<躾>ってもんの正体
とまあ、新しい絵本をエリクに注文した後も、毎日、普通に過ごす。淡々と、ただ淡々と。
その中で、必要なことについてリーネとトーイに教えちゃいくものの、俺は、改めて言っておくが、<躾>なんてものは二人に対してはしてない。前世の記憶と今世の経験で、<躾>ってもんの正体を感じてしまったからな。
前世の俺の親も、
『ガキは厳しく躾けなきゃロクな大人にならない』
って信じて俺のことを殴ったり怒鳴ったりしてた。それで出来上がったのが前世の俺だ。
ははは! 笑えるだろ?
稼いだ金の大半を他の女に使っちまうような<ロクでもない大人>に育ったんだぜ? で、俺自身も、『ガキは厳しく躾けなきゃロクな大人にならない』と信じてゆかりに厳しく接したし、部下を厳しく躾けもした。
でもよ。ゆかりも部下も、高齢者施設に入った俺に挨拶一つしにこねえ礼儀知らずに育ったんだよなあ。
しかも俺は、懲りもせず施設で自分よりも若い職員をガキ扱いして躾けようと考えてたんだよ。今から思うと。
他には、ただ我儘放題ってだけの入所者もいたんだろうけどよ。でも、俺が若い頃にも高齢者施設で職員をこき使おうとしてる高齢者がいて、問題になってたじゃねえか。
前世の俺らの世代は、体罰とかが禁じられてたから、まあ、親に殴られたこともねえような奴もいたのかもしれねえが。前世の俺が若い頃の高齢者って言やあ、親や教師にぶん殴られる厳しい躾けも当たり前だったんだろ? じゃあなんで、お世話になってる施設の職員に対して礼儀知らずな真似ができたんだ?って話だろ。厳しく躾けられたはずの奴がよ。
って、この辺はまあ以前にも触れたことか。しかし、それを考えるだけでも、
『ガキは厳しく躾けなきゃロクな大人にならない』
とか考えて躾しようなんてのがロクな結果にゃならないってぇ証拠だし、それは躾なんかじゃなくてただの<我儘>だったんだなってのは、今なら心底実感できる。
そして俺は、今、リーネのこともトーイのことも躾けてない。躾なんかやらない。やる必要を一ミリも感じない。俺が<手本>になりゃあそれで済む話だ。
人間としてどう生きればいいのかを覚えてもらいたいなら、一にも二にも俺が手本を示しゃいい。それを真似するだけで済む。
できるようになるまで何度でも手本を示しゃ済む話じゃねえか。
まあ、これを<躾>だと言うんなら、確かに<躾>なんだろうが、俺が躾として教わったものとは確実に異なってるんだよなあ。
しかも、高齢者施設で職員に対してしてたのは、『ガキは厳しく躾けなきゃロクな大人にならない』って考えを基にした躾だった。
八十近かった俺にとっちゃ、二十代や三十代、それどころか四十代の職員さえ、子供どころかヘタすりゃ孫みてえなもんだったしな。




