焦らなくていい
力み過ぎて気合いを入れ過ぎて強く振り上げた槌がすっぽ抜けたことを反省したトーイは、今度は軽く振り上げただけで槌を振り下ろした。
カン!
と軽い音が出ただけだが、今はそれでいい。今は焼けた鉄を叩く感覚だけ実感してもらえばいい。それに、十回もそうやって槌を振り下ろしただけで明らかに腕が上がらなくなってきた。
当然だ。大人が使う用の重い槌だ。実年齢六歳くらいの子供が使うようなものじゃないんだよ。
「よし、今日はこのくらいにしておこう」
トーイがやっとこで掴んでた鉄もすっかり冷めてしまったし、何より、槌を叩き付けるたびにやっとこで掴んだ鉄が向きを変えて、明らかに握力が足りてなくてしっかり固定できないのが分かってしまう以上は、実際の作業なんてできるはずもない。でも、
「……」
それが悔しいらしくて、トーイは拳を握り締めて唇を嚙んで俯いてた。そんな彼に対して俺は、
「焦らなくていい。今は上手くできなくて当然なんだ。だが悔しいなら、ちゃんとできるようになるまで頑張るしかないな」
と告げた。
「……」
トーイは俯いたまま頷いた。こうやって『悔しい』と思えて、それを自分のやる気に繋げられるなら、大丈夫。伸びるさ。俺だって別に才能があったわけじゃない。俺より巧い奴はいくらでもいるだろう。
やたらと高望みしてそれを<向上心>だとか嘯いてた奴もいたりしたが、それを言ってる奴の全員がその<高み>とやらに到達できたか? 身の程もわきまえず高いところを目指して自分がそこに至れないからって他の奴の足を引っ張って自分と同じところまで引きずり落としたり相対的に自分の方が上になっただけで悦に入ってる奴の方が多かったんじゃないのか?
だから他の奴の足を引っ張る輩が多かったんじゃないのか?
<才能を持ってる奴>なんか、きっかけを与えてやる気を出させてやるだけで、うまく誘導するだけで勝手に伸びてたんじゃねえのかよ?
実際には才能なんかねえ、上に立てる器じゃねえ奴の尻を叩いてその気にさせて、でも才能なんかねえから他者を妬むだけの間抜けを量産しただけじゃねえのかよ?
トーイに鍛冶屋としての才能があるかどうかは知らん。だが、少なくとも他者を妬んで足を引っ張ろうとするような奴になってほしいとは俺は思わないね。
大事なのは自分自身と向き合うことだ。勝負するのは妥協して楽な方へと進もうとする自分自身だ。それができない奴は才能も伸ばせない。
阿久津安斗仁王の部下にも、無駄に向上心だけ強くて、てめえの力を磨くんじゃなく同僚の足を引っ張ることで相対的に自分の評価を上げようとしてた奴がいたな。そいつのおかげで全体の成績が下がっただけだったけどな。




