こいつは素晴らしい!
今日は、エリクが村に来る日だ。だからリーネとイワンが写本したものも持っていく。
「おおお…! こいつは素晴らしい! 元の本より上等じゃねえか?」
イワンが写本したものを見て、エリクは興奮したように言った。いや、実際に興奮してるんだろう。
エリクから借りた絵本も返しつつ、
「まあな。俺の自慢の息子だし」
トーイに引き続いて、イワンのこともそう評した。嘘偽りない俺の本音だ。
俺にとってはトーイもイワンも自慢の息子なんだよ。
ただ、エリクも悪い奴じゃないんだが、イワンの写本したものが素晴らし過ぎてか、リーネのそれについては一言もなかった。それ自体が<評価>そのものだってのは俺も分かってるものの、一言くらいは労いの言葉があってもいいのになとは思わなくもない。精々銀貨百程度の価値しかなくても、それで儲けてるんだからよ。
この辺りが<商売>ってもんだろうなって実感する。客を満足させることで気分良く金を払ってもらうって意味でな。
まあこの場合、あくまで契約上はエリクが<クライアント>でリーネはいわば<ベンダー>なわけだが、リーネから提供を受けたもので商売をする、利益を得るわけだから、そういう意味じゃリーネのことも気分良くしてくれた方が何かとスムーズに運ぶんじゃないかなという気はする。
ああそうだ。<作者>であるイワンやリーネにとっての直接の<顧客>はあくまでエリクだ。<作家>と<出版社>の関係もこれだよな。出版社からの依頼に基づいて作品を作って<納品>する作家にとって<読者>は、実際には直接の顧客じゃない。読者が顧客になるのは、商品を提供して対価を得ている出版社の方なんだよ。
なるほど読者からすれば作家と出版社は一体のものにも見えるかもしれないが、厳密には違う。だから作家に対して読者が、
『自分は客だ!!』
と主張するのは、実は筋違いなんだよな。
だってそうだろう? 作家は出版社の編集からの指示を受けて作品を作ってるだけだ。再度言うが、
『クライアントの依頼に沿う形で作品を仕上げ納品する』
ことが作家の仕事なんだよ。なのに出版社は、
『読者に喜ばれるものを作るのが作家の仕事です!』
みたいなことを言いやがるが、違えだろ。てめえらにとって都合のいい商品が欲しいってだけだろ? 本当は、読者から要望の類に対応するのは出版社の仕事であって、作家に押し付けることじゃねえ。
と、リーネとイワンがやってることを見てて実感したな。実際、エリクはあくまでリーネやイワンから提供されたものが売れるかどうかしか考えてねえよ。<読者からの評判>なんかリーネやイワンに伝えねえしな。




