こういう感情は
マリーチカとカーシャとマリヤが泣いているのを見て、リーネとトーイはそれこそいたたまれない様子だった。特にトーイはまた何か言いたそうにしてたから、俺は敢えて、
「後で聞く。今はそっとしておいてくれ」
と制した。トーイも優しい奴だというのは分かってる。マリーチカのことも邪険にしないし、カーシャやマリヤのことも妹としてすごく大切にしてくれてる。でも、だからこそわきまえてほしいんだ。
『誰に対してもいい顔をしようとするのは<優しさ>ではなくただの<優柔不断>だ』
ってことをな。
そうして、マリヤは泣き疲れて眠ってしまって、カーシャも俺の服に顔をうずめてひくっひくっとしゃくりあげてるだけになって、マリーチカは俺から離れて涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔をして俯いたままで立ち尽くしてた。
「リーネ、マリヤを頼めるか……?」
俺が声を掛けると、
「はい……」
リーネはテーブルを回り込んで俺のところに来てマリヤを受け取ってくれて。
するとその時、マリーチカがキッと鋭い目をして顔を上げ、テーブルの上に置いてあったパンを入れていた木皿を掴んで、
「この売女!!」
と叫びつつ、彼女に殴りかかろうとした。木皿に入っていたパンが飛び散る。
だが俺は、マリーチカとリーネの間に割って入って、木皿を自分の体で受け止めた。マリーチカの気性からすればこういうことも十分に有り得ると分かってて、身構えていたんだ。村の連中の価値観の中で育った子だからな。自分の思い通りにならないとなると、この手の行動に出るだろうことも分かってた。俺自身が子供の頃にも散々見た。
俺は、リーネやトーイやイワンやカーシャやマリヤがこうならないように育ててきたんだよ。マリーチカはこれからだったけどな。
「じゃますんな! じゃますんなよ! うわあああ~っ!!」
マリーチカはまた泣き叫んで、何度も皿を俺に叩き付けてくる。しかも、木皿を持ってない方の手でも拳を作って殴ってきて。さらには股間も狙ってくるから、さすがにそれは自分の手で遮るが、でも、基本的にはマリーチカの好きにさせてやる。
こういう感情は、その時その時に吐き出させてやればいい。マリヤも抱いてるリーネに当たるのは認められないが、マリーチカの力程度ではびくともしない俺に当たる分には構わない。危険な武器も持たないこんな幼い子供の攻撃で、仮にも一人前の大人の男である俺がどうにかなるわけないだろう? 多少は痛くても、きちんと急所さえ外しておけば何の問題もない。
ネットとかで他所様に八つ当たりして憂さ晴らししてる奴らと同じなんだよ。マリーチカがやってることはな。ネットとかで他所様に八つ当たりして憂さ晴らししてる奴らに今のマリーチカを責める資格なんざねえ。
そういう奴の傍に俺みたいに感情を受け止めてくれるのがいないのは、他所様の所為じゃねえんだ。




