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轍のゆくえ  作者: ルイン・リーカ
第一章
8/29

狐と大きな妖怪

 また起きて、寝て。それを繰り返す人生。

その人生はつまらなかったが、同時に生を感じていた。つまらなさこそ生。今日はどんなつまらないことが起きるのだろうと思っていた。あの人に出会うまでは。



起きると、何やら境内の方が騒がしい。俺は布団を頭までかぶったが、それでも騒がしさは変わらなかった。むしろ増した気さえする。朝から何なんだ。面倒ごとなら帰ってくれ。そう思いながら、瞼を固く閉じた。

 今日の予定はない。学校新聞の制作に付き合ったし、付喪神の件も解決した。これ以上はないはずである。無くあれ。何処からかバタバタと聞こえる足音も聞こえないフリをさせてくれ。何事もなく俺の前を通り過ぎてほしい。結局そう上手くはいかないもので…


「おい!バカ狐ッ」


肩で息をする花見月をみて察してしまう。


「なんか、変なのがいるッ」


もう何度目だって。




あれあれよと着替えさせられて、顔も洗っていない状態で連れてこられたのは鳥居の前。神社の特徴である白い鳥居。その鳥居の上に確かに何かいた。とにかくデカい。デカい顔が俺を見下ろしていた。涎を垂らしながら。正直言って、邪魔だと思う。しかも涎を垂らされて、いい迷惑である。掃除は花見月に任せるけど。


「お宅、何してるんだ。こんなところに来たって、いいことないぞ」


一応声をかけてみる。デカい顔面はピクリとも反応しなかった。「もしもーし」と、もう一度声をかけるが反応なし。死んでいるのかと思ったが、デカい目が瞬きをしたので生きてはいるそうである。

 花見月はその辺を履く箒で威嚇をする。武器にもならないと思うが、トゲトゲした掃く部分で目を突きさされれば痛いかもしれない。しかも顔面がデカい分、目もデカいしやり易いかも。花見月に「いけ」と指示を出すと、花見月は箒で威嚇しながら一歩ずつ近づいて行った。鳥居の下まで行ったところで、デカい目に突き刺すべく箒を突き出した。

 まあ、結果は届かなかった。当たり前である。俺は後ろで煙管を吹かしながら、面白半分で眺めていた。


「ちょっと、ここからどうしたら…ってバカ狐!聞いてるのか」


振り返った花見月は怒りをあらわにする。俺は鼻で笑いながら、頑張れ頑張れと煽る。そこにエセ猫が欠伸をしながらやってきた。俺の横に座り顔を洗っている。


「ありゃ”おとろし”じゃないか」

「そうっぽいな。何かやらかしたかな…さては悪ガキとかが何かやったか…?」

「…あんさんがいつも通りで安心したよ。絶対あんさんが何かやったからじゃなのかい」

「さぁ。そんな大層なことをしたつもりはないけどな」


白々しいとエセ猫は鼻で笑う。




恍けながら、俺は肺いっぱいに煙を吸い込む。花見月は暫く格闘したようだが、戦略的撤退を選択したらしい。こちらに体を向け、駆け出そうとする。

 ちなみに敵前逃亡の際は、敵に背を向けることはおススメしない。熊とかによく死んだふりをすると良いって聞いたことあるが良くないからな。逆に襲われる恐れがある。目を合わせながら、後ずさりがいいらしい。俺の場合は攻撃してるけど。勝てるから問題はない。

 もし勝けてないと察して逃げる場合、花見月のような行動をとるとそうなるかなんて簡単にわかる。花見月はこちらに踵を返して駆け出す。それを見たデカ顔は花見月をロックオンし、そして花見月に向けて飛び降りた。花見月は上手く避けられず、潰されてしまう。潰されたカエルのようなザマである。


「なにしてんの。そいつは神社で悪戯をするヤツらをそうやって懲らしめるのさ。要は悪さをしなけりゃ襲ってこない」

「つ…つまり」


花見月が苦しそうに話す。これは花見月に怒られるか。エセ猫は大変可笑しそうに答えた。


「つまりソイツを追い払おうとしたのが、悪戯判定だったんだろうね。今お仕置き執行中ってことさ」


花見月は口許をヒクヒクとさせる。そして俺をキッとにらんだ。その様子が面白く、口許が緩む。


「バ…バカ狐ッ!覚えてろよ!」

「俺はすぐ忘れるからチャラだな」


ああいえばこう言うと花見月は顔を赤くして怒る。その感情の起伏が余計に面白くするということが分からないのだろうか。

 手でサッサと払えば、おとろしはすぐに避けてデカい図体を感じさせない動きでどこかに去っていく。花見月は起き上がると俺のっ首根っこを掴んだ。


「よくもしてくれたな」

「確かに俺は行けと言ったが、拒否しなかったのはお前だろ。断ってもよかったんだぜ」


ぐうの音も出ないなぁと煽り散らしていると、思いっきり殴られた。自業自得とエセ猫が言う。


 先日、俺がぶっ倒れてから数日が経過している。自分で倒れたわけではなく、原因は明白。相談者に紛れてやってきたどこかしらの罰当たりモノにやられた。意識はすぐに取り戻したが、今のところ大きな影響は無い。一応、妖向けの医師に診てもらうと、今のところ問題ないと言われた。もしかすると、後々なにか体に異常が起きるかもしれないから、そうなった場合は急いで来いとも。まあ、今のところ異常はないし行く必要はないと思う。

 時折、花見月が心配そうに見てくるが知らない顔をする。だって仕方ないだろう。心配されるのは慣れていないのだから。病は気からと言うし。余計な心配をするだけ無駄だと態度で示してやる。口に出してやるのは何か違うと思った。


「それにしても、あんさんも懲りないね。からかって怒らせては喧嘩をして…今回で何回目なのさ」

「1、2、3…数えるのも面倒臭い。毎日してんじゃないか?」

「よくそれだけ喧嘩をできるね。アタシならもう諦めて、逃げ出してるよ」


エセ猫が、毛繕いをする。俺はそれを他所に、空を眺めた。今日も憎らしいほど綺麗だった。何処までも綺麗で、吸い込まれそうだ。手を伸ばして、雲を掴もうとしてみる。当然届かないと分かっていたのだが、不思議とその手に何か触れた気がした。掌を見てみたが、何もない。雨雫かと思ったのだが、違うらしい。気のせいだったのだろうか。雨が降りそうな気配がするし、朝飯を食いに行くというエセ猫と共に、社に戻ることにした。




 落雷と共に大雨が降る。あまりの乱暴さに、エセ猫の毛が逆立っていた。落ち着けとエセ猫を宥めるが、俺の尻尾毛も立っていた。本能が獣に近いのだから仕方ない。雷の光に反応して、雷の音を探す。二人、いや二匹揃って動くものだから、花見月がなぜか喜んでいた。何でも可愛らしい…とか。なんだそれは。眉間に皺を寄せると、そんなことをしても今は可愛さしか残らないぞと言われた。低い声で黙れというと、花見月はアッサリと流す。

 またピカリと光が降り注ぐ。それに続いて轟音が鳴り響き、驚きのあまり変化が解けた。足の。変化が解けた足を急いで戻そうとするが、少しパニックになっていたらしく上手くいかない。平然を装いつつ悪戦苦闘していると、いつも鈍いくせに妙に鋭いところがある花見月が首を傾げた。


「何やってるんだ。何かソワソワしてる気が…」


そう言って机の下をのぞき込もうとする。それを慌てて止めた。訝し気な花見月の目が俺を突き刺す。問い詰めようとする花見月から逃れるように、目を逸らす。ますます怪しいと花見月は、隠してないかと問い詰めた。


「そ、それは…そう、机の下に虫が」


いると続けようとしたが、花見月が飛び上がる音でかき消された。花見月は机の上に飛び乗ると、俺の胸倉をつかみ上げる。


「お、おい、何とかしろ。今すぐにだ」

「…人に頼む態度じゃなくないか。それ相応の態度ってものがあるだろ」

「知るか。早くしろ」


虫を根絶したいと言い放ち、花見月は机の上で三角座りを決め込む。仕方ないと面倒そうなふりをしながら、退治をする風を装いつつ足をどうにかすることにした。屈んで机の下に潜り込む。すると、ニマニマと笑う顔が目の前にあった。驚き頭を上げようとすると、机の下だということをすっかり忘れていた。鈍い音がする。


「だ、大丈夫?退治できた?」


叫ぶ花見月に、まだだと答える。ならさっさとしろ愚図めと暴言を吐かれた。情緒が可笑しいらしい。

 机の下の顔ことエセ猫は、俺の服の袖をチョイチョイと引っ張る。耳を貸せということらしい。耳を持っていくと、ヒソヒソと話し始めた。


「…んふふ…大変ね、足が獣に戻ってるよ。これは花見月に教えてやらないと」


余計なことをしだすエセ猫の尻尾を掴んだ。エセ猫が悲鳴を上げたが、無視無視。

 花見月がなんだなんだと下を覗こうとする。エセ猫が虫を咥えたから、捕まえただけだ気にするなと伝える。そして反抗するように何か言おうとするエセ猫の口を塞いだ。


「余計なことを言う口は縫い付けるぞ」


本気が伝わったようだ。エセ猫は首を縦に振り、了承してくれたようなので口だけは解放してやる。


「そんなに嫌なのかい。どうして?アッサリ解決するかもしれないのに」

「そんなの嫌に決まってるだろ。雷が怖いみたいじゃないか」


へぇと聞いているのか分からないような返事をエセ猫が返す。とりあえず告げ口をする気配が無さそうなので、尻尾を放してやった。千切れるだのなんだの騒いでいたが、完全にそっちが悪い。掴んだぐらいじゃ尻尾は千切れないだろう。

 どうやら時間をかけすぎたらしい。おおと感嘆した声が聞こえ後ろを振り返ると、花見月が俺の袴を目繰り上げていた。時間が止まったように誰も話さない時間が数秒。そのあと「変態が」と怒鳴り声を発した。


いつもとは立場が逆だった。俺が説教する立場で、花見月がされる立場。その構図をエセ猫とワタが楽しそうに眺めていた。


「一体どういうつもりだ」

「だって、虫を捕まえたとか言ってたのに中々顔を出さないから。そんなことをされれば気になるのは当然でしょ」


少し不貞腐れたように花見月が言う。もっとみるのも悍ましいような嘘にすれば、花見月も余計な気を起こさなかっただろうに。一人反省する。


「それで?俺のをめくるのか」

「それは…モフモフしてるのが見えたから…気になってつい?」

「何がつい?だ…ついで済んだら、痴漢もお縄につかんぞ」


ため息をつきながら、俺は袴の裾を正す。未だに足は戻らない。ビビって戻ったからといって、ここまで長びくのだろうか。もしかしてこれが呪詛の影響だったりするのか。

 とりあえずもう一度医者に診てもらおうと、花見月は出かける準備をする。何だかんだと世話を焼いてくれるが、今回は動くつもりはない。ほら行くぞと俺の腕を引く花見月に、嫌だと抵抗をする。


「なんでだ。診てもらった方が絶対良くなるに決まってる」

「世の中に絶対と永遠はないんだぞ」

「キメ顔で言われても、普段の自堕落さでマイナスされてゼロになるよ。余計にダサいからやめることをお勧めする」


呆れる花見月の腕から逃れようと藻掻くと、羽交い絞めされた。本当身内に容赦ない。外にはいい顔しやがって。よそ様からは虫をも殺せない聖人とか言われていい気になってるのか。俺なんて、まあ神様(一応)だぞ。()が明らかにつけられてる。そこの差は何だ。

 藻掻いたってこの姿では逃げられない。そう確信し、最終手段に出た。体中の神経を意識して、それをグッと収縮させて、イメージ通りに広げる。完成したら、体の力を一気に抜く。そうするとできるのだ。


「な、なんだッ」


何がって…狐と言ったらのアレである。


「バカ狐、大人しくしてろッてば」


変化で子狐に化けたのだ。そうして花見月の一瞬の隙を突いて俺は逃げた。花見月が大声で叫んでいるのが聞こえた。


 そこまでは良かった。良かったはずなのに、この状況はどういうことなのだろう。目の前にはガキの集団。しかもこぞって俺を捕まえて、俺に触ろうとしてくる。好奇心とは恐ろしい。回れ右をしたが、一歩遅かった。初めは小さな手だと思っていたのだが、千手観音のようにいつの間にか増えた。

 引率の教師はどうしたと見回すと、ガキ共の様子を見て楽しそうに微笑んでいる。野生動物には菌がいる場合がいるから気を付けてと軽い注意をするだけである。風呂ぐらい入ってると言ってやりたいが、俺が子狐に化けていると知られれば後が怖い。せがまれて何回化けさせられるか…退散したい。

 次々と伸びてくる手を避けながら、ガキ共の間を縫い逃げていく。こっちは必死だというのに、ガキ共はキャッキャと喜んでいる。一芸じゃないんだから、喜ぶなと拳骨を落としてやりたい。


 その後も参拝者たちに捕まえられそうになったり、全く知らないヤツらに襲われたりした。散々な目にあった。少し疲れて、公園の木陰で一休みをする。元に戻ろうとしたが、無理だった。変化はできるが、人型に戻ることができないらしい。これ以上変化して厄介な姿になったら、と思うとこれ以上の変化はやめておいた。体が人間、頭が獣になったら怖い。ホラー以外の何ものでもない。

 毛繕いをすると少し砂ぼこりが体から出てきて、少し嫌気がさす。こうなるなら花見月の元で大人しくしているべきだったかと思ったが、それもそれで嫌だったので、この選択で正解だと信じた。

 疲れが出てきて少しうたた寝をしていると、顔に影が差す。


「やっと見つけた。何やってるんだ、バカ狐」


花見月だ。想ったよりも疲れていたらしく、気配に気づかなかった。逃げ出そうとする俺を花見月は素早く捕まえ、首輪をかける。犬かッ!?今までの何よりも屈辱。前足で外そうと藻掻くと、花見月は首輪に俺の胴をしっかりと掴んだ。そのまま携帯を手に取る。


「確保。ありがとう、ワタさん」

〈全然。観念した方が身のためだよって言ってたって伝えてくれる?もう聞こえてるだろうけど〉


ワタの仕業だったらしい。ワタが俺の居場所を花見月に伝えて、花見月は準備万端でやってきたという訳だ。


〈一応、異常はないって言われるだろうけど、何かあったら怖いしね。私も友達に何かあったら困るよ〉

「ワタさんがそんなことを言うなんて…絶対連れて行きます。診察後に折り返しますね」

〈うん、ありがと〉


電話が切れた。裏切りやがって文句を言ってやる。絶対に。一言言ってやらないと気が済まない。花見月は俺を体の正面に抱きかかえると、そのままじっと見つめた。


「こうみると普通の狐だな。あのバカには見えない」


何かけなされている気がしたので、後ろ足で顔面を引っ搔いてやった。少し浅かったが、十分な攻撃にはなったであろう。


「いっててて…なんだよ…」

「うるせっ」


牙をむき出しにして唸る。花見月は顔を抑えていた。そっぽを向いて無視すると、花見月は俺の体をなで回す。寒気がした。尻尾で顔をビンタするが、ろくに効いていない。むしろ喜んでいた。これなら、人型のほうがましだった。



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