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轍のゆくえ  作者: ルイン・リーカ
第一章
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狐と付喪神とエセ猫と

食卓を四人で囲みながら、口の中に食事を書き込む。やはり出来立てがうまい。いつもなら、それ以外思うことがないのだが…狭い。狭すぎる。


「花見月。付喪神は置いておいて、この猫を招き入れる必要はあったか」

「それは…寂しそうだったから?」

「それだけの理由なら入れんな。なにか面倒ごとを招き入れるぞ、コイツは火車だ」


花見月はそうなんだ、初めて見たと呑気に汁物をすする。重大性が分かっていないらしい。

 火車とは__死体をさらう妖怪で、食う時もある。主に猫や鬼の姿で描かれることが多く、人々の恐怖の対象であったであった。

 そんな妖怪が、目の前で焼き魚を食っている。そんな状況を眺めてのんびりなどしていられる訳がない。さっさと追い出してしまえ。それに限る。


「とにかく、出て行ってもらわないと困る。面倒ごとはごめんだと再三言ってきたはずだが、聞いてなかったの哉。花見月クン」

「うわ、キモイ言い方すんなよ…そんなにケチケチすんなって。俺も多少なら火車のことは知ってるし、面倒もそこそこにみるから」

「妖怪の面倒がどれほど大変か知ってんのか」

「多分。何とかなる」


絶対ならない。花見月は言ったものの、食いかけの焼き魚を取られている。幸先不安だ。ため息をつくと、付喪神と目が合って微笑まれた。これは俺の手に負えるものじゃない。そう思いながら、焼き魚に手を付けた。

 というのが、数刻前の出来事だ。たった数刻。それだけの時間しかたっていないというのに、目の前の惨劇である。そこの辺り穴だらけ、泥だらけ。ここは一応清めているはずの境内なんだが。こんなにも汚れがあっていいものなのか。原因は言わずもがな…俺は視線を物陰に隠れるエセ猫に向けた。


「おい、花見月。お前数刻前に言ったことですら守れないのか。この惨劇は何だ」

「…悔しいけど、ごめんとしか言えない。まさかここまでやられるとは思わなかったんだ」


火車はどこからか捕らえてきた鼠を咥えていた。誇らしげにしながらすり寄ってくるのは、猫の本能からかもしれない。それでもこれは酷かった。「俺は手伝わないからな」と冷たく言い放ち、その場を去る。

 …内心まだ大事にならず安心していたのは、きっと誰も知らない…はず。付喪神が楽しそうにこちらを見ながら後片付けをしていたのが目に入った。なにかむず痒くなって、知らないふりをしたのは何故なのか分からなかった。

 結局片づけを手伝うことになった。この展開は自分でも何となく読めていたのだ。部屋に戻って後ろ髪を引かれていた時点で、これはダメだと察した。


「これが終わったら、その猫追い出してこい。付喪神の件もさっさと片を付ける。長引かせたらこっちの負担になる」


今度は花見月は反対しなかった。自分の手に負えないことを何となく察していたが、はっきりとしたため諦めてくれたのだろう。これで疲労が軽減されるだろう。そう思い、どこかに行こうとするエセ猫の首根っこをひっ捕まえた。そういえばすっかり聞き忘れていたことがあったのだ。


「お前、こんなところで何やってんだ。お前は火車だろう。こんなことしてていいのか」

「こんなこととは何を!恩返しをするのは基本中の基本。そんなことも知らんのかい自称神のくせに!」

「お前がしているのはどちらかというと、仇だろ。恩を返すのはいいが、静かにしてくれ。気が散るわ、考え事も碌にできねぇ」

「ほかの方法など知らんね!」


何とも素直なのか、愚直なのか。恩を返すという考え自体は素晴らしいが、方法が方法なだけに迷惑になってしまっている。ズバッと言ってしまったが、エセ猫は尻尾を左右に躍らせていた。


「なら、恩の方はいい。運がよかったと思って忘れろ。とにかく、さっさと仕事に帰れ」

「そ、そんなことができるなら、もうとっくにしてるさ!できないからここにいるんだろう!」

「…ああいえばこういう猫だな」


押し問答になって、苛立ちを隠せず舌打ちをする。エセ猫は毛を逆立てて言い返して、俺もそれに便乗しているのでどうしても怒りはヒートアップしていくばかりだ。ここはどちらかが大人にならねば解決しない。怒りの中でもそれは分かっていたので、俺は深く深呼吸をして昂ぶりを押さえながら黙って聞いた。俺が黙って暫くは煽ってきたエセ猫だが、詰まらなくなったのか顔を背け拗ねたような声で語り始めた。


「お前の言う通り、火車は死体を攫うと言われてる。これは確かに火車の本分。此く言、私もその一匹さ。最近、私は火車を集めて事業を展開したんだ。死体を攫うプロフェッショナルの火車が食材をデリバリーするっていうヤツなんだけど…

そんなことは置いておいて、お前が知りたがっていることの方を話そうか」

「その通りだな。話せ。そしてさっさと帰れ。さっさとな」

「…簡潔に言うと、仕事に失敗した。仕事の途中で、死体を搔っ攫われたんだよ」

「食材って、死体のことかよ。そんなことだろうと思ってたけど」


野次を飛ばしていたが、思ったよりヤバくは無さそうだ。今も実は喰っていい死体を探している可能性が頭の片隅にあった。実際に肉を食わせろだなんだと言い放っていたから、てっきり腹が減っているものだと思っていたのだ。


「それで?さっさと取り返して来いよ」

「そりゃ取り返そうとしたさ。こんなミスしたってばれたら、後が怖いからね…急いで死体は見つけたよ」

「良かったじゃないですか。これで一安心ですね」

「まあ、全部丸く収まればそれでよかったんだけどね…」


反応からして、何かあったらしい。エセ猫は前足で耳を掻きながら言った。


「あるべき魂が無かった。まさにもぬけの殻だったんだよ」


ほう。思わず眉をひそめた。元来、死体と身体は強い結束力で結び付けあわされている。どんなことがあろうとも、身体か魂が離れることは無いといわれている。例外が死んだ後。死んだ後は魂は暫く体に定着しており、一定時間たった後ある過程を得て身体から切り離される。ある過程を得なかった場合が地縛霊とかそういうヤツである。


「事の経緯は分かった。じゃあ、その中身はどこにいった?身体の方は無事なのか」

「身体の方は無事だった。でも、知らん奴の魂が入っていたんだ」


空を仰ぎたくなった。実際にやってみると、空の青さがわかる。ひたすらに青い。


「その…身体に入った奴は、勿論亡者なんだよな」

「それは確認済みだよ。ちゃんと死んでるヤツだった。ソイツの死体は火車に運ばれていたらしい。勿論、私じゃない」

「身体無しで、ソイツは現世にいたのか。死体の中身チェックはされなかったな。されていても可笑しくないはずじゃないのか」

「多分、されなかったんだろうと思う。ミスか何かだと思うね。しっかりして欲しいよ」


エセ猫が言うには、その身体の方も目を離した隙に逃げられてしまったとか。もうコイツ転職した方が良いんじゃないか。ミスしすぎだろ。働き続けるにしても、暫く休んだ方がいい。

 妖怪社会のブラックさを嘆くエセ猫を宥めていると、横で鼻水と啜る音がした。何に感動したのか理解できないが、花見月は大粒の涙を流し、汚く鼻水まで垂らしていた。堪えきれなくなってくると、エセ猫と熱烈に抱き合い始めてしまった。色々収集つかない状況であったが、完全に置いてけぼりの俺は違うことに頭を支配されていた。









 騒いでもどうしようもないということで、エセ猫と付喪神は今晩も泊っていくこととなった。俺は風呂を嫌がるエセ猫を風呂に突っ込み、付喪神を花見月に任せた。そして風呂から出ると、俺が飯を食っている間に花見月がエセ猫を乾かす。完璧な連携を発揮していた。

 ギャーギャーと騒音を聞きながら、付喪神と二人きりになった部屋は静寂に支配された。


「お前はどこの出身なんだ?」


付喪神は首を横に振る。

言えないというよりは知らないと言った方が当てはまりそうだった。


「なら、お前は自分のことはどれだけ知ってる。名前ぐらいならわかるか?」


付喪神は首を縦に振った。

ならと話の切り口を変える。


「名前は分かるのか。なら、何の…何に宿っている付喪神か分かるか?」


付喪神は首を縦に振った。最初、あのバットの宿り主かと思ったが、バットが折れても何も影響は無さそうだった。

 通常付喪神と宿る依代となるものは強固な縁で繋がりあっている。お互いがお互いに影響を与えるのだ。なので、もしかすると、別の何かに宿っている付喪神ではないかという仮説にたどり着いた。このままうまくいけば、解決しそうだと考えていたのだが難しそうだ。何せこの付喪神は話せないし、依り代の場所も分からないのだから。


「具体的にその辺りを聞くのは難しいな…分かるところを聞いていこう。元居た場所に帰りたいか?」


付喪神は首を縦に振る。

 色々聞き込んで分かったことだが、この付喪神は自身のことを理解できていないらしい。何百年と経ってモノに宿る付喪神には珍しいケースだ。付喪神は、現世のことなどからっきしであった。ここまでやってこれただけでも純粋に凄いと思う。崇めろ。


 とりあえず疲れたので、一回休憩。懐から煙管を取り出し、吸った。煙が、空へと泳いでいく。胸いっぱいに煙を吸い込むと、隣で付喪神が暴れ出した。


「どうした」


付喪神は、駄々をこねる餓鬼のように床に倒れ込み手をジタバタさせている。急になんだと聞きたいが、落ち着かせなければ何も始まらない。煙管を持っていない方の手で付喪神の手掴むと、なおさら付喪神は暴れた。爪を立てて暴れるものだから、俺の腕に引っ掻き傷が出来上がる。これは後で処理しないと、後ができるだろう。


「落ち着けって」


しっかりと言い聞かせるような口調で言う。しかし、付喪神は暴れるのをやめなかった。


「や…や!」


突然付喪神が叫んだ。付喪神は容姿に似合わぬ力で俺を振り払い、部屋からぬけ出していったのだ。一人残された俺は呆けるしかない。急に暴れ出したかと思えば、言葉を話し出したのだ。「や」と言ったのは恐らく「嫌だ」と言っていたのだろう。何が嫌だったのかそこをはっきり言ってもらわないと、分からない。


「何だってんだよ…面倒臭っ」


そう言ってまた肺に煙を流し込んだ。何とも言えない心地よさ。ありとあらゆるストレスから自分が解放されていくようだ。考えないといけないことばかりだし、色々置きすぎだろと文句を言いたい。瞼が自然と落ちてきた。




 夢を見ているようだった。たぶん夢だと思う。だって、もういない先に逝った奴ら住民が見えた。

 奴らは楽しそうに俺に色々話しかけてくる。何だかんだと次々言い出すのだから、耳がいくらあっても足りない。昔もそうだった。面倒だと思っていたのだが、あまりにしつこく話しかけてくるものだから聞いてしまったのだ。ちょっとした占いやら、まじないを教えると、喜んでそれを実践した。

 そして俺にまた感謝やら供物やらを捧げに来る。嫌だったはずなのに、それが俺の密かな楽しみになっていった。今度はどんな奴が来るのか、と心待ちにしていたものだ。


 ふと空間が歪んだかと思うと、遠くから何か鈴のような音がする。遠くを見ると、傘をかぶった人の姿。袈裟を着たそれは修行僧のようである。その修行僧が俺のもとに近づいてきた。歩く度に錫杖を鳴らし、その音が五月蠅い。


「なんだよ、お前。その杖やめろ。五月蠅くて寝られやしない」


口が勝手に言葉を紡いだ。しかし修行僧はブツブツと念仏を唱えながら、俺の前を通り過ぎようとしていく。見えていないフリか、聞こえていないのか。盲目の僧も昔は珍しくなかった。それにしてもお供も無しで旅をするのは珍しい。本当にモノが見えないのなら、旅も苦労するだろうに。

 俺は気まぐれに狐火をお供に付けてやった。俺と離れすぎるといずれ消えてしまうのだが、無いよりはましだろうと思って。修行僧は狐火にも気づかず、杖を鳴らしながら歩く。何処に行くのだろうかと、俺は腕を組んで見送り続けた。修行僧が数ミリサイズになった頃、こちらを振り返ったように見えたのは気のせいだろうか。




「おい狐、何しやがった。なんで、こんなにもツクモさんが怯えてんだ」


怒鳴り声で、目が覚めた。やっぱり夢だった。

 瞼を開くと、花見月は震える付喪神を腕に抱え、もう片方の手でエセ猫の尻尾を掴み立っていた。その表情には怒りがにじみ出ている。一方で付喪神は花見月にピッタリとくっついており、顔が見えなかった。相当怖いらしい。

 ボンヤリと夢の中から抜け出せない頭で、何とか言葉を紡ぐ。


「…ああ、知らね。急に怯えだしたんだ」

「お前、何かしたんだろ…怯えるようなことを」


花見月に言われて、さっきの行動を思い出す。

 確か、付喪神と話をした。その時は変わったことは無かったと思う。それから、煙管を_


「あ」

「何か思い当たることがあったか」


相変わらず花見月は怒ったような口調で問いただしてきた。これでは俺が犯人のようじゃないか。多分そうなんだけれども。

 俺は煙管の灰を捨てて、懐にしまう。一応服の汚れを払う。そして空いた両手を広げ、付喪神に近づく。花見月には威嚇されていた。


「ほら、何もないぞ。安心しろ、燃えたりしない」


そう優しく声をかけると、付喪神はチラリとこちらに振り返り、俺を上から下までチェックすると震えが止まった。やっぱりそうだったらしい。

 状況がイマイチ理解できていなさそうな花見月が問うてきた。


「…煙管が嫌だったのか?」

「恐らく、な。多分、火関係で何かあったんじゃないか、それとか依り代がその手のものとか。色々考えられる」


「何はともあれ、安心していいよ」と花見月は付喪神の背を撫でた。付喪神はされるがままである。「まるで、赤子のようだね」とエセ猫が、毛を逆なでながら言う。尻尾を掴まれるのが相当屈辱らしい。随分トゲのある言い方だった。


「赤子…といえばそうなんだろうな。様子からして、まだうまれて数十年ちょいってところだろ」

「数十年って凄くないか」

「人間にしたらそうなんだろうが、私達らや神さんみたいなやつらからしたら赤子だよ。少なくとも目の前のは自称かもしれないけど。寝て起きたらって感じだ。

 それといい加減放してくれ。気持ち悪いんだ」


花見月は「ああごめん」と尻尾を放す。地面にヒョイっと降り立ったエセ猫は、毛並みを整えながら続ける。


「付喪神が宿るのは、大事にされたものが多いね。恨みが集まったものとかもあるけど、今回はそのケースじゃなさそうだ。ちなみに、私は最初から妖怪だった。アンタはどうだったんだい?」

「神をなめんなよ、エセ猫。俺は……なんだったけ。生きすぎたらどうでもいいことは忘れんだな。何も覚えてないな」


花見月が興味深そうにしていたが、昔の話だから今聞いても面白いことなどない。嫌なことは覚えていても仕方ないし、思い出したくもない。知らぬが仏という言葉もある。エセ猫はつまらなさそうな返事をして、その日は無事に終わった。



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