変わることで得られる対価
『むしろ俺以外の誰かにそんな負担、負わせたくねえよ』
だから俺は、俺自身の業をリーネとトーイに負わせるつもりもねえんだ。二人が俺の思ったとおりに育ってくれなくてもそれは、
『リーネもトーイも俺とは別の人間だ』
ってえ事実を鑑みれば当たり前のことだしな。
だけど、二人とも、俺が村から帰ってくると、
「おかえりなさい」
「おかえり」
って労ってくれるんだよ。リーネはそれこそ笑顔で。トーイも、満面の笑顔ってわけじゃねえが、少なくとも不信感を向けてはこなくなった。もう、それだけで癒される。
「ありがとうな」
素直にそう返せる。
でも、だからこそ、思うんだ。
『女房やゆかりがこうしてくれなかったのは、俺の所為だよな……』
ってな。女房やゆかりは、俺とは別の人間だ。俺とは別に心を持ってて感情を持っててそれぞれ完結してるんだ。
<俺を気分良くさせるための道具>
でもねえし、
<俺の精神安定のために用意された付属品>
でもねえんだよ。当たり前じゃねえか。漫画じゃあるまいしそんな<設定>が存在するわけねえだろ。今世の俺はその当たり前のことをちゃんと理解しようとしてる。そして前世の俺はその程度の現実とも向き合うことのできない臆病な愚か者だった。それだけの話なんだ。
リーネやトーイは俺とは別の人間だ。それはつまり、村の連中だって俺とは違う人間だってだけの話だ。なら当然、俺の思い通りにはなってくれない。自分の思い通りになってくれない相手と付き合うにはどうする?
別に難しい話じゃないだろ。折り合える部分だけで関わればいい。村の連中は俺にとってはただの<客>だ。それ以上の存在じゃない。<仲間>でもなければ、ましてや<家族>じゃないんだよ。それが分かってれば、俺は品物を納めて、村の連中はその代金を納めるだけで済む。それ以上は必要ない。
それ以上のことを期待するから齟齬が生まれる。
何かを期待するなら<対価>が必要だ。村の連中に変わってもらおうと思うなら、
<変わることで得られる対価>
が必要なんだよ。俺は前世の俺と違う自分になることで、<安らぎ>という対価を得た。それは俺にとってはとんでもなく価値のあるものだったが、俺以外の人間にとってそれが価値を持つかどうかは、当人にしか分からない。
価値を持つなら自らそれを求めようとするだろうし、価値がないならそんなものを押し付けられたって迷惑なだけだろう。俺だってそうだ。
少なくとも今の村の連中に、
<自分の子供の笑顔と安らぎ>
なんざ、何の価値もないんだってだけなんだよ。