六つの歳のお正月
注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。
ご了承下さい。
「もーいーくつねーるーとー」
「もうお正月よ」
お母さんのそんな言葉が耳に入ったが、気持ち良く歌っていたのに遮られたことに不機嫌な気分になった。まあ、もうお正月なのは分かっているけど。
お正月の日は好き。お母さんが特別にお爺ちゃんから貰った着物を出してくれるから。
四月になれば私は小学生になる。憧れの小学生になるから、神様に挨拶に来たらしい。初詣の意味もあると思うけど。
賽銭箱に五円玉を投げ入れて、太い紐をお母さんと一緒に右に動かして左に動かして上にある鈴を揺らした。
小さな鈴とは違う怖い鈴の音が聞こえる。お母さんが言うには神様に聞こえる様に、みたいな話を聞いたことがある様な、無い様な。後で聞いてみよう。
二回頭を下げて、二回ぱちぱちした。
横を見ると、お母さんはまだ目を瞑っていた。特に何もすることも無いせいで、私は賽銭箱の前を見た。
……何かが覗いている様に、扉が少しだけ開いている。その隙間に、何かが見える。
人の指が見える。扉を更に開けようとしているのか、指を動かしている。
起き上がらせて、上に動かして、また扉を掴む。
心配になり、お母さんの方を見ると、お母さんはもう一度頭を下げていた。私も一緒に頭を下げた。
もう一度見ると、その指も消えていた。見間違いだったかも知れない。
その後私とお母さんは公園で私が書いたお母さんと私を書いた凧を揚げた。
今にも千切れそうな細い細い糸を掴んで、引っ張られそうな位に凧が上へ上へ飛んで行く。
何とか糸を引っ張っても、今日の風が強いから、止まらずに凧が青空に行ってしまった。
糸を手放してしまった。そのまま凧は止まること無く、もっと空に行ってしまった。糸を追い掛けて走った。追い付くことも出来ずに、そのまま凧は一人で青空を泳いでいた。
私はわんわんと泣いた。せっかく私が頑張って絵を書いた特製の凧だったのに、簡単に空に飛んでいなくなってしまった。
お母さんは抱き締めてくれた。そのままだっこされて私は家に帰っていた。
ずっと泣いて、ずっとずっと泣いて、私は疲れて眠ってしまった。
起きた頃にはもう夜だった。私の部屋で一人で眠っていた。着ていた綺麗な着物も帯が若干解けているだけだった。
私は教えられた方法で帯を締め直した。
まだ浮かんでいる涙を拭って、私はベットから降りた。
すると、窓を叩く音が聞こえた。ふと見ると、あの時神社で見た様な気がする手が窓を叩いていた。
変な手。指が四本しか無かった。
窓を開けてその手は誰の物なのか見る為に下を見ても、誰もいなかった。不思議に思いながらも、窓を閉めた。ただ、少し思ったことがある。
呼んでいるみたいだった。あの神社に。
きっとあそこに閉じ込められて外に出れたから最初に見た私を追い掛けたのだろうと思った。
私はお母さんに内緒で、こんな夜に一人で外に出た。きちんと懐中電灯を片手に持って、前を照らして。
私は神社に行かないといけない。何故ならそこには、神様がいるから。
雪が降りそうな位寒くて、お化けが出そうで怖かった。枝が風で揺れる音が怖かった。
下駄で歩くとからんころんと音がして楽しいけれど、それ以上に夜が怖い。
少しだけ歩くと、変な音が聞こえた。
風の音とは思えない「うぅぅぉぉ」と言う犬の鳴き声よりも怖い音。
懐中電灯を持っている手が震えている。これ以上進むことが出来ない。私は家に帰ろうと後ろを振り向いた。
電灯に照らされて、何かがそこにいた。
白い生き物みたいだった。人みたいに足が二つあったけれど、ただ腕はおかしかった。
右腕は黒い蛸の様にうねうねとしていていっぱいあった。そのいっぱいあるうねうねの一本にはいっぱい目があった。その目の回りからお母さんの髪より長い毛がいっぱい生えていた。
左腕は、誰かの腕と握手をしていた。誰かの腕は、人形の腕が千切れたみたいにあった。
顔は、目が無かった。ただにったりと笑っている大きな口があって、顔の半分がそれだった。
その何かは私を見ながら、でも目は無いけど、私に近付く様に歩いて来た。
その何かは電灯に照らされている場所から離れると、見えなくなった。
私は怖くなってそこに懐中電灯を向けた。すると、またその姿が見えた。
何かは、口を大きく開きながら、地面に付けられる位に長い赤い舌を出しながら「うぅぅぉぉ」と声を出していた。涎が垂れて、地面に落ちてフライパンに水が垂れた時のじゅっと言う音に似た物が聞こえて、そこから黒い霧が出ていた。
私は逃げる様に走り出した。
でも、着物は走り難かった。それに下駄を履いていたせいで転びそうになりながら、それでも泣きながらあの怖い何かから逃げようとしていた。
からからと下駄の音が足元から聞こえる。何時もより速くて、何時もより軽くて、何時もより聞こえない。聞いていることが出来ない。
慣れない下駄の所為で転んでしまって、手に持っていた懐中電灯を前に投げ落としてしまった。
倒れながら、後ろを振り向いた。やっぱりそこには何もいない。「うぅぅぉぉ」と言う声も聞こえずに、足音も聞こえない。
何処にもいない。でも近付いているのは分かる。私は立ち上がろうとしても、怖くて動けない。
すると、前から私の下駄と同じからんころんと言う音が聞こえた。見てみると、甚平を着ている女の人が私の懐中電灯を拾っていた。その女の人は私を見付けると、少しだけ驚いた顔をしていた。
「何で君が……!?」
その女の人は私の後ろに懐中電灯の光を当てた。
「ああ、そっか。そう言うことか。ちょっと待っててね。大丈夫だから」
女の人は転んだ私を起こしてくれた。未だに懐中電灯で照らされているあの何かが何処かへ消えてしまった。
「はい。これ君のでしょ? ちゃんと持たないとね」
そう言って女の人は私に懐中電灯を手渡した。女の人に向けられた懐中電灯の光は、あの何かをもう一度浮かび上がらせた。
何かは口を大きく開けて女の人を頭から食べようとしていた。
「怪異、ちょっと邪魔だ。俺はこの子と話している」
女の人はとても素早く動き、その何かの口の中に左腕を入れた。そのまま腕を横に振って、近くの家の壁にぶつけた。
頭を強く打ち付けた何かはより大きく声を出していた。そのまま消えてしまった。
「うえぇ。口の中に手を入れたから涎ついてる。ハンカチハンカチ……」
女の人はハンカチで手を拭いて、また私に話し掛けた。
「さて、初めまして。お名前は?」
「……知らない人に言いたくない……」
「……ま、そうか。……私は……そうだな。うーん、ボウ。私の名前はボウ。Repeat after me!」
「……?」
「……取り敢えずボウって呼んで」
「……ボウ? ごぼうさん?」
「違う違う。星のボウ。分かった?」
「……?」
「……まあ良いや。何処に行こうとしてるの?」
「初詣に行った神社」
「……やっぱり君が……。……そっか。……私も、そこに行くんだ。一緒に行こう?」
「……知らない人に……」
「分かった分かった。じゃあ私が勝手に着いて行くから。それなら良いでしょ?」
変な人だ。ただ、助けてくれた。
……信じても良いかも。お母さんは知らない人に着いて行ったら駄目だって言ってたけど……。
私は神社に向かった。
懐中電灯で前を照らしながら、私は前へ歩いた。その後ろを着いて来る様にボウが歩いていた。
「あれは何だったの?」
「あれ……ああ、あの怪異か。まあちょっと難しいけど、ちょっと面白い生態の、生物では無い存在だよ」
ボウはにっこりと笑っていた。変な人だ。
私達は神社へ行く為の橋を渡ろうとした。
「あ、ちょっとこの橋は……渡らない方が良いかな」
ボウがそう言った。私の腕を掴んで、これ以上進めない様に強く引っ張っていた。
「何で?」
「いや、本当に、この橋だけは駄目。君が死んでしまう。だからこの先へは行かないで」
「けどここからじゃ無いと遠回りなの」
「じゃあ遠回りをしよう。ここは駄目」
「けど数時間掛かる。ここからじゃ無いと」
「とにかく! ここは駄目!」
ボウは怒る様な声を出していた。その表情に怯えてしまったが、それでもここから通らないと。
止めるボウを置き去りにして、その橋を渡ろうと足を進めた。
ふと前を見ると、橋の向こう側に何かがいた。
黒い霧みたいな蛇だった。その長く太い体で橋を遮っていた。
その頭は蛇では無く、瞼の中に目が無い人の顔だった。
偶に開く口の中には、また別の小さい赤ちゃんの様な顔があった。その顔はずっと泣いていた。
すると、ボウが私を抱えて橋を戻った。橋を戻って道に戻ると、ボウは叱る様に声を出した。
「だから言ったでしょ! この橋は駄目! 分かった!?」
「……はい……」
「分かれば良いけど……」
私達は、遠回りをしてその神社へ行くことになった。
神社への遠回りは一回したことがある。迷路みたいな住宅地を何度も曲がりながら進んで、あんまりにも長い山の砂利道を通って、長いトンネルを通って、少し歩くと神社に着く。
この道がとっても長い。それこそもう二度と通りたく無いと思った位に。
だけど、もう仕方無い。変な何かがこの夜にいっぱいいる所為で、何時もの道を進めなくなっている。
私達は遠回りで神社を目指すことになった。
迷路の様な住宅地を、私達は歩いていた。
家の周りにある塀で直角になっている別れ道が何度も見える。何処で曲がるのかは覚えているけど、こんな夜の所為で何処だったのかが分からなくなってしまった。
それでも急いで行こうとして、記憶を頼りに全く違う景色を見ていた。
一歩進んで、別れ道の右を見て、左を見て、確か左だった気がする。
私は足を動かした。下駄のからんころんと言う音をボウと一緒に出しながら。
そのまま歩き続けた。確かこっちだった気がする。もしかしたら違うかも……。
「……あ、引き返そうか」
「またいるの?」
「いる。引き返そう」
私はボウと手を繋いでその場所から離れた。ふと後ろを振り向くと、私が行こうとした道の先を塞ぐ様に、目がいっぱいある茶色い壁があった。その目は今もぎょろぎょろと動かして、恨めしそうに私達を見ていた。
「見たら駄目。あれは人をあまり好きじゃ無いみたいだから」
ボウの言う通りに、私は前を向いた。
ボウは変な人だった。まず名前も変だけど。
何でこんなに怖い何かがいるのかは分からないけど、それと同じ位ボウは不思議な人だった。
まるで私を知っているかのみたいに、それでいて私が神社に行くことを知っているみたいだった。
それに、ボウは何故か私を助けてくれる。何でだろう。
並ぶ電灯の下を歩いていると、ボウはその場で足を止めた。
「……前に懐中電灯を照らして」
ボウに言われた通りに、懐中電灯を前に向けた。すると、またあの何かが見えた。
右腕は黒い蛸の様にうねうねとしていていっぱいあった。そのいっぱいあるうねうねの一本にはいっぱい目があった。その目の回りからお母さんの髪より長い毛がいっぱい生えていた。
左腕は、誰かの腕と握手をしていた。誰かの腕は、人形の腕が千切れたみたいにあった。
顔は、目が無かった。ただにったりと笑っている大きな口があって、顔の半分がそれだった。
その何かがまた現れていた。
「……またか。何度も何度も……」
その何かは、声を出していた。ずっとずっと同じ様に「うぅぅぉぉ」と喉から出して。
ボウはその何かの腕を掴んで、遠くに投げ飛ばした。
そのまま隣の家の天井を越えて、遠くに飛ばされた。
「さて、進もうか」
力持ちだ。
私達は前へ進んだ。
私の背中に貼り付いていた怖い思いが、ボウと一緒にいると少しずつ落ちていった。
ボウが強いからかも知れない。
「そう言えば、何で神社に行くの?」
「神社に呼んでいるみたいだったから」
「だとすると、何でこんな夜に出たの?」
「……それは……」
分からなかった。
「……分からないのなら、それで良い。私は頼まれただけだからね」
頼まれた……。誰に……。あの四本指の何かだろうか。
そうだとすると、ボウはどうやって私を見付けたのだろうか。それが分からない。
手を繋いで歩いていると、しゃきんしゃきんと鋏の音が聞こえる。ただ、とても大きい音だ。
その音が少しずつ、私に近付いて来ている。
ふと横を見ると、何時の間にかボウがいなかった。私を置いて何処かに行ってしまったのだろうか。
それでも、私は神社に向かった。ボウがいなくても大丈夫。私は一人で行ったから。
私は覚えている道筋を歩いた。懐中電灯で前を照らして、暗闇に怯えながら。
それを何でするのかは、もう忘れてしまった。最初から考えて無かったかも知れない。
懐中電灯で前を照らして、私は前に進んだ。
ボウがいなくなった所為で、私の心の中に怖い思いがまた溢れた。それでも私は神社に向かわなければいけない。神社に行かないと。
私は我慢出来なくなって、走り始めた。鋏の音が近付いて来たから。
やっぱり走り難い。下駄が、着物が、走るのを邪魔する。
住宅地を抜けて、山の砂利道に続く道に行く為に階段を降りようとした。それでも、やっぱり私は転けてしまった。
階段の上を転がり落ちて、頭を打って手を擦り剥いて足を打って下駄と一緒に階段の下まで落ちた。
階段の上を見上げると、そこには鋏の音を出している何かがいた。
真っ白で私より大きな毛玉から長い首が伸びて、その先に道の脇にあるお地蔵さんの様に優しい顔が付いていた。
その他にも真っ赤な足が真っ白な毛玉から伸びている。真っ赤な手が真っ白な毛玉から伸びている。
その真っ赤な手で大きな鋏を掴んで、しゃきんしゃきんと音を鳴らしている。
痛みの所為で、泣き喚いてあの白い毛玉が近付いて来るのを眺めることしか出来ない。その視界も涙の所為で良く見えない。
何で神社に向かっているのだろう。何で私は神社に向かっているのだろう。あの人に会わないといけない。あの神社には、あの人がいるから。……誰?
誰なの? あの人は、誰なの?
すると、私の体は突然浮いた。いや、違う。
とても温かい。温かくて、優しくて、恐ろしい。
ボウが私を抱えて走っていた。
「危なかった危なかった! まさか彼女が来るなんて! もう説得したから大丈夫! あ、ここからどっちに行けば良いの!?」
「……前に行って、山道に入って」
「分かった!」
そのままボウはマラソン選手よりも速く走って、山の砂利道にまでボウは私を抱えて走っていた。
私はボウにおんぶされながら、とても長い夜の砂利道の景色を見ていた。
前に見た時よりも木の上が見え辛い。暗い所為で木の間が見えない。そこから何かが出て来るのでは無いかと言う考えをしてしまい、ボウの背中に顔を埋めた。
「……ボウ」
「どうしたの?」
「何で私は怪異? に会うの?」
「……この辺りの産土神は、久しく年神となりまだ神の子供を求めている。いや、年神って言うのは先祖の霊だから厳密には違うね。あれはただの産土神。この地域だと正月になると山から降ろして家来の怪異も一緒に降りて色々御利益を貰うんだけど……今年は起きちゃったみたいだね。そこでその産土神に選ばれたのは君」
「何で神様がそんなこと……」
「神って言うのは案外こんな物だよ。特に日本の神はね。対価無しで人を救う慈悲深い神もいるにはいるけど。人々は神に御利益を貰う為に喜ぶことをする。それこそ祭りだったり捧げ物だったり」
「……それが、私?」
「……そうだね。残念だけど」
「……ボウ、助けてくれる?」
「………………勿論」
ボウは、それ以上何も言わなくなった。
ふと横を見ると、何かが此方を覗く様に頭を出していた。
決して私達が歩いている砂利道に入ることは無いけど、それでも確かに此方を見ていた。
猿の様だった。ただ、頭は無く大きな目玉だけが乗っかっている。
背中から背骨が飛び出して、その飛び出した骨の先に茶色い犬の頭が付いていた。その頭はぐるぐると唸っていた。それが怖かった。
足が女の人の手みたいで、それを器用に使って歩いていた。
「見たら駄目。襲って来るから」
「……うん」
ボウは私を助けてくれる。絶対に。だってボウは……あれ?
何でボウは私を助けてくれるの……? 何でボウは私が神社に行くのを助けてくれるの……?
もしかして……私を神様にあげる為……?
「降ろして」
「え? 駄目だよ。ここで降ろしたら……」
「降ろして! やだ! いーやーだー!」
「ちょっ!? 暴れないで!」
私はボウの上で暴れて、その背中から落ちた。
背中を強く打ったから痛かったけど、それでも逃げないと。殺される。殺されちゃう。逃げないと。
あの何かがいない方向へ、ボウの呼び止める大きな声を無視して、私は痛い足で下駄ごと動かして山の道でも無い場所を走った。
逃げないと。
逃げないと逃げないと。
逃げないと逃げないと逃げないと。
逃げないと逃げないと逃げないと逃げないと。
逃げないと逃げないと逃げないと逃げないと逃げないと。
逃げないと逃げないと逃げないと逃げないと逃げないと逃げないと。
逃げないと逃げないと逃げないと逃げないと逃げないと逃げないと逃げないと。
追い付かれたら、神様に食べられちゃう。
土の斜面を走って、走って、走って、走って、下駄が脱げそうになる位に走って、神社に向かった。
神社に向かわないと。神社に行かないといけない。
神様がいる神社に行かないといけない。
…………何で?
何で? 何で? 何で? 何で? 何で? 何で? 何で? 何で? 何で? 何で? 何で? 何で? 何で? 何で? 何で? 何で? 何で? 何で? 何で? 何で? 何で? 何で? 何で? 何で?
だって神社には……。
神様がいる。
じゃあその神様は誰?
……私は神社に行かないといけない。何故ならそこには、神様がいるから。
そこに行くには、この山の砂利道を進まないといけない。だから私は……。
……ボウ……。
私はまたわんわん泣いた。一人は怖くて、一人は寂しくて、わんわん泣いた。
私の前に、誰かの手があった。その手は私の頬を触った。とても冷たかった。
前を持っていた懐中電灯で照らすと、また怪異がいた。
首より上が無い人だった。それでも、周りの木よりも大きい。
その体のお腹の部分には、縦に割れた大きな口が開いていた。
その口の中から、白い女の人の上半身が出ていた。その女の人が私に向けて腕を伸ばしている。この人は、見たことがある。
「……お母さん……」
「あぁぁああああぁぁぁぁあ」
「何で……だって……」
「うううううぅぅうぅぅぅぅ」
「……ごめんなさい……ごめんなさい……」
「ぁぁああぁぁぁぁあああぁ」
「……行く。神社に行くから……」
「やぁぁーままぁぁあばぁぁんんんん」
「……私の名字」
すると、突然その腕が強く動いた。私の体をどんどんその口の中に引き込もうと強く引っ張った。
「やだ! 離して! やだ!」
私の体は簡単に口まで引き摺られ、木がある暗闇を手で掻き分けて何とかそれから逃げる様に動いても、私はそのお腹の口の中に引き込まれた。
少しずつ閉じられて見えなくなる外の景色に向けて、叫んだ。
「助けて! やだ! 助けて! 助けて助けて助けて!! ボウ!」
その声は暗い景色に響いた。その口の中で、お母さんはずっと呻いていた。
……ごめんなさい……。
そっか。そうだった。私、お母さんから怒られた。
それも許してくれた。けど、私の所為で……お父さんが。
そうだ。忘れてた。忘れたかったんだ。
私は……。
突然、私を引っ張ったお母さんが、悲鳴を上げた。私の耳にその嫌な音が入って、それがとても痛くて。
その悲鳴が何度も、それがもっと大きくて、やがて閉じた口が開いた。
外の暗闇から誰かの腕が伸びた。その両腕は私を引っ張って、私を外に出してくれた。優しく抱き締めて、わんわん泣いている私を抱き締めて。
「うん、怖かったね。大丈夫、大丈夫だから」
ボウだった。そう言って私の頭を撫でる手は、何かで濡れていた。
ボウから生臭い匂いがする。お母さんが釣ってきた魚を捌いた後にも、こんな臭いがしていた。
頭を切って、骨ごと切って、もう死んでる魚の首を切って。そこから出て来た赤い液体を何も思わず捨てたお母さんが怖かった。
ボウを涙で濡れた目で見ると、何時もより赤かった。顔や、私を優しく撫でていた手が、何時もより赤かった。
そんな赤色に手を汚していても、ボウは優しい笑顔をしていた。
後ろを振り向くと、私をさっきまで食べようとしていた怪異が倒れていた。
縦に開いた口が更に裂けて、首や股まで裂けて二つになっていた。
お母さんだけが外にいた。そのお母さんは、無数の針が突き刺さっていた。頭に、その目に、腕に、その全ての指に、足に、その全ての指に、針が刺さっていた。
その顔は、赤くなってぐちゃぐちゃになっていた。
腕はまだ動いていた。その腕は、私に向いていた。
ボウはお母さんの腕を踏み付けた。お母さんはまた悲鳴を上げた。
「……ごめんなさい」
ボウはお母さんの頭を殴った。何度も何度も殴った。お母さんの顔が千切れて、お母さんの丸い物が飛び出して、ボウはそれも踏み付けた。
嫌な音が響いた。
ボウはお母さんの顔を殴った。
「……ああ、ごめんね。目を、瞑っていて。辛い物を見てしまうから」
ボウの言葉を聞いて、私は目を閉じた。
何度も殴る音が聞こえた。何度も私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「……ごめんなさい」
ボウが一言呟くと、私は目を開けた。ボウは、とても綺麗な赤色を被っていた。その苦しそうな顔からすぐに優しくて綺麗な笑顔を私に向けた。
「さて、行くんだったね。神社に」
「……うん」
「分かった。助けてあげる」
「ごめんなさい。勝手に逃げて……」
「別に良いよ。私が悪魔なのは……もう分かりきったことだからね」
「……悪魔?」
「そう。悪魔。きっと私の行動は、全て悪いことだから、悪魔」
「そんなんじゃない。だってボウは私を助けてくれた。悪い人じゃ無いよ」
「……ありがとう。でも、違うんだよ。君を守ることを本当は……。……ううん。何でも無い」
ボウは私と手を繋いでその先へ進んだ。山の砂利道に戻って、私達はその長い道を進み続けた。
「ボウ、何で私と一緒に神社に行ってくれるの?」
「言ったはずだよ。私は頼まれて君と一緒にいる」
「もしかしてその人……」
「……その先は、自分で確かめないと」
ボウの言う通りにしよう。ボウは、私を守ってくれる。だから、ボウと手を繋いで私は歩いた。
やがて、私の足が疲れてしまった。ボウは私をおんぶしてくれた。
そのままボウは私をおんぶして歩いた。
とても暖かくて、優しいボウ。
やがて私達はトンネルの前まで来た。
「ここまで来たのは初めて」
「そっか。じゃあ、お別れだね」
「え?」
ボウは私を背から降ろして、私と目を合わせた。
「君がここまで来たら、私とお別れ。この先は私だと行けない。あ、でも」
そう言って、ボウは掌を上に向けた。その掌の上から火が出て来た。その火を掻き消す様に手を動かすと、そこに赤いお守りがあった。
「これは、君を守るお守り。何があっても君を守るから、失くさない様に」
「……分かった」
「頑張ってね。応援してるよ」
瞬きの次に、ボウはいなくなった。
ずっと守ってくれると思ったけど、仕方無いよね。
私は一人でこの長いトンネルを歩かないといけない。
心配になる。心臓の音が大きくなって、また涙が出て来る。それでも行かないと。
私は神社に行かないといけない。そこに、あの人がいるから。
ボウから貰ったお守りを握って、懐中電灯で前を照らして、一歩ずつ進んだ。
外よりも暗いトンネルの中。灯りは私が持っている懐中電灯だけ。
ここは山の中より湿っぽい。水が落ちる音も良く聞こえる。
寒い。とても寒い。それでも私は神社に行かないといけない。
私は前へ前へ進んだ。
くねくねしているトンネルの中を何度も曲がって、もう何時間経ったのだろうか。
懐中電灯で照らしていると、またあの怪異がいた。最初に出会った照らさないと見えない怪異。
その怪異が、私の前に立ち竦んでいた。
「邪魔、どいて」
その怪異は何も言わなかった。私が持っている赤いお守りに顔を向けると、怖がる様に背中を向けて走ってしまった。
このお守りは凄い。怪異が怖がって逃げていく。ボウは結局何で私を助けてくれたんだろう。
それに……何でボウはこんなお守りを作れるんだろう。
それもこれも、ボウは教えてくれなかった。きっと教えようとも思ってない。それにボウは私の前にもう二度と姿を現さない。何故かそう思った。
また足が疲れた頃、ようやく出口が見えた。その出口の夜の暗闇には、また怪異がいた。ただ、何かがおかしかった。
他の怪異と違う。もっと、優しそう。それこそボウみたいに。
……いや、違う。あの怪異は、神様だ。
私の物よりも、とても綺麗で、羨ましい位に綺麗な着物を着ている。
ゆっくりと、優雅に、私に近付いた。
逃げないと。でも、神社に行かないといけない。でも、逃げないと。でも、神社に行かないといけない。
……どうすれば良いの?
本当に、ただの女の人にしか見えない。ただ、私を見る目が真っ白で、私を手招きする手の指がおかしい位に長くて、その先の爪を真っ赤にしている。
やがてその女の人は、私を抱き抱えて顔を会わせた。
その長い爪で私の顔を優しく撫でて、嬉しそうに真っ黒な歯を剥き出しにしながら笑っていた。
「六つの子、母はおらず。返された子……我が子よ……」
「……貴方の子供じゃありません」
すると、突然その女の人の顔はみるみる変わった。
怒っている様に顔を歪ませ、私を食べようとしている様に口を大きく開けた。
「神の子よ」
「私は人の子。だから、離して」
女の人は突然大きな声を出した。
声でも無かった。私が嫌いな犬の鳴き声よりももっと怖い大きくて訳の分からない鳴き声。
でも、もう泣かない。ボウのお守りがあるから。
ボウのお守りが熱くなった。それでも離さなかった。ボウのお守りが燃えた。それでも離さなかった。
すると、私が握っているお守りから熱がいなくなった。その火は、女の人に燃え移っていた。
着物を燃やして、顔まで燃やし始めた。
今度はちゃんと悲鳴を出しながら、その女の人は私を投げ捨てた。
その所為で片方の下駄が脱げてしまった。すぐに履き直して、燃えている女の人を見詰めた。
料理で使う火とは全く違う、人を簡単に燃やし尽くす怖くて嫌な炎。それが神様に燃え移っていた。
腕を動かしてその炎を消そうとしても絶対に消えない。むしろその炎の勢いは増していく。
どれだけ苦しんでも、どれだけ悶えても、あの火は消えない。絶対に、消えない。
やがてその神様の指先から崩れ始めた。それは広がっていって、やがて胸も崩れ始めた。
綺麗な着物も今はただの灰で、神様もただの灰。
このボウのお守りが助けてくれたのはすぐに分かった。きっとこうなることが分かっていたから私にこれを渡したんだ。
私はその先の神社に向かった。
お参りに来た神社だ。あの時と全く変わらない。夜だから雰囲気は違うけど。
私は賽銭箱の奥の扉を開いた。
中を懐中電灯で照らすと、そこには私が失くした凧があった。私とお母さんの絵が書いてある頑張って作った凧。
私は凧を持って、鳥居の前で神社に向けてお辞儀をした。
「ありがとうございました」
鳥居を潜ると、何時の間にか私の家の前にいた。
もう太陽が出て来た。
私の冒険は、これで終わり。ボウから貰ったお守りをきちんと握って、凧と懐中電灯と一緒に家に帰った――。
――ボウは鳥居を潜った女の子を見送った。
「さて、対価を受け取ろうか」
そう言ってボウは後ろを振り向いた。
そこにいたのは口から上の頭が無い男性だった。
右手は親指だけを失くしていたその男性は、ボウに向けて口を開いた。
「……ああ、大丈夫だ。お母さんは無事だ。怪異に取り込まれそうだったが、もう助けた。記憶も無いはずだ」
その男性は、ボウに向けて頭を下げた。
「……もう一度聞く。本当に、良いのか? これからお前はあの子の氏神として生きることが……いや、もう充分か。分かった。対価を頂く」
ボウはその男性の頭に手を置いた。
「その、神格を頂く。最早意思を持つことも出来ずにただの幽霊になり、他の霊と合わさり自らを忘れる。これが、あの子を助ける、そして成長させると言う依頼の対価」
その男性の体は徐々に崩れていった。
やがて喉元が露になると、その中に手を入れた。そこから何かを探る様に手を動かし、何かを抜き取った。
残ったその体の胸に、何時の間にか持っていた刀を突き刺した。
男性は弱々しく倒れ、そのまま黒い蒸気を発しながら沸騰した水の様に消え去った。
ボウが抜き取った物は、勾玉の様な形をしている肉の塊だった。
それを口の中にいれ、咀嚼した。
「不味い。俺はあまり食いたくないな」
今日はお正月。
人々が一番神に祈り、神が人々の祈りを一番聞く。そんな忙しくも素晴らしい日。
ならばこそ、神に子を返さなくては。
それを拒んだボウは、ただ一人神を喰らい続ける。その罪深き業を、罪だとも思わず。
「……あの子は人の子だ。お前らの子じゃ無い」
最後まで読んで頂き、有り難う御座います。
ここからは個人的な話になるので、「こんな駄作を書く奴の話なんて聞きたくねぇよケッ!」と言う人は無視して下さい。
どうにも私は短編は苦手ですね。謎を残さないと気が済まないんです。この話もまだ分からないことが多かったでしょう?
だから、今回はヒントをあげようと思います。
「七つまでは神の内」と日本では言われます。七五三を七つの時にやるのもそれが理由だとか。
ここからは、ありがたいことに読んで下さった皆様が答えを求めてみて下さい。
明けましておめでとう御座います。今年も宜しくお願い致します。
いいねや評価をお願いします……自己評価がバク上がりするので……何卒……何卒……