お前は上客だからな
それから数日後。また代書屋のエリクが村にやってきた。そこで俺はさっそく、銅貨数枚を渡しながら、
「<タート>って、綴りは<тато>でいいんだよな?」
と尋ねた。たった単語一つでも、エリクにとっては大事な商売道具だ。ただで寄越してもらおうとするのは道理に反する。
「ああ。そうだ。でもついでに言うと、ちゃんと大人が使うには、ここからちょっと西に行きゃ<батько>。東に行きゃ<отец>だな。まあ、この辺の村々で使う分にはだいたい<тато>でいけると思う。ただ、ちょっとした町に行けば、『ガキ臭い』『田舎臭い』って言われるかもしれねえ。だから、西に行きゃ<батько>。東に行きゃ<отец>と覚えておけばいい」
だと。
「随分と気前がいいじゃないか」
そうだ。俺は<тато>のことを聞きたかっただけだから銅貨数枚だけ払ったのにな。するとエリクは、
「お前は上客だからな。おまけだよ、おまけ」
『にひひ』って感じで笑った。
『まったく、物好きな奴だ』
とは思ったが、悪い気はしない。そこで俺は、
「じゃあまた、銀貨三百で絵本を見繕ってくれ。もちろん、<頭巾ちゃんとキ〇ガイ伯爵>以外でな」
と注文する。
「まいどあり。そしたらまた次までに何とか用意できるようにするぜ」
そう言ってくれた。ま、<上客>って言うよりは、はっきり言って<いいカモ>なんだろうが、カモならカモでもっとふっかけりゃいいものを律儀に<おまけ>なんかしてくれるあたり、こいつも<お人よし>の類なんだろうなとは思う。
でも、悪い気はしない。こうやってお互いにいい気持ちになれてるんなら、ちゃんと商売として成り立ってるじゃねえか。
<友達>って言える奴はあんまりいないが、エリクは友達って言ってもいい気はするな。もっとも、気を許し過ぎるとロクなことにならないってのは、この辺じゃ常識だが。
こうしてまた絵本を注文して、金の用意だけはしておく。
ちゃんと届くかどうかは<時の運>だな。代書屋は金を持ったまま移動することが多いから、盗賊や強盗にも狙われやすいらしいしな。
だから護衛を雇うこともある。そのためにも結局、金は要る。金を守るために金が要るっていう皮肉な話だ。
でもまあ、金と一緒に命まで取られるってこともあるから、それに比べりゃってこともあるんだろう。
ただし、『護衛と盗賊がグル』、なんてシャレになんねえ話もあるからその辺をどう考えるってのも大事かもな。自分の命ってもんをどう捉えるかって意味で。




