幸せな家族の図
だから、リーネとトーイとの暮らしには特別なイベントなんざ必要じゃなかった。アミューズメントパークみたいなところに行って家族がみんな笑顔で何枚もの写真を撮るとか、そういうのは必須じゃねえんだよ。
だってそうだろ? ここにゃそんなもんはねえ。ファミレスも、百貨店も、映画館も、水族館も、動物園も、アミューズメントパークもねえんだ。そういうところに家族で出掛けて思い出づくりしなきゃ<幸せな家庭>って言えないんなら、そういうもんがなかった時代の連中は<幸せな家庭>は作れなかったのかよ?
まあ確かに、俺がいるこの辺りじゃ、前世の連中が思うような<幸せな家庭>ってのはねえだろう。子供は親の奴隷であり家畜であり、何人もころころ死んじゃ新しいのを作ってってのをしてる世界じゃ、
『あなたが来てくれてよかった』
みたいに涙を浮かべながら子供を抱き締める親ってえ感じの、
<幸せな家族の図>
ってのは期待するだけ無駄だ。けどな、それでもここの奴らだって笑うことはあるんだよ。笑顔だって見せるんだ。その一瞬は<幸せ>なんだろうさ。
だからこんな世界でも幸せを感じることはできないわけじゃないんだと思う。
もっとも俺は、元の村で暮らしてた時に幸せなんか感じたことはなかったけどよ。それはむしろ前世の記憶が蘇っちまった所為もあるんだろうなとは思う。どうしたって前世と比べちまうから。
そういう意味じゃ、俺は不幸だっただろうな。
でも今は、リーネとトーイとの三人で毎日平穏に暮らせているだけで幸せなんだよ。前世よりもずっと幸せだ。
『引きニートやってるから不幸』
なんじゃねえ。
『後悔しかない人生だから不幸』
なんだと思う。だってよ。今は<後悔>してねえし。両親を捨てたことも、俺と結婚してもいいと言ってくれた幼馴染の女を捨てたことも、生まれ育った村を捨てたことも、何一つ後悔してねえ。する必要がねえ。
今のこの生活を手に入れるためだったんだって思ったらな。
でもまあ、俺と結婚してもいいと言ってくれてた幼馴染の女については、ちょっとだけ申し訳ない気がしないでもない。どうせあの村で生まれ育った奴だから性根はロクなもんじゃねえのは分かってても、少ーしリーネに似てるところもあったんだよな……
あいつももう、他の避難した村の連中と一緒に無元の集落にいて、それで殺し合いに巻き込まれて死んだんだろうと思う。死体は見ちゃいないが、逃げ出せたのはほんの数人だったみたいだしな。
ちょっと、可哀想かな……って思ったりもしないわけじゃないんだ。




