶどう栽培が盛んだ。ここからはしばらくまっすぐに走る。
「おっ、だいぶ近づいてきたな」
剛と美保はようやく話が一段落したらしく、車景に目を向けてい
た。
「やっと話が終わったか。おまえらずっと話してたぞ。これじゃ、
おれはタクシーの運転手だよ」
「寝坊した罰だ」
「それを言われると、何も言えないけどな」
「それにしても、喋らないで運転していてよく眠くならないな」
「なぜかステリアングを握ると、そうなんだ」
「よっぽど車好きなんだな」
「いや、運転好きといったほうがいいかな」
おれはちょうど交差点で止まったので、助手席のバッグをチラッ
と見ながら、明日サーキットで走る車のことを思った。
「明日も走りに行くの?」
美保がおれに聞いた。
「そのつもりだ」
おれは再びアクセルを踏みながら言った。
「同じ道を何周も走ってどこがおもしろいのかしら?」
「ハハハ・・・美保にはわからないだろうな。あの、コーナーを限
界ギリギリのスピードでクリアする快感が。クリアした時は何とも
言えない気分さ」
「ふーん」
「おれがドラムを叩いている時のグルーブ感みたいなのかもな。バ
ンドが一体なった時の素晴らしさ、その中に自分がいると思うと鳥
肌がたつもんな」
剛がうまいことを言った。
「ふたりとも夢中になれるものがあるのね」
美保がひとりごとのように言った。おれは美保に、おまえも夢を
もてばいいじゃないかと言いたかった。だが、言えなかった。言え
ば佳奈のことが口に出る。そうすると、昨夜の再現になる。
車の中に沈黙が流れた。その沈黙を破ったのは剛だった。
「なつかしいなぁ、この鉄橋。何年ぶりかな」
「そうだな。剛はだいぶこっちに帰ってないからな」
おれは鉄橋を通り過ぎ、国道に別れを告げ、細い道に入った。
左手には農協があり、次第に古い家が見え始める。今日は快晴な
ので、遠くの山々がはっきりと見ることができる。ビニールハウス
のいちご畑の横を三輪車に乗った子供がゆっくりと通っているのが
見える。おれの子供時代を見てるようで、思わず微笑んだ。
やがて三ツ角に差しかかった。ここは兼松三ツ角といわれている
ところで、ここが見えたらおれの実家はもう目の前だ。実家は瀬戸
物を売っているが、これは副業みたいなもので、農業で生計をたて
ている。そして一軒隣が佳奈の家で、ドラッグストアをしている。
だが、都会にあるほど大きくなく、こぢんまりとしている。おれ
と剛、そして佳奈は幼なじみなのだ。しかし、剛の家はもうここに
はない。おれは車を実家の横の駐車場に停めた。車から降りると剛
はまわりを見回しながら、本当になつかしそうだ。反対に美保は真
剣な顔つきをしていた。
「うーん。このにおいだ。これが故郷のにおいってやつだな」
剛は大きく深呼吸をして言った。
「おまえもおおげさだな。ん?どうした、美保。まじめそうな顔し
て」
おれは美保に尋ねた。
「ちょっとね・・・佳奈に最初、ここに連れてきてもらった頃思い
だしもんだから」
美保は苦笑いしながら言った。
「なんだ。以前来たことがあったのかよ」
「うん。何度か佳奈の実家に泊まったことがあったの」
おれたちは話しながら、佳奈の墓に向った。
墓は高台にある。だが、この高台の入口は初めて来た人はびっく
りするだろう。精肉店と一軒家の間の狭い道が入口になっていて、
見落としがちだ。ちなみにこの精肉店は鳥金精肉店といって、ここ
の唐揚げはなかなかいける。
おれたちはその鳥金精肉店を右に入り、細い道がだんだんと上に
昇っていった。この道は農道でかなりせまい。道の両側には家がポ
ツリ、ポツリとある。そして、やたらと目につくのが梅の木だ。こ
の梅の木は個人所有のもので、道の両側にある家の所有物だ。二月
になると、いっせいに梅が咲き乱れ、梅祭りというのが行なわれる。
桜並木ならぬ梅並木だ。
剛と美保は梅の木を見ながら、話していた。
「おれがいた頃は梅の木なんてこんなになかったけどな」
「梅祭りの時は人が通れないくらいなのに、ふだんはこんなに静な
のね」
「なんだ、美保。梅祭りに来たことがあるのか?」
「うん。佳奈に・・・」
美保はそう言うと、おれの方をチラッと見た。さっきから佳奈の
名をだすたびにおれの方を見ていて、気を使っているのがわかる。
おれは剛と美保の話を聞いていないふりした。
「佳奈に連れてきてもらったのか?」
「そうなの。人が多くてたいへんだったわ。佳奈に子供の頃のこと
を聞いたわ。剛とテルはいつもこの辺の公園で遊んでいたって」
「あれだろう?」
おれは美保の言葉を受けて、右手を指さした。すると剛は足を止
めて言った。
「そうだな。テルとよくあそこで鬼ごっこや缶蹴りして遊んだもん
だ。あそこだけは変わってないな。今の公園と違って、ブランコだ
けしかないけど、ここには自然があるしな。そうだ、テル!あとで
あそこで缶蹴りでもするか」
「バーカ。缶蹴りしてどこに隠れるんだよ?まわりは民家ばかりだ
ぞ。ガキの頃だったら、隠れる所はたくさんあったが、大の大人が
隠れるとこなんてあるわけがねえよ」
「ハハハ・・・それもそうだな。おれってガキの頃から成長してな
いのかもな」
「いえてる。ハハハ・・・」
おれと剛はまるで子供時代に戻ったように笑いあった。剛とこの
場所に来るのは十年ぶりぐらいで、ふたりの心になつかしさがこみ
あげているようだった。
「あれ見て!きれーい!」
美保が突然、大声をあげた。おれと剛は思わず美保の顔を見た。
驚きの表情をしていて、視線は前方に釘づけだった。その視線の方
を見ると、そこには見事な桜が花を咲かせていた。それもひとつでは
ない。いくつもの桜がまるで競演するかのように、咲き乱れていた。
そして桜の下には佳奈がいた。花びらが佳奈の墓石にひらひらと舞
い降りていた。美保と剛はこの光景を初めて見るはずだ。おれは去年
一周忌に来た時に見て、驚いた。佳奈にぴったりの場所だと思った。
「すげえな。満開の桜はよく見かけるが、こんなに見事に咲いている
のは初めてだな。テル、もしかしてあそこの墓は佳奈の・・・」
剛も驚いた顔しておれの顔を見た。剛は一周忌の時は来ていなかっ
ので、びっくりした様子だ
「そうだ。佳奈は桜の木の下で眠っているんだ」