тато
正直、俺は、リーネとトーイの成長を見守ってるだけだ。俺自身の成長なんてほとんどない。あくまで前世の経験を活かして同じ失敗を繰り返さないようにしてるだけに過ぎん。
そりゃそうだろ? 前世と今世を合わせて百年も人生経験積んできてそれでまだなんか目に見えて成長してるとか、おかしくないか? 百年間なにしてたんだよ?って話にならないか?
それに、リーネとトーイも、そんな急激に成長してるわけじゃない。ただ毎日を笑顔で過ごせてくれたらいいんだ。そして気が付いたら成長してた。
って感じでいいんじゃないか? 子育てってそんなもんだろ。まあ、赤ん坊の内はすごい勢いで成長するんだろうけどな。
その一方で、リーネとトーイは、文字を書けるようになってきた。確かに、単語については<頭巾ちゃんとき〇がい伯爵>に出てくるものだけだが、基本的に使われる三十三字全部が入ってるんだよ。アルファベットは確か二十六文字だったはずだからそれより七文字多いが、まあ、大した違いじゃない。
これで日常会話で使われてる単語の綴りがちゃんと分かれば、手紙くらいは書けるようになるよな。
<頭巾ちゃんとき〇がい伯爵>の中にもかなり日常で使う単語は含まれてたものの、さすがに全部とはいかなかった。
その一つが、
<お父さん>
だ。言われてみれば<赤ずきんちゃん>の中でも父親は出てこなかった気がする。<猟師>は父親じゃねえし。だから、
「トニーさん、<お父さん>ってどう書けばいいんですか?」
リーネにそう訊かれたが、俺は、
「さあ。俺も習ったことねえしな」
としか応えられなかった。もちろん、しゃべることはできる。だが、書こうとしても正確な綴りが分かんねえんだよ。たぶん、発音は<タート>だから<тато>で合ってると思うんだが、自信がねえ。しかもこれ、<パパ>的なニュアンスの可能性があるんだよな。だから<父親>というニュアンスだとまた別かもしれねえし。
英語でもそうだろ? <papa>とか<dad>とかとは別に<father>って言うじゃねえか。
まあでも、
「だけどたぶん、<тато>でいいと思うぜ。でも今度、代書屋が来たら聞いてみるわ」
とは言っておいた。
「分かりました」
そう素直に応えてくれるリーネに、俺は頬が緩む。
しかも見れば、トーイも<тато>と紙に書いてた。これまた可愛いじゃねえか。
そんな二人の様子を見てるだけで、今の俺は十分に幸せなんだよな。これから反抗期みたいなのに入っていくかもしれねえが、思うんだ。
『反抗する必要がねえのに反抗すんのか?』
ってな。