子供だけで全部やればいい
「トーイ、なんでもすぐ自分の思い通りに簡単にできるんなら、子供でも大人と同じようにできるんなら、<大人>なんて要らん。子供だけで全部やればいい。でもそうじゃないから、何度も何度も練習して、それでできるようになっていくんだ。そのことを忘れないでほしい」
「……うん……」
俺がそう諭しても、トーイは悔しそうにしてた。それで嫌になって諦めるならその程度だったってこと。別に気にする必要もない。ただ、トーイはそういうタイプじゃないのは俺も感じてたんだ。もし嫌なことはすぐ投げ出すタイプなら、家の修理とか進んでやってくれたりしないと思う。だから今はとにかく様子を窺うだけだな。
一方、イワンはますます字も絵も上手くなっていって、
「すっかりイワンに置いてかれちゃったね」
夕食の時、リーネはそんな風に微笑んだ。するとイワンは、照れたように、
「えへへ……♡」
耳まで真っ赤にしながら頭を掻いてた。うん。これでいい。自分の脚を折ったクセに悪びれてもいない両親に対する恨みで険しい表情をしてるよりは、ずっといいだろ。
『自分を虐げてた奴らより幸せになることで見返してやればいいなんて、ただの綺麗事だ!!』
とか言う奴もいるだろうが、前にも言ったかもしれないがそれはそいつが幸せじゃねえからそう思うんだろ。実際に幸せを掴めた奴はその実感があると思う。と言うか、今の俺がそうだ。阿久津安斗仁王は、自分を捨てた女房やリサのことを恨みながら死んでいったが、今の俺はそんなこと、本当にくだらないと感じてる。幸せになれなかったのは自分の所為以外の何ものでもないクセにそれを『女房やリサの所為』にして自分を変えようとしてなかったんだもんな。ダメじゃねーか!
その点、イワンは自分の才能を順調に伸ばして、リーネに褒めてもらえて、俺がそれを見守ってて、すごく幸せそうにしてる。両親に復讐してこれが得られるってのかよ? むしろ今のこの幸せをぶち壊すことになるだけだろ。村の連中に責められてな。
だから、今のイワンはもうすでに両親よりも幸せだろう。実際、イワンの実の両親は、なにかっちゃ俺にも愚痴を垂れ流してるだけだ。しかも、糞みてえに醜い表情でよ。しかも、父親は母親の、母親は父親の、お互いに陰口を叩いてる。俺が双方のそれを聞いてるってのによ。俺がバラしたら全部筒抜けになるってのによ。
けど、俺も別に夫婦仲をぶち壊したいわけじゃない。たとえそれが上辺だけの関係でも、俺にそれをぶち壊す資格があるわけじゃねえしな。
イワンの両親とイワンは別の人間だ。別の生き方をしてるんだからそれで十分だろ。




