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前世メンヘラだった私が刺殺した相手から求婚されたので全力で断りたい

 

 私、メアリー・メンヘーデには、前世の記憶がある。


 それは、日本という国でOLをやっていた頃の記憶だ。その出来事を思い出すと憂鬱な気分になる。


 何故なら、その前世の私はクソみたいな男を好きになってしまった。どこがクソかというとソイツが浮気野郎だったからだ。


 顔はそこそこイケメンだったと思うし、性格も悪くなかった。

 しかし、女癖だけは悪かった。それも、何人もの女に手を出すという最低最悪なタイプだった。そんな私はひたすら盲目に彼に恋をしていた。

 そして、彼が他の女と一緒に居るのを見て嫉妬して泣き喚いたり、彼の気を引くためにバカなことをしたり、時には彼を殴ったりもした。


 だが、今になって思う。私はメンヘラ女だったと。

 そんなことをしているうちに、彼は他の女と結婚して子供まで作った。

 それを知った時にブチ切れた。そして、彼を殺して自分も死んだ。


 それが、私の前世での出来事である。正直言って、あの時の私はどうかしていたと思う。

 なんでこんな話をしているのかというと、現在の私は今まさに婚約者がいる男を誘惑しようとしているのだ。


 私の実家は、伯爵家でありながらそれほど裕福ではない。だが、親が過去の栄光にこだわっているせいか、お金を湯水のように使う。おかげで、没落寸前。

 そこで両親は考えた「この国の王子と結婚すればいい」と。なんでやねん!もっと他に何かあっただろう。


 私が通っている学園には、この国の第一王子が在籍している。

 なんでも、その王子様は超絶イケメンらしい。しかも、文武両道で性格も良いというまさに完璧超人と言えるだろう。


 そんな話を聞いて、両親が乗り気にならないはずがなかった。だが、そんな王子にはもう婚約者が決まっている。


 相手の名前は、アリス・スチュアート。


 彼女は、王族の血筋の中でも一番濃い血筋を持っている公爵家の令嬢だ。その証拠として、彼女の金髪碧眼の姿はとても美しい。まるで天使のような容姿をしている。


 たかが伯爵家の私が取り入ろうとしたところで、相手にされるわけが無いのだが……ところがどっこい。なんとビックリ!「寝取ってこい」と命令された。

 いや、待てよ。ちょっと落ち着け。冷静になれ。お前ら、アホなのか?そんな立場の男を誘惑するなんて正気の沙汰ではない。 もしも、万が一にも、億が一にも、私が王子を落とせたとしても、婚約者である彼女は黙っていないはずだ。

 ……うん。破滅一択だな。


 そうならない為には、どうしたら良いのかを考える必要がある。だが、思いつかない。だって、無理でしょう。いっそ、前世のメンヘラ力で何とかできないかな……。いや、自爆したわ。私にはバッドエンドしか残されていないのか……くっ。


 とりあえず、両親に説得という名の相談することにした。すると「寝取るんじゃなくて、婚約者の座を奪うんだよ!」と言われた。いや、一緒じゃん!!


 そもそも、奪うってどうやって?権力的な意味で?物理的に?法律的に?どれをとっても不可能に近いと思うのだが。

 仮に可能だとしても、私はそこまでして王子と結婚したくないぞ。前世みたいになりたくはないからな。


 だが、両親の言い分によると、このままだと没落してしまうので、どうしても王子と結婚した方が良いとのこと。

 私は一応伯爵家の娘で、王家の血を引いているとはいえ、所詮は分家。本家のアリス嬢の方が圧倒的に身分が高い。……なんだこの出来レースは?もう、一般ピーポーになろうぜ!と思ってた時期がありました。


「……うわぁ」


 思わず声が出た。

 今の私は超絶美少女でスタイルも良いし、胸もあるので客観的に見たら凄く魅力的な女の子に見える。だが、着ている服が如何わしい。ふわりとしたスカートが揺れて可愛らしいフリルが見え隠れするのは良い。しかし、何故に薄着なのだ!? しかも透けて下着が丸見えになっているし、肌も露出している部分が多い。こんな格好をしていたら痴女と思われても仕方がないと思う。


 どうしてこんな事をしているのかというと、両親が「やらないと殺す」と笑顔で言ってきたからである。

 つまり、これは脅迫である。くぅ、前世メンヘラにしてこの親ありってか?使い方違うけど。

 しかも、どんな伝手を頼ったのか今、何故か王子の部屋に居る。不思議。


 例の王子が帰ってきたらもう、不審者の痴女として捕まる未来しかない。でも、やると言った以上はやり遂げないといけないし、やらなかったら死ぬ。


「よし、殺ろう……」


 私は覚悟を決めた。大丈夫だ。絶対に上手くいく。……多分。きっと……。めいびー。……あかんやんけ!!! マジどうしよう。まさか、こんな事になるとは思わなかった。だが、今さら後には引けない。こうなったら、最後までやってやる。


 決意を固めた瞬間、部屋の外から足音が聞こえてきた。そして、ドアが開いたと思った次の瞬間には、私はベッドに押し倒されていた。


「え?」


 目の前にはイケメンの顔があった。


「……」

「えっと……」

「……」

「あの~」

「……」


 これ、どういう状況?いや、分かっている。分かっているけど、何でミリ秒で押し倒したんや?普通に怖かったんだけど。もしかして女と知ったら老若問わず節操なく襲ってくるタイプなのか?あな恐ろしや。


「ハル……なのか?」


 ハル―――懐かしい響き。それは、前世で私が使っていた名前だった。


 それより、この男は何で知っているんだ?この部屋ってもしかして、いわくつきなのか?


「えっと、人違いです。ごめんなさい」


 咄嵯に嘘をついた。知らん相手に名前を知られているとか恐怖以外の何者でもない。


「違う!俺はお前のことをよく知ってる!」


 ……はい、アウトー!!完全にアウトだよ。というか、誰なんだよこいつは。さっきから私の名前を呼ぶし、超至近距離にいるから顔が近いんだよ。あと、無駄に良い匂いがする。


「俺だ!ハヤトだ」

「えっ、嘘……」


 その名前は嫌でも覚えている。なぜなら、彼は前世で私が殺した男だからだ。


「その反応。やっぱりハルなんだな」

「あーーー!!」


 完全にやっちまったなぁ!もう、おしまいだ。あの窓から飛び降りよう。そうしよう!!


「待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待てぇい!!!!」


 くそっ、離せ!!私は死にたいんだよ!!前世の私みたいな人生を送りたくないんだよぉ!!


「頼む。行かないでくれ」

「ぐうっ!」


 泣きそうな顔をされると心が痛むじゃないか……。だが、好き好んで殺した男との再会を素直に喜べない。むしろ、地獄で会っていれば良かったのにと思うくらいだ。


「……分かりました」


 結局、私は根負けしてしまった。だって、仕方が無いだろう。捨てられた子犬のような目で見つめてくるんだぞ。そんなの反則だと思う。


「本当か!?ありがとう、ハル!」

「ちょ、抱きつかないで!」

「良いじゃねえか!昔はよくこうしてたじゃん。なあ、いいだろ?なあ、なあ、なあ、なあ、なあ、なあ、なあ、なあ、なあ、なあ、なあ、なあ、なあ、なあ、なあ、なあ、なあ、なあ、なあ、なあ、なあ、なあ、なあ、なあ、なあ、なあ、なあ、なあ、なあ、なあ、なあ、なあ、なあ、なあ、なあ、なあ、なあ、なあ、なあ」

「ひぃ!?」


 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。いつからここは、ホラーになったの?誰か助けて。お願いします。何でもしますから。……いや、待って。この人こんな性格だった?


「ねぇ、ハヤトってこんな甘えなかったよね……?」

「ああ、そうだな」

「それにしては、凄くくっついてくるんですけど……」

「うーん。何かあったんじゃね?」

「……まさか、記憶が?」

「どう見える?」

「うわぁ、最悪。どうして気づかなかったの私。名前呼ばれた時点で気づくべきじゃない……」

「まあ、落ち着けって。こうして再会出来たんだからもっと喜ぶべきだろ?」

「いや、普通に無理だから。こっちとしては全然嬉しくないし」

「へぇ?何で?」

「何でって……」


 もしかして私に殺されたの覚えてない?だとしても私にした仕打ちは絶対許さねぇ。


「まぁ、こうして再会出来たんだ。運命だと思えば良い」

「え?ちょっと待って。それ本気で言ってる?」

「もちろん。俺はいつでも大真面目さ。だから、俺と結婚を前提に付き合ってくれ」

「嫌だけど?」

「……え?」

「だから、嫌だって言ったんだけど?」

「ふーん…じゃぁ、何で、こんな格好で俺の部屋に居るんだろうな?」

「ぐぬっ……それは……は?俺の部屋?」


 今、聞き捨てならぬ言葉を聞いた気がする。この部屋の主がハヤト……そして私が忍び込んだここは国の第一王子の部屋。Oh……マジか。


「そう、俺はこの国の第一王子ヴァルハーク・ドラグニルだ」

「嘘ぉ!」


 思わず叫んでしまった。何でよりによってコイツが王族になっているんだよ!おかしいだろ!!


「それで、何故ここに居たか話してくれるよな?」


 くそぅ。なまじ顔が良いから、不覚にもカッコイイと思ってしまう。イケメン滅ぶべし。


「えっとですね……手違いです。すみませんでした。帰ります」


 下着が見えるスケスケの服で痴女と言われようとここに居ると危険を感じるので、そそくさと立ち去ろうとするも腕を掴まれた。


「おい、その格好でどこに行くつもりだ」

「えっと、お城から出て行こうかなと……」

「はぁ?お前バカなのか?そんなエロい格好で出て行ったら喰われるぞ」


 おいっ!ベッドに再び押し倒している奴のセリフか?もう、喰われそうなんだが……あっ、寝取りするんだったわ。まさか前世の恋人?が現れた事に驚きで目的忘れてたわ。てへぺろ☆


「あの……婚約者は?」

「知らん。勝手に決められた相手だ。それにお前が居るのに他の女に手を出すわけ無いだろ」

「いや、前世で手出しまくってだろ!!」

「という訳で、既成事実を作ろうと思う」

「聞けよ!」

「大丈夫だ。優しくする」

「そういう問題じゃなくて……」


 あれ?これ、ヤバくない?このまま行くと、確実に私の貞操が危ない気がする。家的には万々歳なんだろうけど、私的には御免被りたい。でも、抵抗しようにも力が強すぎて抜け出せないし……。詰んだ。これは完全に終わった。さよなら、来世に期待。


「…………………………」

「……………………」

「…………」

「……?」


 目を閉じて、事が終わるのを待とうとしたが、一向に変化が訪れない。不思議に思いゆっくりと目を開けるとそこには、床に倒れているハヤトの姿があった。


「ちょっ!?どうしたん!?」


 慌てて駆け寄るも反応が無い。まさか、死んで――いや、脈はある。何が起こったのか分からない。すると、背後から声をかけられた。


「あら、ごめんなさいね。ちょっと、力加減間違えちゃったみたい」


 振り返るとそこには、見覚えのある女性が立っていた。


「……アリス・スチュアート」


 ハヤト……いや、ヴァルハークの婚約者がにこやかに微笑んでいた。オワタ!私の人生終わった!!さよなら今世。こんにちは来世。


「久しぶりね、ハルちゃん!元気にしてたかしら?」

「え?あーーーーーー」


 記憶が甦る。ハヤトの浮気を嘆く度にいつも慰めてくれた親友であり、理解者。それが彼女だった。

 そう言えば、プッツン切れた時にハヤトの殺害予告の連絡を送ったのが最後だったな……。嫌な親友でごめんなさい。


「カエデ……?」

「ええ、そうよ」


 私は、感極まって抱きついてしまった。彼女は天使のように優しい笑みを浮かべながら、私を抱き締め返してくれた。ああ、癒される。


「会いたかったよぉ~!」

「私もよ!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

「よしよーし」


 泣き止むまで頭を撫でてくれる。流石、私の親友。女神様だわ。しばらく、そのままの状態でいると落ち着いたので、体を離す。ちょっと名残惜しい気もするが仕方がない。


「それで、どうしてこんな格好してるの?」

「えっと、それは……」

「さしずめ、家の事情かしら?ハルちゃんが血迷ってこんな事をするとは思えないもの」


 すみません。血迷って殺人を犯した元凶がここに居ます。


「まあ、大体予想はつくけどね」

「あははは……あ、そういえばカエデはどうしてここに?」

「ふふふ……知ってはいると思うけど、そこに転がっているヴァルの婚約者なの。諸事情により訪れたら女の子を組み敷いてるじゃない?しかも、その子は嫌がっていて……これはいけないと思って止めに入ったのよ」

「なるほど……助かりました」

「いいのよ。当然の事だから。それよりも、ここじゃなんだから私の部屋に行かない?」

「良いの?」

「もちろんよ。積もる話もあるし、それにその格好じゃ、ね?」


 うう、確かにこの透け透けの下着姿じゃ外に出るなんて自殺行為に等しい……。というか、この服どこで買ったんや母よ。カエデは、私に羽織ものを被せると部屋へと案内してくれる。


「お邪魔します……」

「はい、いらっしゃい」


 中に入ると、とても綺麗に整頓されていた。流石、公爵令嬢である。


「そこに座ってて、お茶を用意するわ」


 ソファーに座るように促されたので大人しく従うと目の前に紅茶が出された。それを一口飲むと少し気持ちが落ち着いてきた。やっぱり、温かい飲み物は心を落ち着かせてくれる。すると、向かい側にカエデが座り、真剣な表情でこちらを見つめてきた。


「ねぇ、ハルちゃん。あなたは、あの人とよりを戻つもりなの?あんな事されておいて」

「ブッーーーーー」


 口に含んだばかりの紅茶を吹き出してしまった。


「ゴホッ!ゲホォッ!」

「大丈夫?ほら、ハンカチ使って」

「ありがとう……」


 渡された布で口を拭き、テーブルの上を軽く片付ける。待って、よく見たら高級なハンカチーフだよね?ふとした真実に手が震える~!!


「それで、どうなの?」

「え?いや、そんな訳ないじゃん。そもそも、あいつは……」


 言葉が詰まる。親友に前世でこれの事を殺した事を言おうとして躊躇ってしまう。言ってしまえば、彼女はきっと私を軽蔑するだろう。そして……


『最低』

「……っ!」

「ハルちゃん!?」


 頭の中で響いた声に思わず耳を塞ぐ。分かってる。これは幻聴だって。だけど、どうしても思い出してしまう。私がハヤトを殺してしまった時のことを。あれ以来、私は人殺しという言葉を聞くと拒絶反応を起こすようになってしまった。


「ごめん……なさい」

「謝らないで……ごめんなさい。私こそ変なこと聞いちゃったわね」

「ううん……悪いのは私だよ……ごめんなさい」


 カエデは何も悪くない。なのに、私のせいで悲しそうな顔をさせてしまっている。ああ、本当にダメだ。こんなんじゃ、カエデの親友失格だ。


「ねえ、ハルちゃん。今度、二人でどこかに遊びに行こう?」

「でも、今の私たちは身分が違うから……」

「気にしないで!私には権力という力があるから」

「いや、それはどうかと思うよ?」


 カエデは、おしとやかに見えて力技で物事を進める節があるので、たまについていけない時があるんだよなぁ……。


「ふふふ……冗談よ。ただ単に私はあなたの友達として一緒に居たいだけよ。それと、ハヤトとはもう関わらないようにしてね」

「えっと、それについては……(お家事情で)ちょっと難しいかも……ていうか、ヴァルハークがハヤトだって知ってたんだ」

「ええ……気づいたのは、婚約後でしたけど」


 彼女の回答には何故か歯切りが悪く、心なしか憎悪のようなものを感じた。もしかしたら、彼女も何かしらの事情を抱えているのかもしれない。


「そっか……」

「……」


 沈黙が流れる。お互い、何から話せばいいのか分からない。こういう時は、私の方から話しかけるべきなんだろうか?


「あーーーーーーもう、こんな時間。早く帰らなくっちゃ」

「え?あら、本当ね」


 いつの間にか外が暗くなっていた。いろいろあったから経つ時間はあっという間だった。だが、そのおかげで思わぬ再会も出来たので、ある意味良かったと思う。


「送っていくわ」

「いいよ、別に。一人で帰れるよ」

「その格好で本気で言っているのかしら?」


 言葉の節々から怒りが感じられる。そういえば、さっきからずっと透け透けの下着姿のままだったことを思い出す。


「あはは……確かにこの格好じゃちょっとね」

「そうでしょう。だから、大人しく送られていきなさい」

「はい……」


 カエデの圧に負けて公爵家直々の馬車で送られる事になり、家族からは戦々恐々といった様子でいろいろ質問攻めにあった。まあ、これで王子を落とせと無茶ぶりをしなくなるだろう。これでアイツとはおさらばだ。清々しい気分でベッドに潜り込むとすぐに睡魔が襲ってきた。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「さて、ヴァル……いえ、ハルトと仰いましたか?初めまして、ハルちゃんの親友のカエデと申します」

「君がハルがよく自慢していた親友か。さっきの一発はありがとう」


 彼女が帰った後、俺の執務室で婚姻関係にあるアリス……今は前世の名で呼ぼう。カエデは、警戒心を剥き出しにする。親友が襲われていたら、誰だってこうなる。


「それで、ハルちゃんを襲った理由は?」

「ずっと恋焦がれた人が現れたら、襲うなというのが無理な相談だと思うが?」

「ハルちゃんを殺した張本人がどの面下げてそんな事を言えるんですかね」


 カエデの口調はとても穏やかで優しい。だけど、その中に確かな殺意が込められているのを感じる。おそらく、ここで下手な事を言えば殺されかねない。だけど、ハルを見つけた以上、俺は死ぬ気はさらさらない。


「やはりあの時、居合わせたのは君か」


 どうやって、あの場に来れたのか分からないが彼女は俺とハルの最期を目撃した。


「ええ、あなたがハルちゃんの首をナイフで斬り裂くところを一瞬たりとも忘れたりしないわ」


 彼女が言うのは、恐らく俺が殺した時の事だろう。ハルは何故か俺を殺したと勘違いしているようだが、頸動脈を斬られたショックと出血多量による意識喪失で勘違いしても仕方がない。むしろ都合がいい。


「俺はハルを愛してる」

「は?」


 カエデは理解できないと言わんばかりに口をポカンと開ける。


「愛しているからこそ、彼女を独占したい。他の男に取られたくない」

「何を言って……まさか浮気を繰り返したのって……」


 どうやらハルは相談するくらい彼女に心を許していたらしい。俺はその行為すらも許せないと自身が訴える。


「ああ、ハルの全てを俺に振り向かせる為にわざとやっていた」

「っ!最低!」


 ドンッ!という音と共に机に拳を叩きつける。相当ご立腹の様子だ。


「そんなに怖い顔をしないでくれ。俺と君は婚約した同士だろう?仲良くしようぜ?」

「ふざけないで!私とあなたの婚約なんて、親同士が勝手に決めたことじゃない!それに、あなたのしたことは決して許されるものではないわ!」

「そうか?ああ、でもあの時は天啓だと思った」

「……どういう事?」


 当時を振り返る。ハルの気を引くだけに付き合ってた女が、突如として俺と結婚し、子供の出来たと周りに事実無根の話を吹聴し始めたのだ。

 当然、ハルの耳にも入り、激怒した彼女から腹にナイフを突き立てられた。その瞬間、俺の中で閃いたのだ。彼女を殺したらもう誰の目にも触れられない。俺だけのハル。気づけば、刺さったナイフを引き抜くと彼女の首に突き立てていた。


「あぁ……ハル……」

「狂っている……」


 カエデは口元を抑えながら、嫌悪感を示す。


「そうだな。今思えば、俺もおかしいと思うよ。でも、当時はそれが正解だと思っていたんだ」

「狂人の戯言ね。だけど、もうハルちゃんには近寄らせない」

「それは無理だな」

「知ってるわ」


 ここまで話して気が付いた。彼女の瞳は自分とそっくりだと。誰にも渡したくない。自分のものにしたい。そう思う独占欲が強いところがよく似ていた。だからこそ、彼女がハルにとっての一番の親友なのだと思う。


「だから、私はあなたを殺す」

「へぇ……俺は、ハルにしか殺されたくないから全力で抵抗させてもらうよ」

「ええ、殺し合いましょう」


 こうして、彼女とのハルを巡る長い戦いが始まった。



最後まで読んで頂きありがとうございます。


余談ですが、カエデが事件現場に来れたのはハルに仕込んだGPS情報で位置を知りました。

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