狐と会合 弐
階段の先には屋敷があった。表札に何か書かれてたが、霞んでしまって判別できそうにもなかった。男は俺たちを気にする素振りは微塵も見せず、我が物顔で建物の中に入った。
一応一礼して入ると、皮膚を静電気のようなものが迸る。たいした威力はないが、静電気のように毛が逆立つ。面倒に思いながらも、変装を解くわけにはいかないので、我慢するしかなさそうである。
「先に入ってろ」
そう促され、二人そろって顔を見合わせ俺を先頭に部屋に入る。案内をしてくれた男は、部屋の外で俺たちが入るのを見守っていた。罠を警戒していたが、勘違いだったようでひとまず一安心。だが、警戒は緩められない。
部屋の中には、十人ほどの人間がそれぞれ集まり合って話していた。時間よりも少し早く来たつもりだったが、遅い方だったようだ。会合は少しピリついた雰囲気が漂っているものの、会話はそこかしこで行われていた。ここで問題が生じている。最初から分かっていたことではあるが、二人そろって知人、友人もいない。自然と二人浮いている。
「入ったはいいけど、どうする?このままだと完全に浮いてるけど…潜入どころじゃないんじゃない?」
花見月がヒソヒソト話しかけてくる。完全に初めましての人間と顔見知りの人間。どちらが話しやすいかなんて明白。顔の知らない二人など、誰も話しかけようとしない。
まあ、この場に入り込めただけでも上出来である。厳重な警備のもと、選ばれたエリートたちを集めた会合であるはず。そんなところに潜入するのは至難の業だ。大国主命は偽りの身分を作り上げ、会場の情報を一通り提供してくれた。話しかけられても、恐らく対処できるだろう。あとは花見月の言う通り、浮きまくっているこの状況をどうにかしなければならない。何を探れとも指示されていない現状、関係性に亀裂を生じさせるのは悪手になる。
会場を一周見回して、会場にいる全員の位置、顔を把握する。
「とりあえず、分かれて関係を構築するぞ。そこから次の作戦を考える。上手くやれよ」
花見月が頷いたのを確認すると、俺たちは分かれて行動を開始した。花見月がグループに混ざるのを確認しながら、少人数且つ話題の中心から離れているヤツら。そこが狙い目だろう。
「なあ、ここに来るのは初めてなんだ。今はどういう状況なのか教えてくれないか」
手始めに二人組に話しかけてみた。一人はスキンヘッドに着物が似合う愛想のよさそうな男、もう一人はショートカットで目元を強調するような化粧をし着物に身を包んだ女。今時の払い屋とはこんな派手な奴らなのか。しばらく見ないうちに変わっちゃって…親戚の子供を見るときはこんな気持ちなのだろうか。
「…中々見かけない顔でありんすな」
「まだペーペーだからな。やっと出世したんだ。先輩、色々教えてくれよ」
「へぇ。ここに来るには相当な苦労をしたんでしょうなぁ。会合に来るには、最低でも府に認められないといけないでしょうし」
「まあな」
はて府とは。聞いたことがない。最近できたものなのだろうが、ボロを出すわけにもいかず知ったかぶりをした。肝心な情報が抜けて大国主命を恨めしく思うが、本神はきっとすっとボケるだろう。
「その年齢で府に認められる強さ。将来に期待できそうでなにより。ここでのマナーを教えて差し上げましょう」
女がお喋りで話してくれたので、俺は相槌をうち聞き手に努める。世間話が大半だが、その中でも掴める情報は掴んでおいて損はない。報告するべき重要事項がどこから舞い込んでくるか分からない。
話が次第に盛り上がってくると、話が途切れないことに痺れを切らしたのか男が会話に割り込んできた。
「それで、お前さん名前は?出世頭につばをつけてておきたいもんで」
「おっと名前を聞くのは、自分が名乗ってから…だろ?」
咄嗟に機転を利かせた。我ながら良い判断をしたと思う。冗談交じりに指摘をして、男に先に名乗らせた。苦しいかと思ったが、時間稼ぎを疑われていなさそうだ。男は「失敬しやした」と、ワザとらしくリアクションをする。
「俺は松江で、こっちは出雲。お前さんは?」
「少し荒っぽい言い方をしてすまなかった。俺は久比だ。よろしく頼む」
二人と握手をし、笑いながら会話をした。松江は友好的に話してくれて入る。しかし、時折感じる懐疑的な瞳は隠し通せていない。一方で出雲の方はそういった邪なモノを一切感じさせない。自分の魅力を引き出す方法を自分のものにしている。松江に気を向けさせ、出雲が隙をついて情報を聞き出す。二人で組むからこそ発揮できる能力。おそらく払い屋の中でも上位の実力者なのだろう。
以下、松江と出雲による話である。現在払い屋は二つに分かれており、緊張状態が続いているらしい。二つの派閥はお互いプライドが異常に高く、会合の度に喧嘩が絶えないのだとか。払い屋界隈では、二つの派閥を緋日辻と黒田派と呼んでいるらしい。
緋日辻派のトップに降臨する男は、緋日辻解。代々払い屋のトップを務めてきた緋日辻家の嫡子で、戦闘狂と噂されている。その反面、一部では愛妻家とも呼ばれているようだ。恐れを抱かせる一方で性格によりカリスマ性を発揮して、直属の部下は勿論外部からも人気を称している。
黒田派のトップは黒田綴。彼は神を嫌うという。祖先に神がおり、それも影響しているとか。性格は冷静で、残酷だとも聞くらしい。黒田は劣勢ではあるものの、規則による統制により団結力が凄まじい。緋日辻に対して、彼は一代で大勢を従えている。
「それで?」
一通り話を聞き終えると、松江は言葉を詰まらせた。何か話しずらいことがあるらしい。急にどうしたと聞くと、松江は俺の後方を指差す。
「あんたの連れ…黒田に絡まれているが大丈夫か?」
言葉が理解できず、一瞬固まった。まさかと思い、振り向いて花見月を探す。花見月はすぐ見つかった。
「ちょっと、聞いてるの?ツッキー君」
「は、はい。聞いてます、黒田さん」
「黒田さんじゃなくて、ツヅルンって呼んでってば」
「ツ…ヅルンさん」
酔っ払いに絡まれた花見月は、乾いた笑いを漏らしながら水を飲んでいた。その表情は、死んでいる。
「あれが…黒田?」
「そうであいりんす。黒田派の黒田綴」
酔っ払い…いや、黒田綴は、聞いたよりもなんというかフレンドリーだ。
「さっきの話だと、黒田派のトップじゃなかったか?」
「そうでありんす。普段お堅いから、誰かが酒を勧めたようでありんすな。黒田が下戸とも知らずに」
自身の恥を晒すとは浅ましいと出雲は低く呟く。出雲は黒田のことを毛嫌いしているように感じた。機嫌悪い出雲を松江が宥める。
「お前たちはどっちなんだ?」
「私たちは中立でありんす。黒田派でも緋日辻派にも属さない。属してたまるものですか」
地雷を踏んだらしい。また一層機嫌を悪くした出雲が眉間に皺を寄せる。松江はため息をつきながら、頬をポリポリを掻く。
「いろいろ事情があるんしょうなあ…久比さんも変に首を突っ込まない方が良い。首を突っ込んでいなくなった彼らみたいになりたくないなら」
これ以上踏み込むなということらしい。分かったとあっさり引いておく。余計なことをして、ここで恨みを買うのは良くない。
二人と別れて、花見月の方へ足を進める。周りから視線を感じるが、顔を向けると逸らされるので目を合わせない。怪しまれるようなことをした覚えは無いが、印象に残ることは避けたいところ。目立つような真似はしないようにと言い聞かせたつもりだったが、花見月は一体を聞いていたのやら。さっさと行ってこのまま花見月を回収しようと思っていた。しかし、ふと机の上に並べられる料理と酒が目に付いた。花見月を回収すると、そのまま撤収になるだろう。そうなると、この料理は味わえない。
それならばと、手が付けられていない酒に手を伸ばす。これも情報の一種。これを逃せば、この酒の情報は手に入らないかもしれない。
無色透明で、甘い香りが鼻をくすぐる。毒の香りは…ない。少し口に含んでみる。香りから予想していたが、柑橘系の味がする。その味もしつこい訳ではなく、あっさりとした後味で飲みやすい。
空になった杯を見て、喉をごくりと鳴らす。もう一杯だけ、もう一杯だけなら問題ないはず。今までもっと飲んできているわけだから、何杯か飲んだくらいで酔いはしない…と思う。
まだだれも手を付けていない杯に手を伸ばす。誰も手を付けず、捨てられるのももったいない。もったいない精神だ。
「これももらいっ」
手を伸ばした杯が消えた。俺の隣から伸びてきた手によって。
そちらを睨むように見ると、深紅の髪をした少年が上手そうに盗んだ酒を飲みほしていた。口元を着物の袖で乱暴に拭う少年とぱちりと目が合う。
「何、おっさん。何か用?」
「…おっさんじゃなくてお兄さんな。ガキンチョ」
そういえば子供が酒を飲むのは違法じゃなかったか。年齢を聞くと何歳でしょうか、と質問を返された。真面目に取り合う気がないらしい。取り合う気がないなら、こちらも真面目に話を聞く義理はない。
「おっさん、ところで誰?ここいらじゃ見ない顔だけど」
「招集された新人だ。初めて来たから、会ったことないのも仕方ない」
そう言って、少年からグラスを取り上げ机上に置いた。誰かが片付けるだろう。
「うん、それはそうなんだけど…資料でも見たことない」
「…資料?」
ピタリと手を止める。少年は明るい声で「僕はね」と話を続ける。
「ここに来る人だけじゃなくて、払い屋全体とその関係者…それ以上の人達の顔と情報を目にするんだ。それで、それを覚えてる」
「全て記憶しているわけじゃないけどね」と付け加える。どうやらワタと似た能力を持っているらしい。ワタのように天眼通持っていないが、それに及ぶぐらいの能力者…という可能性がある。脅威となり得そうだ。
「その情報を振り返ってるんだけど、おっさんみたいな人見たことない」
「忘れてるだけじゃないのか?俺みたいなヤツどこにでもいる」
「そんなわけないじゃん。おっさんみたいな面白そうな人間忘れる訳ないじゃん」
少年は俺に顔をグイッと寄せる。息が近くなるほどに近づいた顔に緊張す…るわけがなく、頬を掴んだ。
「近い。離れろ、ガキ」
モゴモゴと喋る少年を突き放して、服を整える。ふと空っぽの杯が目に入った。あの酒は美味かった。もう飲めないと思うと少し心寂しい。いつか絶対探し当ててやる。待ってろ、酒。
「あの酒はうちに直卸しのヤツだよ。市場には出回らない最高級品」
酒瓶の前で一人膝をついた。払い屋の会合でしか出されないような一品を手に入れることは困難だ。もし手に入れられたとしても、下手に情報が残ってしまうかもしれない。誤魔化しがきけばいいがそこから神社に…ああ、もう嫌だ。
妄想はいったんやめて、何か入れ物が無いか懐を探る。買えないのなら持ち帰るべし。それしかない。当たり前なのだが、出てくるのは札やらなんやらの払い屋道具のみ。もしやと思い探したが、碌なものは無かった。
一人悲しみに暮れていると、袖をチョイチョイと引かれた。なんだと目だけ向けると、少年が口元に手を当てヒソヒソと何か話している。ただ見つめていると、しびれを切らした少年が袖を強く引き、仕方なく屈んだ。
「欲しいなら、あげようか」
「…何を」
「酒」
是非ともと二つ返事をしそうになる。ぜと口に出したところで何とかとどまり、一つ咳払いをする。気持ちを落ち着けると、少年に体を向けた。
「急にどうした。酒が欲しいって誰が言ったんだ」
「おっさんの顔に書いてある」
バレバレだったようだ。おっさん呼びは勘弁してやるとして、仕方なく、仕方なく、少年の話を聞くことにしよう。本当にもらえるなら欲しいし。
「それで何が条件だ。悪いが、忙しい身でな簡単なことしかできねぇぞ」
「うんうん、おっさん分かってるね。僕だって、その辺は承知してるよ。条件っていっても簡単なことだよ、このまま俺と一緒にいてほしい」
てっきりもっと難題を突き付けられるとばかり思っていた。まだ未熟な少年だが、人を使う術をしているらしい。共にいるという条件で、報酬は酒。喉から手が出るほどに素晴らしい取引だが、きっと裏があるのは分かっている。間者と分かっていながら、活動を続けることを容認する言動。訝しんでくれと言っているようなものだ。
「それだけでいいのか。もっと無茶ぶりしねぇの?ガキには分からねぇだろうが、こういうのはもっと難しい条件を出して悪戦苦闘する姿を心から楽しむもんだろ」
「…なんか、おっさんは鬼みたいなことを言うね」
「鬼じゃねぇけどな、そんなもんだよ」
鬼ではなく、狐だから。
酒がなくなったので、その辺に置かれていた水差から水を頂戴する。薄くスライスされた果実が入れられていた。所謂果実水というヤツらしい。花見月は天然水を好んでいるから、中々こういったものはお目にかかれない。強請られたら面倒なので二人分注ぎ、隣で世の醜さを嘆いている少年に渡す。ふわっと果実水の香りが漂う。少し、薬品のニオイがした。薬品に明るくないため詳しくは言い表せないが、刺激臭…らしきものなのは確かである。
「やっぱり、お前の分は無しだ」
「えー。くれてもいいじゃない」
ぶつくさ言う少年を無視して、渡したコップを取り上げた。変なニオイのするものを渡して何かあったら責任を問われるのはこちらである。
「ガキは天然水でも飲んどけ。果実水はまだ早い」
そう言って、それとなくコップを机の上に置く。そのまま離れても良かったが、紙ナフキンに常備されていたペンで”毒”と書いた。それをコップと水差の下に引く。冗談だと思う馬鹿もいるだろうが、それは俺の所為じゃない。勝手に冗談と思ったヤツが圧倒的に悪いので、俺は知らないフリをさせてもらうことにしよう。
ペンを戻している隙に少年が横から覗き込んできて、机上の文字を見る。そして気でも狂ったのか笑いを零した。
「これ本当?」
「さあ。何となくそう思っただけだ」
少年は完全に面白がっており、紙ナフキンに例の水を垂らしてじっくり眺めていた。口に入ることを想定せず遊ぶ辺り、子供らしい。
「実はさっき、その水瓶に何か入れているヤツを見たんだ。チラチラ人の目を気にしていて…すごく面白かった」
「…そうかよ」
完全に遊ばれていた。もし俺が止めなければ、少年はどうしたのだろうか。想像するだけで恐ろしい。
「知ってたのか?」
「うん。ただ、おっさんがどうするか見ていたくて」
「俺が優しくて命拾いしたな」
最近のガキは末恐ろしい。




