狐と妖刀
階段を発見して上る。一段一段が高く昇りずらい。文句を言って遣りたいが、言う相手がいない。昇りきったと思ったら、また階段があった。また昇って…
「明らかに可笑しい」
「確かにね。館の見た目上、どれだけ天井を低くしても精々三階ぐらい。屋根裏を作っていると、もうちょっと少ないかも」
屋敷がどれだけ古いかわからないが、こんな森奥にある館である。高く建てると手入れに時間と手間がかかるし、周りの育ってくる木の伐採まで考えると住みたくもない。
住んでいた家主は、そんな面倒を冒してでもここに住まなければならなかった、表世界では生きられなくなった人間だったのではないだろうか。
「栄枯盛衰ってこういうことを言うんだな」
「どれだけ栄えていても何れは衰える。悲しいけど、そういうものなんよね」
物憂げな顔をして隠成はボロボロの壁を触る。触れるだけでも風化した壁はいとも簡単に崩れてしまう。積もった埃に、かつての付喪神の痕跡。この場所は過去で時を止めてしまった。
そうやって隠成が壁を触っていると徐に、カチャッという、そうなにかスイッチを押したときのような音がした。その瞬間、虚翠と隠成は黙り込み、物音がした場所を見る。しばしの沈黙の後隠成がそっと手を離すと、手の下には擬態した突起のようなものがあった。
微妙な空気が漂う。虚翠の耳がなにかの音を捕らえた。館のどこかでひっそりと歯車が回っているような音がする。一つの歯車の音が次第に、二つ三つと増えていく。次第に足元まで物音が手には
「おいおいおいおいおい!何してんだ!」
そして足元まで迫ってきていた。興味深そうに辺りを見回す隠成は、好奇心に満ちた表情をしていた。虚翠は隠成の首根っこを引っ掴み、階段を昇る。後ろからバッタンと勢い良く扉を閉めるような音がしているが、知らない。断じて知らない。見ていないから知らない。気のせいだ。
「見て見て、翠ちゃん!凄いよ、ほら。階段がスロープみたいになってる!」
「後ろ見る暇があるなら、自分で歩け!」
「聞こえなーい。だって、翠ちゃんみたいに耳がよくないし」
楽しそうに笑う隠成に、手を放してやりたくなるが何とか堪える。色々と役に立つかもしれない、しかし役に立たないことも多いヤツではある。もしこの先楽をするなら、いた方がいいだろう。
「見て見て、翠ちゃん!今度は毒針が飛んできてる!殺意しか感じんよ!」
「一旦黙れ!さもなくばお前を縦にしてやるよ!」
ほらほらと次々迫りくる罠に喜びを一ミリたりとも隠そうとしない。むしろ喜びながら、毒針を弾き返す。
このウザさを堪えきれれば、多分心強いはず。多分。多分!
階段を昇り終えると、視界には広間が広がっていた。足を踏み出すと、空気を震わせる拍手で出迎えられる。
「もう来たんですね。凄いです、流石神様」
まるで玩具に喜ぶ子供のように丨旅蛍《クソ野郎》は嬉しそうな声を上げる。相変わらずの子供のような姿で、いかにも純粋そうに見える表情をしている。
「用件は分かってるだろ。さっさと差し出せ」
虚翠は単刀直入に切り出した。色々言いたいことはあったし、この前の仕返しもしなければならない。確かにここまで面倒をかけさせた御礼してやらねばならないと思っていた。が、虚翠にはこの部屋、この階層にいたくない理由があった。
「なんの話ですっけ?何か借りましたっけ?」
「自分の胸に手を当てて考えたらどうだこっちはお前の所為で、気が立ってんだ。さっさと判断しろ」
なんとも耳障りな声がするのだ。旅蛍の声ではない。さらには肌に張り付くような空気。全身に降りかかる圧力も感じる。最悪の部屋である。
誰かが話す度、声が反響し続け一つの反響が二つの反響を呼び、一つ一つがまたなる反響を生む。要は五月蝿い。
さっさと終わらせたいが、旅蛍の相手をしていては時間がかかるだろう。暇そうに立っている隠成に向けて、虚翠は指差し指示を出した。
「隠成、花見月アイツを探してこい。コイツに聞いたって話しゃしねぇだろうからな」
隠成は首を縦にふる。意外にも部屋を出ていく後ろ姿を旅蛍は出だしをせず見送っていた。
「神様、酷いですよ。ちゃんと話しますって…こちらの要求を飲んでくれたら、ですけど」
「乗る気ゼロだから、残念だったな」
部屋に残された旅蛍と虚翠は、隠成の姿が見えなくなるまで動かなかった。呼吸の音が二人の間を通り過ぎる。鳥の鳴き声すらせず、ただ空気の流れる音が空間を支配した。
「諦める気はねぇのか」
隠成はないときっぱり言い切った。
憤っていた勢いのまま、ここまで来たのだが、冷静になってくると腰が重くなってきた。隠成に花見月のことは任せたし、彼なら花見月を任せられる。後は、目の前の旅蛍をどうにかすればことは収まるのだ。
「大体、なんでここまでするんだ。花見月みたいなヤツはどこにでもいるだろ。他のヤツにしとけ」
「それがまかり通るなら、もっと簡単なんですけど…それができないから、こうなってるんです」
「俺も退けねぇから、丨実力行使しかねぇか」
お互いに構えず、出方を伺い警戒を緩めなかった。最期の灯を燃やしていた蝋燭が、ふと消えた。瞬間辺りは暗闇に包まれ、何も見えなくなった。外は暗がり、気付けば嵐は止んでいた。月明かりが部屋に差し込んだが、そこには誰もいなかった。
強く地面を踏み込む音が聞こえ、激しく打ち込む音が聞こえる。そして金属がぶつかり合う音も。
「まあ、神様。私は純然たる妖ですよ、そんな相手に刃物を向けるだなんて」
「純然…?敵意丸出しの相手に油断してろってか?寝言もほどほどにしてろよ」
旅蛍は身長に似合わない太刀を持っていた。それを器用にクルクルと振り回してくる。あのか細く見える腕は、どうなっているのだろうか。ただの力持ちでは済まされない。
虚翠がバックステップで距離を取ると、旅蛍は容赦なく太刀を投擲する。この状況で獲物を捨てるのは、狂気でしかない。ミスとも言える行動だが、決して油断ならなかった。虚翠は素早く体を引き、旅蛍の狙いを外させた。
避けた途端に、一撃ドデカイ音がした。そう思えば続いて、重々しい音がしてゆっくりと何かがバリバリと削れていく。ただでさえ天井という限界があるのに、太刀を使ってくることを不思議に思ったが、恐らく答えが出た。
虚翠は嫌な予感がして地面に伏せる。次の瞬間、空間を切り裂く鋭い音がして、何かが虚翠の頭上を通り過ぎていった。斬られた髪が舞い、そして灰になる。壁が横真っ二つに斬られ、天井を含む上部が下部と少しずれて落下した。砂埃が天井からハラハラと舞い落ちる。
「妖刀か」
太刀は部屋の中を蹂躙した後、大人しくご主人様の手に収まった。
「ご存じでしたか。なら、お話は早いですね」
妖刀が怪しく煌めいた。




