僕じゃダメなの……?
俺は、慌てず、騒がず、焦らず、罠を仕掛けた場所を囲う縄を手繰りながら回り込むようにして移動した。俺達と猪の間に罠がくるようにしてな。緊張感に頭まで痺れてくるのが分かる。
なにしろ、罠が本当に猪から俺達を守ってくれると思ってたわけじゃない。少しでも自分の安全を確保するため、と言うか、まあ、<気休め>だな。実際、イワンは少し落ち着いたようだったし。
その上で、猪を刺激しないようにそっと移動し、部屋に戻ったところで、
「ふう……」
ようやく一息吐く。すると、
「ごめん……」
自分の行いが危険を招いたことを理解したイワンが謝ってくる。だから俺も、
「そうだな。迂闊だったな」
と告げつつ、
「でもまあ、それだけリーネのことは真剣だったということだろう? だから今回のことは、無事だったんだし不問に付す。反省さえしてるんならな」
とも諭した。それに対して、
「ごめん……」
再びイワンが謝罪する。だから本人も反省してるのが分かる。それでいい。
そこに、
「イワン……」
リーネが姿を現した。
「リーネ……僕じゃダメなの……?」
イワンは縋るように上目遣いで問い掛けた。でも、ああ…それじゃ駄目だな。というのは傍で見ていた正直な印象だな、そうやって同情を引こうとするのは、子供ならまだ許されても、<一人前の人間>としては明らかに悪手だ。自分が相手に守ってもらおうとしてるのが見え透いてるんだよ。一緒に家庭を築き人生を生きていく相手としては、これは大変に頼りない。
リーネは別にそれがダメってわけじゃないんだろうが、
「ごめんなさい……イワンのことは、弟としか思えないの……」
とはっきりと告げた。ことここに至って曖昧に誤魔化そうとするわけじゃないリーネが頼もしかった。まあできればもう少し早くきっぱり言ってほしかった気がしないでもないが、イワンはまだ実年齢で十五だしな。時間的な余裕はあるとも言えるか。
容赦ない現実を突き付けられて、イワンは哀れなくらいに凹んでた。俯いて拳を握り締めて肩を震わせて、泣いていた。
『男だったらそのくらいで泣くんじゃない!』
と言う奴もいるかも知れないが、俺は傍にいてイワンが真剣だったことも感じてるからな。『そのくらいで』なんて到底言えないと実感してるよ。
だからな、気の済むまで泣けばいい。俺はそれを恥ずかしいことだとは思わないから。それだけ本気でリーネを愛してたんだもんな。
「イワン……リーネを愛してくれてありがとう……」
俺としても他に言いようがなかったから、彼を抱き締めながらそう口にしたのだった。




