あめのにおい、する
カーシャを荷車に乗せて家に帰る途中、
「тато、あめのにおい、する」
カーシャがそんなことを口にしたから、俺は、
「そうか。ならちょっと急ぐか」
と応えて、水場での水汲みもそこそこに家路を急いだ。この時にはまだ晴れてたのに、もう少しで着くって頃にはすごく暗くなってきて、
「おっと、降ってきたか……!」
実際にぽつぽつと降ってきた。でも、本降りになる前には帰れたから、助かったよ。
「ありがとう、カーシャ」
彼女の言葉に耳を傾けずいつも通りに帰っていたら、ぬかるんだ山道を歩く羽目になってただろう。だから素直に感謝する。そんな俺に、彼女も嬉しそうに笑顔を向けてくれる。
ちなみに山道については、凸凹があって通りにくかったところについては均し、車輪が通る辺りには少しずつ石を敷き詰めていって、荷車で通りやすくなるようにしていってる。まだ全体の半分も行ってないが、家から途中まではまあまあ楽になった実感がある。
ただこれも、大雨とかがあると土が流れたり溜まったりしてまた凸凹になったりするんだよな。
だからその度にまた直す羽目になる。
まあでも、それ自体が生活の一部とも言えるな。ここでは。いちいち愚痴っていても始まらん。そういうものだと、しなきゃいけないことだと、組み込んでしまえばいい。
で、その日は夕方から明け方までかなり強く降っていた。翌朝は晴れたが、案の定、道は荒れてしまっていた。
「悪いな。そんなわけでまたよろしく頼む」
俺はそう言って、リーネやトーイやイワンと一緒に、道の手直しをする。まだ湿ってはいるものの『ぬかるんでる』と言うほどでもないし、それぞれ鋤を使って道を均していくんだ。
ただし、<苦役>にならないようにあれこれおしゃべりしつつ頻繁に休憩を取りつつ、木の実や果実で甘味を補充しつつ、な。
さすがにカーシャは作業はできないから、座って待っててもらいながらも、猪とかが近付いてきてないかといったものを探ってもらう。
と、
「тато、なんかいる」
カーシャが口にする。
「猪か?」
問い掛ける俺に彼女は、
「わかんない」
と応えるものの、俺は、
「いったん、家に戻ろう」
指示を出して、カーシャも抱いて家に戻った。その途中、林の中で黒い影ががさっと動くのが見えた。カーシャは『わかんない』と言ったが、確かに猪だった。
彼女もまだまだ経験不足だから、それまで自分が聞いたことのない音や嗅いだことのない臭いを出していれば判別がつかなくて当然だ。猪も、個体差ってものがあるだろうし。
なお、猪などの獣が出ると、それに襲われたりというのももちろん危険だが、狩人が近くに来てる可能性もある。それも想定して念のため避けるんだ。
油断や軽視はこの世界じゃ禁物だ。自分の身は自分で守らなきゃダメってことだな。




