クソみてえに曖昧な言葉
とまあ、長々と語っちまったが、それらはすべて、俺達が幸せに生きていくために必要なことだ。
『他人に優しく』
だの、
『真面目に生きろ』
だの、そんなクソみてえに曖昧な言葉でこの世の何を表せてるってんだ?
おお?
『長い。三行で』
とか、てめえで考えることもしねえで他人様から簡単に教えてもらおうとかする奴が幸せになれなくても俺の知ったこっちゃねえよ。そういう奴は<努力>ってもんが足りねえんだろ。自業自得だ。
しかも、そういう奴らが親になった時に、自分の子供に何を教えられんのか、見ものだね。
自分じゃ考えもしねえ、他人様から分かりやすく噛み砕いで教えてもらわなきゃ何も理解できねえ、そんな奴がよ。
阿久津安斗仁王も、自分は利口だと思い込んでた馬鹿だったしな。
だからこそアントニオ・アークは、考えるんだよ。
『自分のやったことに責任を持つってのはどういうことか?』
『誰かを敬うってのはどういうことか?』
『狡い奴に騙されないようにするにはどうすればいいか?』
ってことを延々とな。他所様の親切や気遣いを期待するだけ無駄だ。そもそも他者に<期待>する奴はいいように利用される。だが同時に、相手を人間として敬うことをしねえ奴は信頼されない。
それをどう、リーネ達に理解してもらうかってのを、親として俺はひたすら考えるんだ。親の役目であり責任だからな。
そういうのを教えもしねえで自分の子供が幸せを掴めるとか、どんだけ運頼みなんだよ。てめえはそれで幸せだったのかよ?
違うよなあ? 口を開きゃ愚痴ばっかりで、他所様を叩いて憂さ晴らしするしか能がねえんだよなあ?
てめえに逆らえない、力や立場の弱え奴を痛め付けるのが唯一のストレス解消法なんだよなあ?
そんな奴が幸せになれる? そこまでネットの中をうろついてまだ分かんねえのかよ?
てめえみてえな嫌われもんの幸せを願ってくれるような奇特な奴はこの世にゃいねえよ。
しかも、大事なことを親が教えてくれなかったからって『親の所為』にして、自分じゃそれを改めようともしなかったんじゃあな。
でも俺は、きっちり教えとくぞ。俺の子供達にな。
幸せになってほしいからな。世の中の綺麗も汚いも全部ひっくるめて教えてやらなきゃダメだろ。それを自分の子供に教えることもしねえ親が<努力>を口にすんじゃねえよ。努力してねえのはてめえの方だろ。
この世ってのはな、三行で表せるような、ゴミみてえなゲームの世界じゃねえんだよ。漫画の世界じゃねえんだよ。アニメの世界じゃねえんだよ。




