たまたま運が良かったから死なずに済んだ
俺達がこうして幸せを嚙み締めてる間も、この世界じゃ子供がポンポン生まれては死んでいく。
『今の世の中は子供に対して過保護すぎる!』
なんてことを、前世の俺も散々口走ってきたが、いやいや、今世で暮らしてきてつくづく思い知ったよ。
『過酷な環境で生き延びた奴が優秀とは限らない』
ってのをな。そして、生き延びるかどうかは、よっぽど肉体的に貧弱とかじゃない限り、ただの<運>でしかないってのも感じるね。
『過酷な環境が人間を賢くする』
なんてのは、現実を見てない奴の妄想だろ。過酷な環境が人間を賢くするってんなら、テロや犯罪が頻発する国や地域はどうなんだ? そこに暮らしてる奴らは『賢い』か? ちょっと視野を広げるだけでも分かることが分からない奴が賢いって言えるのか?
歴史的に虐げられてきた連中がみんな『賢い』ってか? とてもそうは思えないニュースが毎日のように流れてたじゃねえか。ニュースも見てないのか? それとも、見てても理解できてないってか? そんな奴のどこが『賢い』ってんだ。おお?
安心安全に思える環境の中にも<危険>はある。まさかという事態で命を落とすことだってある。<安全なはずの家の中の事故>で、日本だけでも毎年、何人が死んでたよ? 聞いたところじゃ交通事故よりも死者数が多かったりしたそうじゃねーか。
どれほど安全にしようとしても実際にはその有様だった。前世の世界でも、実は<死>はすぐ間近にあったんだと思うね。
前世の俺の死因だって、直接のそれは<肺炎>らしいが、その肺炎の原因になったのは<誤嚥>で、いわゆる<誤嚥性肺炎>だったみたいだしな。『正しく嚥下できない』って形で、自分自身の体に裏切られて死んだってわけだ。
だからそういう<危険>に嗅覚を働かせてなけりゃ、<過酷な環境>だろうと<安全快適な環境>だろうと、呆気なく人間は死ぬんだよ。
『このくらいで死ぬんならその程度の奴だったってことだ』
だと? たまたま自分が死なずに済んだだけで随分とでかい口叩くじゃねえか。ここまで死なずに来れた自分を『優れてる』って思いたいのかもしれねえが、お前、<家庭内の事故>の詳しい内容を知ってるか? 知ってりゃそんな寝言口にできるはずもねえから、知らねえんだろ? 生き延びてるわりにゃ<優秀>でもなんでもねーじゃん。
と、俺も詳しくは知らなかったし、考えようともしなかった。八十まで生き延びた俺ですらそうだ。『優秀だから生き延びた』んじゃねえ。ただただ、
『たまたま運が良かったから死なずに済んだ』
だけだ。思い上がるな。




