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轍のゆくえ  作者: ルイン・リーカ
第二章
20/29

狐と子妖

その次の日の朝のことである。本当に現れた。


「御狐様、どうか手伝ってくださいませんか」


虚翠の腰よりも背が低い子供。齢にして約10ちょいといったところだろうか。それ程の子供が、虚翠に頭を下げている。絵面といったら、恐喝されて金を差し出すシーンに見えなくもない。


「あぁん?お前、妖だろ。力を持ってるなら、どうにかできるはずだ」


不機嫌に最もらしいことを虚翠は並べ立てる。しかし、子供は目を潤ませるばかりであった。泣くなと虚翠はさらに機嫌を悪くする。


「麻亜、ちょっとぐらいは話を聞いてもいいんじゃないか?」

「お前は入ってくるな、花見月」


 様子を見かねた花見月が間に入って、何とか仲を取り持とうとするも失敗してしまう。それだけではない。虚翠は花見月に向いてクドクドと話し始めた。


「花見月。エセ猫のこともだが、先見の明が無さすぎる。自分で解決できないことを背負おうとするな」

「それは分かってるけど…それは関係ない」


花見月の弁明も聞かず、分かっていないと虚翠はピシャリと言い切った。花見月は言い返すが、虚翠は聞く耳をもとうとすらしない。負けじと食って掛かるが、あっさりと避けられグチグチと小言を言われる。

 次第に花見月は怒りが沸き上がってきた。


「…いい加減にしろよ」


花見月は堪忍袋の緒が切れてしまい、虚翠の胸倉を掴み上げた。虚翠は無表情で花見月の顔を見つめる。


「言いたいことがあるなら、言ってみたらどうだ?俺が言ったことに間違いがあるか」


煽るように虚翠は言いきり、花見月は乗せられて怒りをぶつけた。


「そう言って、何でも自分で判断しようとするなよ!俺の話を聞け!いつまでも子供扱いするな!いい加減学べ、このクソ狐ェ!」


机を乱暴に叩く。湯飲みが倒れ茶が零れるが、花見月は気にした様子はない。そして子供妖の手を引いて、その場を離れていってしまった。残された虚翠は大きなため息をつく。


「本当に何回目だい…喧嘩するなって言われないと分かんないのかい」


少し不貞腐れたような顔をする虚翠のもとに、布巾を片手にもつエセ猫がやってくる。せっせと机の後処理をしながら、虚翠の話を聞く。


「…確かに今回は言い過ぎたと思う。でも、今回はマジで首を突っ込まない方がいいだろ」

「”毎回”やり過ぎてるんだよ。反省しな」


それを素直に言えばいいのにと思わないこともない。素直に言えないから毎回あの調子なのだが。エセ猫は盆に机上のものを寄せ集める。そして虚翠の隣に腰かけた。


「そうだねぇ…アイツはヤバいと思うよ。例のアレなんだろうね?…しかも光ってたってことは」


エセ猫が言いよどむ。何を言うか何となく虚翠は察した。口に出すと実現しそうな気がするので、願うように別のことを口にする


「…何もねぇといいけどな」









「ほ、本当によろしかったのでしょうか」

「問題ないです。あんなどうしようもないヤツ放っておいていいんですよ。小指でもタンスにぶつけていればいい」


怒りを露にしたまま花見月は自室に子供妖を連れ込んだ。日頃部屋を綺麗にしていて良かったと思う。急に客人を招き入れることがあっては困ると思い、色々準備していたのが役に立った。

 場をかえたのは気持ちを落ち着かせるためだったのだが、どうにも落ち着かない。相当腹に据えかねているらしい。話を聞きに来たというのに、己の口から出る言葉が止まらなかった。


「あの狐様の考えも理解できない訳ではございません」

「肩を持たずとも、いいんです。理解できなくていいんですよ。あんなヤツ。

日頃からぐうたらしてばかり、一度は形見の狭い思いでもしてろ!」

「ぐうたらはどうか分かりませんが、私に手を貸さないと言い切ったのも…護りたいものがあったからではないかと」


花見月が眉間にシワを寄せる。普段を知らないからそう言えるのだ。普段の姿を見れば、イヤでも思い知る。役立たずだと。どうにもならないヤツだと。

 言い合っても仕方ない。花見月は深呼吸をして虚翠(バカ)のことは頭の端に追いやる。ひとまず子供妖を座らせて、茶を用意し話を進めることにした。


「それで、お名前をお聞きしてもいいですか」

「これはこれは申し遅れました。私、旅蛍(りょうけい)と申します。このような幼い身なりですが、長として妖の一団を率いております」


旅蛍はことの顛末を話し始めた。両親の急死により、家督を次ぐことになったこと。さらに、急死を知った妖怪たちが暴れ始め元いた住み処を追い出されてしまったこと。そして新たな地を探して、この辺りを縄張りにしているという虚翠に顔合わせに来たこと、を。


「そ、そんなことがあったんですか」


花見月は上手く言葉にできず、簡単な感想しか出てこなかった。人間と妖怪の世界の差をひしひしと感じる。哀れみを口に出してよいものか思考するが、旅蛍の気に障ってしまったらと考えるとそれ以上何も話せない。

 旅蛍は花見月を見て優しく微笑んだ。


「同情は必要ありません。これは私共の宿命なのですから。それに私共は一人一人が弱くても協力して時に大きな妖怪とも戦うこともあるのです。実はこう見えて強かったりもするのですよ」


旅蛍は力瘤を作って見せた。その表情は明るいものであり、宿命を受け入れているという話は本当のようだった。

 暗い話はそこそこに、花見月は旅蛍を連れて外に出る。長い階段を下り、街中を旅蛍に案内した。折角来てもらったのだから、この場所を楽しんでもらった方がよい。その方が気分転換になると思ってのことだった。勿論、虚翠には何も言っていない。エセ猫には伝えたので、共有してくれているだろう。それに出て行く音を虚翠が聞き逃すことは無いのを知っている。

 旅蛍は目新しいものに目を輝かせ、辺りの店に入って出るを繰り返す。商品を手に取ってはじっくりと眺めた。店員と仲睦まじそうに話し、ここは楽園のようだと口にしていた。そんな反応が珍しく、花見月も楽しんでいた。

 休憩がてら、街の広場にある階段に腰かける。花見月の顔見知りから貰った氷菓を食べながら、旅蛍は口を開いた。


「この土地は良いところですね」

「そうでしょう?田舎ですけど、都会にも負けない楽しい場所だと自負しています」


花見月が笑って自慢すると、旅蛍は一層元気に返事をした。


「それに、こんなに楽しいのは花見月さん...友人がいるからだと思います」


少し恥ずかし気に旅蛍は言った。友人という慣れない言葉を口にするのは、初めてかもしれない。この人なら、友人と呼べるという人間に初めて会った。


「そう言ってもらえるなんて嬉しいです。ありがとうございます」


花見月が目を細めて笑う。その姿は旅蛍の瞳に映った。

 暫くの会話の後、おもむろに旅蛍は花見月を見つめる。視線に気づいた花見月は首をかしげた。


「どうかしました?」

「その…急な話ですが、私たちもっと仲良くなれるのではないかと思います」


旅蛍は花見月の手をギュッと握り締めた。空になった氷菓の容器が階段を転がり落ちていく。落ちていく容器を視界の端にいれながらも、花見月は嬉しそうに肯定する。一見すると穏やかな時間だった。

 しかし、話は次第に雲行きの怪しい方向へと向かっていく。


「私の立場上、中々友人といえる人間...それどころか妖怪さえほとんどはいません」


旅蛍はすこし寂しげに呟く。そしてだからと口を開いた。


「もっと仲良くなるために、花見月さんと一緒にいたいのです!」

「は、はい」


あまりの熱の籠った言葉に、花見月もようやく雲行きの怪しさに気付き始めた。旅蛍の熱弁は留まることを知らず、次々に紡がれていく。


「それでですね…どうか家に婿入りして貰えないでしょうか」

「…へ?」


花見月は急な話に戸惑いを隠せない。それを他所に旅蛍は話を続ける。


「そうすれば私は花見月さんと一緒にいれますし、花見月さんも私といれて嬉しい。そうでしょう?友達だから。そして何より両方に利益があります」

「は、はい…?」


花見月は話は理解しているものの、飲み込めなかった。婿入りといっても、花見月には早すぎるように思える。それに了承していない。それにも関わらず、旅蛍によって話はどんどん進んでいく。


「それに妹も花見月さんのような方と婚姻を結べれば、幸せにちがいない」

「あの…間違いしかないと思うんですけど」


花見月がツッコミを入れたが、旅蛍は無視をして進める。次々に旅蛍の口から出る言葉に、花見月は戸惑うばかり。しかし、これだけは分かっていた。このまま進められるとヤバいことになる、と。


「ちょっと、ストップ!」


花見月は旅蛍の肩を掴み、意識をこちらに向ける。旅蛍は今更花見月が慌てていることに気付いたようである。


「どうしました?花見月さん」


純粋に見えた瞳も最早堕ちた神のようにしか見えない。ありとあらゆるモノを魅了し堕落させる。


「だ、だから…俺は婿入りできません!俺には神社のこともありますし、友達といえども了承しかねます!それに妹さんの意見も聞かないことには始まらないでしょう」


花見月は何とか時間稼ぎができる理由を用意したつもりだった。旅蛍は慌てた様子もなく、あっさりと言い返した。


「それなら問題ありません。神社の方には私の姉を送りましょう。求められるであろう才能、器量、顔。共に問題なし。きっと御狐様も気に入られる。

 あとは…妹のことでしたな。そちらは問題ありません。質問は以上ですか」

「いや、色々言いたいんですけど」


そんなホイホイ進められれば困ると言えば、旅蛍はならばと爆弾を投下した。


「一度、家の者しいては妹にお会いしましょうか。身内がいうのも何ですが、美人です」

「そうじゃないんですってば!」


早合点した旅蛍は何処からともなく、お付きを呼び出した。そして花見月を拘束する。花見月は抵抗したが、あっさりと捕まってしまった。


「では、向かいましょうか」


旅蛍が花見月に背を向けた瞬間。花見月の目の前を暴風が吹き荒らした。思わず花見月は目を瞑る。


「いけないいけない…本当にいけないところだった。少し目を離したら拐おうとするんやから…」


のびのびとした話し方。聞き覚えのある声に花見月は目を開いた。


「隠成…さん?」

「うん。花見月くん、呼んだ?」


花見月の呼び掛けに世隠成は手を振り返す。さっぱりどういう訳かは知らないが、隠成は助けてくれるらしい。花見月は助けてくださいと叫ぶ。隠成はウンウンと首を縦にふる。


「助けてあげたいんやけど…コイツら放せって言ったら、素直に放してくれるヤツじゃないと思うんよ。そこんところ、どう?」


隠世が尋ねると、今度は旅蛍は首を横に振る。


「花見月さんは家に婿入りしてくれるんです」

「だそうやけど?」

「了承してません!」


隠成はまた首を縦に振る。態とらしく、一見するとふざけているようである。


「蛍くんの言い分やと、花見月くんの了承が必要になるってことよな。でも、実際花見月くんは了承していない。つまり…?」


隠成は目を細めた。たったそれだけのことなのに、隠成の雰囲気がガラリと変わる。

 ピりつく雰囲気の中、旅蛍が口を開いた。


「…お言葉ですが、どうして花見月さんの了承が必要なんです?家に来れば、私たちが至れり尽くせり花見月さんの世話をいたします。それで、花見月さんも幸せになるでしょう。なんの不利益が被られるんでしょうか」

「本性を出した…ホント分からず屋なんやね。正直、それは迷惑っていうヤツやと思うんやけど」


隠成の声が怒りを纏い始める。旅蛍はもう取り繕う気がないらしく、ペラペラと話し始めた。


「花見月さんも幸せになりたいでしょう?貴方がたも不幸にさせたくないはず…貴方が幸せになるためには、私たちの一家に加わるのが一番です」

「余計なお世話ってのが、聞こえんかったか。坊主」


旅蛍の頬に突如切り傷ができる。旅蛍は流れる血液を服で拭い、大したことも無げに話続ける。


「なぜそこまで怒るんです。花見月さんと会うなと言っている訳ではないんですよ」

「それは花見月くんが決めることや。勝手に決めとんちゃう」


また旅蛍に傷ができる。今度は、お付きまで被害が及んだ。


「…風ですか」


旅蛍は服の裾をちぎり、慣れた手付きで傷口にあてがう。


「そうや。私は風を操る。つまりここは私の領域や。分かったら、花見月くん置いて逃げ出せ」


それでも怯んだ様子はない。隠成は渋々袈裟斬りに切りつける。流石に効いたらしく、旅蛍は膝をついた。

 自分の不利を悟り、旅蛍はお付きに指示を出す。


「…仕方ありません。撤退しましょう」

「それは良かった」


隠成は、旅蛍の言葉に力を抜いた。その一瞬、ほんの一瞬のことだった。隠成が気を抜いた隙に、視界が真っ黒に塗りつぶされる。そして身体全体に重さがのし掛かった。


「そのまま抑えているように。厄介ですから」


旅蛍は花見月を連れていくように命令する。花見月は抵抗したが、鳩尾に一撃を貰い気絶してしまう。


「…もしかして、ナメてるん?」


暴風が吹き荒れ、隠成を取り抑えていたお付きは皆吹き飛ばされる。隠成が取り抑えられている時間は一秒と満たなかった。しかし、それだけで、彼らには事足りた。


 隠成が重石になっていた妖を振り払ったときには、旅蛍はおろか花見月の姿さえ消えていた。


「してやられたねぇ…これはお説教では済まされないかな」


彼の怒った表情を思い出す。頬をポリポリと引っ掻き、少し憂鬱な気分になった。




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