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轍のゆくえ  作者: ルイン・リーカ
第一章
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花見月と日常

「花見月」


バカ狐は縁側で菓子を摘まみながら、そう呼ぶ。その声は、優しい。普段散々言い合っているから余計にそう思うのだろう。


「…何かあったか?」


ふと聞いてみた。バカ狐は首を傾げた。自覚がないらしい。


「何にもないが…どうかしたのか?」

「…調子が悪そうに見えただけだ。気のせいだったみたいだ、お前はもともとバカ面だったな」


バカ狐が眉間に皺を寄せる。そんな様子を見て笑い、洗濯籠を抱え逃げた。今日も今日とて洗濯物は多く、籠が重い。籠から溢れんばかりに積み重ねられて、毎回嫌になる。それにしても二人と一匹の三人暮らしのはずなのに、タオルと服の量が多い。理由は明白。バカ狐が神事やらなにやらで服を汚すのだ。汚す癖に選択は自分でしない。人任せである。

 いつもなら苛立ちながら干すのだが、今日はいつもと違ったりする。


「バカ...調子悪いのか」


バカ狐がいつもと様子が違った。いつもなら揶揄うと、真っ先に攻撃してくる。だというのに、今日は反応が鈍かった。いつも全快とは限らないのが生物である。しかし性格からして、バカ狐は弱みを見せたがらない。それ故、調子が悪くても表に出したりしなかったりする。なら、今回は隠せないほど悪いということなのだろうか。

 毎日こうも喧嘩をしていると相手の機嫌が悪いことは勿論、今はどのくらい悪くて、あとどれぐらいなら喧嘩にならないかも察すことができるようになってくる。まあ、できてもこのザマなのはおいておいて。喧嘩の内容はつまらないもので、どちらかが大人になれば良い。それでだけなのにできないのが俺たちである。



干し終えると次は掃き掃除である。毎日清めるのが基本だ。箒を持って表に出ると、参拝客がいて軽い世間話をしながら掃除をする。こんなボロ神社に参拝客が来てくれるのは有難いことである。

 長い階段にボロい社。良いとこなしもいいところである。


「こんないいところ他にはないわよ。空気も澄んでるし、来るだけでも運動にもなる。景色も絶景だしね。それにこんなイケメンに会えるなんて…もう少し若かったら、惜しいわね…」


女はいつまでも丁重にになとバカ狐がよく口にする。女性関係でなにかやらかしたとワタさんから聞いたことがあるが、恐らくその経験から学んだのだろう。正直よく分からないが、参拝客が嬉しいならいいんじゃないかな。うん。

 掃き掃除を粗方終えたら、いったん休憩に入る。お茶を飲みながら縁側の景色を楽しむのだ。暖かい茶の深みある味。今日もいい味である。日差しと茶と菓子。最高の組み合わせだ。このままずっと味わっていたい。


「あー!ネコさんだ!」

「げぇ…また子供が!来るんじゃないよ!」


子供と火車が庭を駆け回る。今日も今日とて元気なようで何より。散らかすのはやめてほしいが、追いかけっこぐらいで済むのなら万々歳である。


「あ!狐さまだ!」

「なんだよ。俺はこれから漫画を読まなくちゃなんねぇんだよ」

「それは後でできるでしょ!あっちで遊ぼ!」


子供たちに引っ張られながら、バカ狐は連れ去られていく。恐らくこれから子供たちに遊ばれるのだろう。中々帰してもらえず、ヘトヘトになるまで可愛がってもらってこい。

 菓子を摘まみながら、今朝届いた手紙を開封する。送り主は最近できた友人である。件の百鬼夜行に巻き込まれた家族の捜索を手伝ってから、すっかり仲良くなった。彼女の夫とも趣味の話で盛り上がる。

 手紙には日常生活しか綴られていないが、とても愛に溢れているように感じられる。家族の形は様々だが、自分自身思うところはある。


「…そういえば、昔聞いたことがあったな」


顔を空へ上げる。太陽が煌々と輝いていた。あの日もこんな晴れた日だった。それは花見月がまだ幼い頃。





「おい、バカ狐」

「なんだよ」


幼い花見月は箒を片手に、寝転んでいた虚翠に声をかける。虚翠は気だるそうな声で、身体を寝かせたままだった。


「俺の母さんは?」


平然としていたつもりだった。花見月は震える声で何も言わない虚翠に問いかけた。

 人には母親という人がいるらしい。参拝客の子供が言っていた。ご飯を作ってくれたり、宿題を教えてくれたり、一緒に買い物に行ったりしてくれるらしい女の人。ちなみに、怒ると鬼になると聞いている。花見月には、そんな人はいない。母親に近い人はいるが、鬼のように怒ったり、優しくしたりしてくれる人である。本当に血が繋がっている訳ではない。あくまで他人である。

 虚翠は顔を花見月の方へと向ける。その表情は笑っていた。いつも通り口許をへらへらとさせながら。


「お前、母さんがほしいのか?」

「そういう訳じゃないけど、俺の母さんがどこにいるのか聞きたいだけ」

「そうか…お前の母さんは、お前を捨てたんだよ」


捨てられた子供。花見月は大して傷を負わなかった。最初から何となく察していた。花見月と虚翠は似ていない。きっと血縁でもなんでもない。しかも、虚翠は妖怪らしいし。

 花見月は適当に返事をして、次の質問をする。


「じゃあ、父さんは?」

「お前の父さんは…知らねぇな。会ったこともない」


花見月は嘘だと思った。参拝客たちに、花見月の父親とバカ狐は親友だったと聞いている。いつも二人で喧嘩ばかりして、いたずらもやり、もれなく怪我を負っていたらしい。毒キノコを食べたり、昆虫バトルをしたりと小学生(ガキ)のようだったと。

 そんなに仲の良かった人間を知らない扱いするのは何故なのか。詳しくは誰も知らない。


「急にどうした。恋しくなったのか?」

「…子供たちが言ってた。家族って一緒にいるらしい」


虚翠は興味を失ったように、視線を天井に向けた。花見月は暫く虚翠を見ていたが、何も話すことなく、日は沈んでいった。


 夕暮れ。花見月は肌寒さを覚え、目が覚めた。辺りはすっかり暗くなって、遠くに虫の鳴き声が聞こえる。身体を起こすと、羽織が落ちた。身体に掛けられていたらしい。鮮やかな蒼色に上質な生地。見覚えのあるものだった。それを丁寧に畳み、脇に抱える。見回してみるも、虚翠の姿は見当たらない。

 夕食の準備をするにしても、いつもの時間には間に合わない。今夜ぐらい飯抜きにしても構わないだろう。煩く言うのは虚翠ぐらいである。

 もう一度身体を横たえると、部屋の電気が付けられた。


「ん、起きてるのか。食えるなら、食っとけよ。次見たときには無くなってるぞ」


寝転がりながら、頭を持ち上げて見上げる。虚翠が何か大皿を抱えながら、部屋に入ってきていた。虚翠は部屋と厨を往復し、次々に何やら器をもってくる。酢飯にのり。そしていくつかの具材。


「何これ」

「これは手巻き寿司っていうヤツらしい。面白そうだから、作ってみた。嫌なら食わなくていいぞ」


机の上にそれらを並べ、その前に虚翠はドッカリと腰を下ろした。花見月が返事をする前に、虚翠は食べ始め花見月は慌てて机まで向かう。

 嫌なら食わなくていいと言われて、いらないなんて答えられない。何よりも食材がもったいないだろう。花見月が見よう見まねで、のりに酢飯、沢庵をのせ巻く。不器用な形だったが、味は美味であった。



後々聞いた話では、虚翠は参拝客に子供とより親密になる方法を聞いたらしい。花見月は本当の親に会いたくて、自分では本当の親になれないからどうにかしてやりたい、と。それを聞いた参拝客は、色々と案をだしたり、食材やら作り方やら本当に色々教えた。

 普段弱みを見せない虚翠が珍しく、耳と尻尾を垂らしていたのだとか。


_親にはなれないけど、家族にはなれるんじゃないかしら_


とある人がそう言った。虚翠はその言葉を聞いて、嬉しそうに笑ったそうだ。何十年に一度の笑みだと多くの人が記憶している。







気まぐれに聞いてみた。


「おい、バカ狐」


バカ狐は相変わらず漫画を読んでいた。バカ狐の耳がピクリと反応するのを確認して、話を続ける。


「今日の晩御飯、巻き寿司な。手伝え」

「あ?…気が向いたらな」


何か考えていたらしく、話に間が空いていた。



 

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