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轍のゆくえ  作者: ルイン・リーカ
第一章
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狐と後日譚

 払い屋への潜入が終了した日。花見月と虚翠は、再び大国主命のもとを尋ねていた。


「どうしてくれるんだ…勿論、説明はあるんだろうな?」

「…()()()()()かな。いや、何となく察してはいるんだけど、私も予想はできなかったんだよ」


その辺を歩いていたお付きに虚翠が用件を伝えると、すぐさま大国主命の元に案内された。虚翠の態度を誰も咎めず、何から何までおもてなしされ、まるで予め殴り込みに来られることを予想していたようである。

 虚翠は眉間に皺を寄せながら、不服そうに大国主命に促されるがまま席に着いた。態度は相変わらず、礼儀悪さはさらに悪化していた。


「全部に対してだよ。潜入してきたが、特にこれといった収穫もない。ただ組織内で分裂が起きているだけだった。…何をさせたかったんだ」


大国主命は報告を聞きながら首を縦にふる。特に驚いた様子はない。払い屋同士の争いが起きると、少なくとも神々にも影響はあるだろう。そんな一大事を神々が放って置くわけがないし、大国主命が知らないはずがない。だから、内部調査に行かせたのだと睨んでいた。

 虚翠の声が一段と低くなる。


「最初っから全部を知っていたな。知っていて行かせたろ。目的を吐いたらどうだ」

「…さてね、どうだったかな。最近書類仕事で大忙しでね。嗚呼そうだ、虚翠。手伝ってくれないかな、"昔"みたいに」

「やるわけねぇ」


朗らかな声は"昔"という部分をやけに強調していた。「昔」と花見月は復唱する。花見月は虚翠とずっと一緒に生活してきた。幼い頃から。記憶にない乳飲み子の頃から世話になっていたという話は聞いたことがある。それにもかかわらず、花見月は虚翠のことをあまり知らない。今知っている部分でもぐうたらな一面。生活しているあの神社の神としての虚翠しか知らない。神ではない頃の話は一切聞いたことがなかった。

 今回の一件で改めて気になった。今思えば、気になるように誘導されていたのだろう。花見月は隣で怒りを露にする虚翠を見上げる。伸びた背丈でも、彼の目線には届かない。その瞳は何を映して、何を考えているのだろう。ふと話に集中しているはずの大国主命と一瞬目があって、微笑まれた気がする。気のせいかもしれないが。


「あれは言われたからであって、好きでしていた訳じゃないからな」

「分かってるよ。なら今度はお願いすればいいんじゃないか、とね。もしかして、何てこともあるかもしれないだろう。だから、ね?」

「しねぇって。それに話を反らすんじゃない」


大国主命は手を胸の前で合わせて強請る。虚翠は歯を剥き出して、強い口調で断った。それでも負けじと大国主命は願い出る。それをまた断って…

 終始その状況が続いた。大国主命は書類仕事の終わりが見えず、報酬を払うから手伝ってくれということらしい。虚翠は何がなんでも嫌。花見月は中立だった。

 そこでなぜか花見月に話が振られる。


「じゃあ、花見月くん。君に決めてもらおう。君はどっちがいい?好きな方を選んでみて。大丈夫、君が不利益を被ることはない。約束しよう」

「分かってるよな、花見月。今回、誰に振り回されたか。考えてみろ」


 今回の件で大国主命に振り回された被害者として、ここは断る気満々である。ここで受け入れたところで、神社を留守にする時間が増える。花見月だけ帰っても行事を行うのは虚翠である。花見月が準備しても、実行者がいなければ意味のないことになる。


「すみません。今回はちょっと…」


やんわり且つ丁寧に。今のところ良好な関係にヒビが入らない程度の言葉を選んだつもりだった。後は「機会があれば」と付け加えるだけ。少し時間をくれればよかったのに、虚翠が花見月の言葉を遮った。


「だとよ。残念だったな」

「…そっか。残念だよ」


目を細めて大国主命は口角を上げた。笑っているようで笑っていない。作り笑いである。恨まれていないかと花見月は冷や汗をかきながら、話の結末を見ていた。

 虚翠は変装道具と払い屋道具を大国主命に全て返却した。少し勿体ない気がするが、虚翠曰く持っていたところでゴミになるらしいので返した。ちなみに大国主命のニオイが染み付いてるから嫌とボソッと言っていたのも知っている。圧倒的に後者が理由だと思われる。

 後は帰るだけとなった頃、大国主命やそのお付き、残っていた神々に見送られながら、二人は帰路へと歩みだす。ふと、虚翠は足を止め後ろへ振り返った。


「あとは…招待状の話だが、送ってくるなよ」


ニッコリと笑って虚翠は言った。その瞬間、辺りが静まり返る。近くで作業をしていた付き人まで、ピタリと動きを止めて虚翠を見ている。

 視線を集めているのを分かっているらしく、さらに声を張り上げる。


「もう来る気もないからな。今回で十分だろう?」


それで断れるのなら、ここまで苦労はしない。断ったことで恨まれでもしたらどうなるか…不安要素しかない。花見月は固唾をのんで見守る。


「それは……まあ、分かったよ。仕方ないね」


今までとは違い、悩んでいたもののあっさりと折れた大国主命に花見月は二度見をしてしまう。虚翠は満足そうに笑いながら、花見月の頭をなで回した。相当ご満悦らしい。

 「それじゃ」と片手をあげ、虚翠は花見月に手を乗せたままもう一度歩きだす。


「大勢の前で言ってくれたおかげで、楽になりそうだ」


上機嫌に鼻歌を歌い始めた虚翠に花見月は呆れ返ってモノも言えない。最後まで自分の利益を追求する点は流石といえるが、なんという自堕落さ。前よりも酷くなる予感がして、花見月は頭を抱えた。







 迎えに来てくれるというワタを待ちながら、二人で喫茶店に入った。入ってからも入る前も周りの視線が刺さる。どう考えても虚翠の耳の所為だと思うのだが、本人が消すのを渋るのでそのままである。結果客寄せパンダのようなこの状況。帰る頃にはへとへとだろう。

 抹茶を飲みながら、窓からの景色を眺めていた。特に内容も思いつかないので、花見月は適当な話題を振った。


「前々から思っていたけど、今回でさらに思うようになった…お前、それでよく神なんて役職が務まってきたな」

「ん、まあな。俺の周りにはよく働いてくれる下僕が多いもので」


嫌味を含んだ言い方ではあったが、虚翠の顔には嫌悪感は無くむしろ誇らしそうにしていた。虚翠は素直な性格ではないため恨みは買いやすい。だが、こういう一面はきっと親しいものにしか伝わらないのだろう。ぬるま湯のような優しさだが、無くてはならないもの。なんだかんだ言って、花見月は虚翠に甘い。しかし癪に障ったので「下僕じゃない」と頭をスパンと叩く。大した痛みはないはずだが、痛いだのなんだの虚翠は呟く。


「今回本当に長かった」


一口抹茶を飲み、花見月は深い一息を突く。思い出せば、本当色々あった。

 神の集まりに参加したり、払い屋の会合に潜入したり…少し買い物をする時間はあったが、それでもゆっくりする時間はない。

 花見月が茫然と外を眺めていると、虚翠が徐に「そういえば」と話し始める。


「神の集まりにさ…人間がいくのは初めてのことだな。我ながら大胆なことをしたものだ」


よくやった、よくやった、と虚翠はウンウンと首を縦に振る。心なしか誇らしそうだ。一方の花見月は動きをピタリと止め、思考を逡巡させる。

 神の集まりに”人間が”参加するのは初めて。初めてというのは前例がないということ。つまりしないことが当たり前だった。その当たり前を崩すのは、勿論反対する人がいて…


「つまり、お前が嫌われてるのって」

「多分?そういうところがあるんだろうな。心の狭ぇヤツらだよ」

「…バカか?」


全部お前の所為だろうが、と花見月は虚翠に掴みかかり軽い騒ぎになった。それをいつの間にか来ていたワタが観戦していたらしい。








 神社へ向かう車の中。花見月は寝落ち、起きているのは虚翠、ワタ、運転手の蓮堂のみである。

 窓の外を眺めれば、もうすでに夜に閉ざされている。反射する自身の顔が目に付き、虚翠は口を開いた。


「俺たちが忙しなく動き回っている間、何してたんだ?観光か?」


ワタは手を顎に当て悩むような仕草をした後、観光かなと答えた。何処に行っていたんだと虚翠が問うと、ワタは神社だという。


「神社だぁ?何たってそんなところに。お前が神頼みするとは思えないんだが」

「失礼なこと言わないでよ。私だって神頼みくらいするよ。今回は違う用事だけど」


くすくすとワタが笑いながら話す。何をしにとは深く掘り下げなかった。適当に返事を返す。話が切れたところでトンネルに入り、微妙な色の照明と車のヘッドライトがぼんやりと明るい。この暗さは秘密の話に向いている。顔が見えないため、お互いの感情の身を吐き出せる。


「ねぇ、聞いてもいい?」


ワタが呟く。虚翠は何も返事をしなかった。蓮堂は口を閉じ気配を消して、完全に二人だけの空間である。


「貴方を貶めようとした神…いるじゃない」


虚翠の耳がピクリと反応する。心当たりしかない。どうしてその場にいなかったワタが知っているのか。


「誰のことだか、分かんねぇな。俺は獣だから、生憎記憶力はよくねぇ」

「そうなんだ」


虚翠はすっとぼけるが、ワタにとっては虚翠の反応は気にするようなものではなかったよう。特に気にする様子もなく、続けた。


「それで、その神…下衆をどうしてやろうかなって」


明らかな殺気の籠った声。虚翠は顔をワタの方に向けた。トンネルの照明でワタの表情が一瞬見えた。口元は笑っているものの、目には一切の光がない。堕ちた人間の顔だった。


「だってさ、貴方に罪はないのに好き勝手に言いまわって…まさに下衆じゃない。神の資格なんてあるの?あんなのが貴方と一緒の神だなんて信じられない。だから、私はね」

「”神との盟約”」


ワタの言葉にドンドン熱がこもっていく。虚翠はワタの話を遮った。興奮が抑えきれず口をパクパクとさせながら、ワタは言葉の理解をするため頭をまわす。

 ”神との盟約”。ワタたちと神との関わりを拘束するもの、まさにマニュアルのようなもの。代々、天眼通を持つ者たちが守ってきたもの。忌々しいもの。

 少し落ち着きを見せたワタを虚翠は撫でた。


「神との盟約を守れ。俺にお前たちを罰させるな」


そう言い聞かせると同時にトンネルを抜けた。ワタからも離れ、花見月の顔を覗き見る。夢の中で楽しそうにしているようだ。そしてルームミラーを見ると、ワタの表情はいつも通り明るいものになっている。


「今のは冗談だから、ごめんね。心配させちゃった」

「心配なんて一切してないから安心しろ」


いつも通りに振舞いながら、ふと思う。ワタが行っていたという神社。さっきまでの話と結び合わせればもしかしてなんて思わないことも無い。神との盟約を破るはずも無いから杞憂だろう。神社に着くまで、虚翠はワタのくだらない話に付き合った。




「ふむ、大事になってきたようだね」


大国主命は書類を眺めながら言った。相変わらず机の上は紙の塔が出来上がっている。まじめに仕事をしているというのになぜか減らないのである。


_殺神事件発生_


大国主命が持つ書類にはそう見出しが付けられていた。数日前に起きたらしい、神二柱の殺害についてである。神は死体も残らないため、神力の消滅が死と言われている。一度消滅すると二度と生き返りはしない。

 報告では二柱の神力が完全に消滅したことが判明した。そして後任の神を任命してほしいと依頼が来ている。ちなみにその二柱は最近、神の集まりで目撃されたのが最後で、その後どこかに姿をくらまし気付いたら…とのことだと聞いている。


「何とも言えないねぇ…偶然と言っていいものか」


その二柱がとある神に祟られているのを大勢が目撃している。目撃者がその神にあらぬ疑いをかけても可笑しくない。


「”大勢の前で言ってくれたおかげで、楽になりそうだ”か。どうやら、そうなりそうにはないね」


彼の神がブチぎれる様子を想像し、大国主命は愉快そうに笑った。








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