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轍のゆくえ  作者: ルイン・リーカ
第二章
25/29

狐と???

 時は遡り、一軍が部屋に突入した頃。


「突撃ィィィ!」


突然大声が虚翠の鼓膜を刺激した。思わず耳を塞ぐ。どれだけはた迷惑か考えたことがないらしい。


「五月蠅ぇ…」


少しイラついてきた。虚翠は舌打ちを隠そうともせず、積み上げた残骸の前に立つ。勢いづいた蛍たちが、障子を蹴破り次々と部屋に突入してきた。片手に盾やら刀やら。なんとも物騒な連中である。彼らに対して、虚翠は武装はなく丸裸。決着はあっさりつくかと思われた。

 虚翠を刀を見据えた刀を避けながら、抑えようと飛びかかってくる盾持ちを掴んでぶん投げる。ぶん投げた蛍がまた違う蛍に当たって、まるでボウリングのようであった。

 そもそも室内戦に多くの人員に割くとは、愚策のように感じる。どうしても動きずらくなるし、戦士一人一人の実力を発揮できなくなる。それでも攻撃してくるのは、何か奥の手があるのか。


「展開開始ィィィ!」


またもや怒号がして、辺りが妖力で満たされるのが分かった。対処しようと動き出すが、纏わりつこうとする蛍たちがうざったらしい。何が何でも行かせないという気概を感じた。また舌打ちをしながら、道を作るが蛍たちがすぐに起き上がり思ったように進めない。

 結局対処する間もなく、妖力は束となり結界を産み出した。結界ができたことを黙視すると、必死に纏わりついていた蛍たちの手が一瞬緩む。

 外と結界で区切られ、完全に虚翠のいる空間は断絶され出る方法は限られる。手っ取り早く外に出るには、結界をどうにかするしかないのだ。

 結界は永久不滅ではない。先程述べたとおり、術者の意思によって解くことも可能である。しかし構成と解除でとてつもない量の力を消費する。よって、誰もしない、非効率なのだ。今回は結界術者は空間の外にいるし、簡単な術者をボコるという方法は通用しないようだが。

 平和的解決は無理なのは明白。ならするは実力行使。


「怪我しても喚くなよ。お前らから仕掛けてきたんだから」


埃が舞う空間に着火可能な着物やら布。それに燃えてくれそうな蛍獲物たち。下手を打てば、皆窒息して死んでしまっても可笑しくない。相手が開けてくれないっていうのなら…?まあ、致し方なかったと言えよう。




 突然だが、現代において事故は多発している。交通事故など様々なものはあるが、不思議なことに不注意で起きる事故。その中でも、不思議と爆発したと供述されるものは意外とある。実際に爆弾を使用したのではない。空気中のチリや埃に火がつく。たったそれだけで爆発が起きるのだ。原因は粉塵爆発と呼ばれている。

 虚翠の手から狐火が一瞬出現した。狐火は空気中に飛んでいた塵や埃に着火する。火は次々に連鎖し…次の瞬間、辺 りは   火 に    包ま  れ   た。

 そし   て内 側か   ら の劇 的 な 圧 力 に 耐     え きれ な

 く な っ た 結 界は、    呆気 な  く吹       き       飛 

ぶ。




「結界っていうのは、ありとあらゆる攻撃を防ぐ…そう言われてる。実際、その通りだな。間違いではない。例え神であっても攻撃は結界に吸収され、結界の中にいる自分に届かない」


だが、と虚翠は続ける。それはある場所に集中するからだ_と。

 結界の仕組みは簡単である。結界はよく硝子に例えられる。硝子のように薄い結界は、攻撃を受ける場所_その一点の防御においては最強の名を冠する。しかし意外と知られていないのは、結界全体に及ぶような力と対峙したときの話である。結界は薄い。そのため防御をするとき、その一瞬だけその場所に力を集中させるのだ。とある場所に力が集中すれば自然とその他の場所は守りが薄くなる。

 つまりは全体を攻撃すれば、結界は容易く破られるのである。こうして脱出した虚翠は煤と汚れに包まれながら、姿を表したのだ。



「そ、それがどうしたというのだ!俺は部隊長である。これしきのこと、予測済み。俺は最後の一人になろうとも、立ち上がり戦う!」


部隊長は落ちていた刀を拾い上げ構える。数での制圧はもはや叶わない。いくら強がろうとそれは現実なのだ。圧勝は無理でも、相討ちに持ち込む。この場に来るまででも相当の蛍たちを蹴散らしてきた。虚翠|《神》とて体力は無尽蔵にあるわけではない。いつか底が来る。


「俺は負けられんのだ」

「いいね。男前な発想だ。そういうの嫌いじゃねぇよ」


なんて愚かで、不遇なことか_




 部隊長もとい丨吉経よしつねは刀をを構える。部隊を率いる立場である吉経は、蛍たちの中でも指折りの実力者である。若かりし頃から才能を生かし、底辺から頂点に目掛けて切磋琢磨してきた。何もかもを己の実力のため、捨てることさえいとわなかった。

 その猛者である吉経でさえ、目の前の化け物には適わなかった。金属同士のぶつかり合う音が部屋、屋敷中に木霊する。


「んん?思ったよりショボいな、まだやれんだろ。俺も久しぶりで腕がなまってんだ」


そう言って、虚翠は脇差を奇妙に構える。その構えはどこの流派とも知れないものである。素人のように見えるものの、どこか隙の無さを感じさせる。吉経は安易に近づけず、刀の届くギリギリの距離で戦っていた。

 距離で言えば、吉経が有利である。虚翠は一歩踏み出さなければ、刀を届かせることができない。上手く隙をつくことさえできれば、吉経はいつでも打ち勝つことができるはずであった。


「俺もまだまだだったようだ。精進しなければな。そんな可笑しな構えでこれほど俺と渡り合えるヤツがいるとは」

「おかしなって…コレはどこかの流派を見様見真似でパクったヤツだ。ソイツも適当にしてたから、俺自身合ってるのかどうかも知らねぇよ」


虚翠が一気に距離を詰める。そして突きを仕掛けたがアッサリと避けられ、吉経は刀を薙ぎ払う。虚翠は即座に後ろへ後退した。首に痛みを感じ、手で触れると何か液体が付着していた。避けきったつもりだったが、甘かったらしい。ヒリヒリと鋭い痛みが現実を教えてくれる。

 虚翠は吉経の懐に滑り込み、横一文字に薙ぎ払う。吉経は一歩引いてそれを避け、袈裟に斬りかかる。刀を構え受け流すと、虚翠は鍔迫り合いに持ち込んだ。全身の毛が立ち、興奮が抑えきれない。


「段々調子が上がってきたな。そっちはどうだ?」

「どんなときにも冷静に、が俺のポリシーだ。この吉経、この程度で揺らぐわけにはいかぬ」

「そうか」


虚翠は刀を押し切り、吉経は力負けして重心が後ろに動く。刀は遠くに飛ばされ、障子に突き刺さった。数歩後退し、踏ん張り直したころには、吉経の眼前に虚翠の刀が迫っていた。虚翠は上段から下段に向けて刀を振り下ろす。吉経は咄嗟に部下の持っていたと思われる脇差を引っ掴み、迫りくる刀を防いだ。

 吉経の額から汗が流れ落ちる。今の一瞬、判断を誤れば体は真っ二つに叩き斬られていただろう。状況は虚翠が優勢。一瞬の隙でも隙を突かなければ、また力で押し切られるのも時間の問題である。


「さっきのは良かったなぁ…あの動きをもう一回しねぇの?あれは今までで一番よかったと思うんだがなあ」


口角を上げながら虚翠は言った。


「この丨神《化け物》め」


最高の褒め言葉である。



 無性に面白くなってくる。さっきから己の中を動き回る血液が沸騰しているかのように熱い。足から頭まで、敏感になっていく。どんな音でも逃さず、どんな変化も見逃す気がしない。

 虚翠は本能に従って、獲物を仕留めようとした。それが当たり前のように感じていた。流れる血の香り、抑えきれぬ興奮、肉を割くあの感覚。固い筋肉を噛みきったときに広がる甘味と喉を通るときの息苦しさ。全てが全てが愛しい。手に入れたい。どうしても。


「…なあ、楽しいな。これ」


虚翠は何故か自身の首に刀を当てる。薄皮が切れ、赤い血が滴り落ちていく。ゆっくりと、ゆっくりと。


「ついに正体を現しよったか。化け物め」


瞳孔が開き、口から涎が溢れだそうとする。虚翠は機嫌良さげに笑う。細められたその瞳に映るのは、血にまみれた肉である。

 吉経は舌打ちをした。何もかも上手くいかない。今だ気絶し足元に転がる部下は、目覚める様子はない。暫くはぐっすり眠っているだろう。自分だけの力でどうにかするしかない。

 吉経の気が移ったのは一瞬、一秒にも満たない時間だった。吉経の横を風が吹き抜ける。否、風ではない。虚翠が握っていた脇差が、吉経の後ろに突き刺さっていた。


「うーむ、外したか。手元を狂わせたつもりはなかったんだが、狙いが甘かったか?」


虚翠は子供のように首をかしげる。さっきまでの虚翠には、これまでの殺気は感じられなかった。気絶している部下たちに手を出さなかったため、本気で相手する気はないのだと思い込んでいた。しかし、この有り様。投げられた脇差によって、壁がポロポロと崩れ始めている。一体どんな力を込めたのやら。吉経は刀の切っ先を丨虚翠《化け物》へと向ける。それだけでも、切っ先が震える。金属が揺れ動く音がいやに聞こえた。


「さっきのアレ…アレを連発できればきっと倒せるぞ。頑張ってみろよ。生き延びてみろ、足掻け、踠け。お前たちに許されるのは、それだけだぞ」


掌を天に向け、指を曲げ動かし挑発する。いつでも来い。どこまでも余裕を感じさせる。吉経はそれならばと一直線に己が出せる最高スピードで突きにかかった。

 勝算がなかった。それどころか、作戦すらない。とりあえず斬りかかる。一匹の羽虫は足掻くことを選んだ。 吉経のスピードは人間には目で終えないようなもの。確実に対応できるのも限られた人物たちだけだろう。

 吉経は息を殺して風の音だけを聞く。そしてタイミングを見計らい、脇差を振り下ろした。硝子が割れるような音がした。吉経は肩で息をしながら、目の前の光景を凝視する。

 二本の刀が交差し合うように重ねられ、そのうち一本の切っ先がない。折れていたのは虚翠のものだった。

 なんとかやり遂げた。吉経は肩の力が少し抜けたのを感じる。


「驚いた。これを防ぐとは。俺の敗けだな」


虚翠は折れた刀の断面をじっと見つめていた。そしてニヤリと怪しく微笑むと、それをそのまま吉経の腹に突き刺した。

 吉経は痛みに顔を歪め、膝をつく。その姿を虚翠はニヤニヤと笑いながら、折れた刀に付着した血液を舐めた、狂喜。どこまでも深い何か、が顔を出す。


「敗けたから、コレはお前に返してやるよ。お前から持ち主に返してやってくれ」


 刀を吉経の隣に投げる。目釘と思われる何かが転がり出た。それを虚翠は踏み潰す。

 吉経の腹からは血が溢れ続けた。緊張から解放されたと気を緩めた瞬間これだ。戦うときは気を引き締めると決めていたはずなのに。


「残念だったな。刀を折るところまでは上手くいったのに」


虚翠の腹が鳴った。素手で胃の辺りを回すようになでる。ここが今から満たされる。上質な血肉により、栄養となったものが血管から全身に運ばれる。急かすように腹がなる。早く、早くと。もうすぐ空腹が訪れる。

 虚翠は吉経の前に立つ。涎が滴り落ちた。噛みついたらどんな味がするのだろう。蛍を食べるのは初めてだ。妖だから、妖怪よりは旨いのだろうか。腹が減った。

 吉経は顔を痛みで歪めながら、近づく虚翠を見る。身体が拒否反応を起こすように震える。危険だと。これ以上近づかれてはいけないと。


「いただきます」


虚翠がその辺に落ちていた刀を包丁のように構える。吉経はもう諦めてしまった。逃げられないと分かってしまったのだ。この場から逃げ出せば、部下たちはどうなる。最悪の結末を迎えるのであれば、己も共に向かう。固く決めていた。


「来世は幸せにな」





______




「こらこら、なにやってるの。丨翠スイちゃん、変なモノを食べちゃダメだよ。ペッしなさいペッ」


場に削ぐわぬ優しく間延びした声が聞こえた。かと思えば、声の主は虚翠の背後に立つ。そして虚翠の目を隠す。そして耳元で優しく囁いた。


「落ち着いて。大丈夫。それは一時的な乾きだよ。

花見月くんを助けるんだろう?しっかりしな。虚翠」


虚翠が呻き声をあげる。辛そうで、苦しそうで、聞いていられない。悲痛な声であった。

 何が起こったのか分からず、吉経は呆然とその光景を見つめる。血が足りず、呆けていただけかもしれないが。力なく壁に凭れ、なんとか意識だけは保っていた。

 そんな吉経の様子を横目に隠成は、一層優しい声で語りかける。


「変なのに取り憑かれたんだね。大丈夫。

花見月くんが心配で、気が気じゃなかったんだ。少し休憩しな。大丈夫だよ、花見月くんは無事だからね」

「…花見…月…は」

「大丈夫。無事だよ」


虚翠は力なく項垂れるようにして、やがて気を失った。傾いていく虚翠の身体を隠成は受け止めた。




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