マジで最低の父親だよ
「タート!」
カーシャは俺をそう呼んでくれる。<パパ>という意味だ。リーネはさすがに今でも『トニーさん』だし、トーイは『おじさん』と俺を呼ぶ。『お父さん』と呼んでくれたことも何度かあったが、しっくりこなかったのか、今は『おじさん』だ。
でも、別にそれでいい。実の親子じゃねえのは事実だしな。
『実の親じゃないクセに!』
とか言われることも出てくるかもしれないと思うと、むしろ他人行儀なくらいでちょうどいい気もする。リーネやトーイを『俺の子供達だ』と思ってるのは、あくまで俺の方の勝手なそれなわけで。
リーネもトーイも、俺とは別の人間なんだよ。俺とは考え方や感じ方が違って当たり前なんだ。前世の俺はそれをわきまえてなかった。女房やゆかりやリサにだけじゃなく、部下や施設の職員に対しても、
『俺とは別の人間だ』
という実感が乏しくて、俺の思うとおりに動いてくれるのが当たり前だと考えてた。だから疎まれた。
実に分かりやすい話だ。
一方、イワンも、リーネに倣ってか『トニーさん』と俺を呼ぶ。リーネに比べればかなり余所余所しい感じではありつつ、最初の頃に比べるとそれなりに打ち解けてはくれたようだ。さりとて、振る舞いの端々にはまだ信頼しきれてない様子も窺えるな。
でも、それでいい。それでいいんだ、イワン。相手を無暗に信頼し過ぎると痛い目を見ることもある。
それに、大事なのは、『信頼すること』じゃない。『信頼されること』だ。自分が他者から信頼される人間であることが大事なんだよ。だから他者を敬い、労い、尊重することを忘れちゃいけない。それができない奴は信頼されない。なにより俺がそんな奴は信頼しない。
だけど、カーシャは、全幅の信頼を俺に寄せてくれてるのが分かる。
「タート! タート!」
「カーシャ、おいで」
俺がそう声をかけると、目が見えないにも拘らず、よろよろとふらつきながらも数歩歩いて、ぎゅっと抱き付いてくれた。それがまたたまらなくてな。
思えばゆかりは、赤ん坊の頃から俺には懐いていなかった。三歳から五歳くらいまでにかけては甘えようとする様子も見えたが、小学校に上がった頃にはそれも影を潜めた気がする。
『こいつには媚を売っても無駄だ』
とでも判断されたか。しかし、それは正しいと俺も思う。ゆかりがいくら俺に媚びてくれても、俺はゆかりを愛してなかったしな。マジで最低の父親だよ。
いくらカーシャを愛したところで、ゆかりを愛していなかった俺の過去が贖えるわけじゃない。わけじゃないが、そういうのは抜きにして、俺を『パパ』と呼んでくれることを素直に喜びたい。




