当事者のその場の気分
『強引にでもヤっちまえば女なんてすぐに落ちる』
前世じゃそんなことを言ってる男も少なからずいたが、リーネに対してそんなことをする奴ぁ、俺がぶっ殺してやる。前世の場合だといろいろ面倒なこともあるものの、ここじゃ<殺人>のハードルも滅茶苦茶低いからな。本当にくだらないことで殺し合いになるのも多かった。
街に行きゃあ役人もいるし警察も兼ねた軍もいるらしいが、こんな僻地の村まで派遣されちゃ来ねえしよ。その辺は、<自治>って形で対処される。だいたいは村長的な存在が仲裁したり処罰したりって形だ。
でも、たいていは、
『殺されるような真似をした方も悪い』
ってんで、<賠償>って形で済まされることが多い。よっぽどのことじゃない限り実はその段階じゃ<死刑>にはならねえ。人を殺したからってほいほい死刑にしてちゃ村の労働力が失われるってことでな。
ただその一方で、殺された奴の遺族の恨みが強かったり、殺した奴が元々嫌われてたりすると、<リンチ>って形で報復が行われることもある。そしてその場合は、
『何人もの人間にリンチを受けるくらいに嫌われてる奴が悪い』
ってな解釈で、
『まあ仕方ないだろ』
で済まされたりもする。法律もへったくれもねえ。ただの、
<当事者のその場の気分>
ってだけだな。だから俺みたいに、
<この世界の価値観にそぐわねえ考えを持ってる奴>
は嫌われて、それで他の家に難癖付けて殴りかかったりしようものならリンチを受ける危険性も高いってことなんだよ。
俺はあくまでリーネとトーイに幸せになってほしいだけで、別にこの世界そのものを変えようなんて思っちゃいねえ。だからリーネとトーイにも、
「自分が気に入らねえからって他人に突っかかったりすんなよ」
と、諭し始めてる。そんなことをしたって何のメリットもない。ネットの匿名の陰に隠れて好き放題言えた前世とは違うんだ。こっちで面と向かってそんなことすりゃ殺されたって文句は言えねえし、
『こんな奴は殺されたって仕方ない』
って思われるのがオチだからな。誰も同情なんかしてくれねえよ。
誰かにムカついた時には、家に帰って俺に打ち明けてくれりゃいい。愚痴は全部俺が引き受ける。
殴るな。突っかかるな。罵倒するな。
そんなことをしても幸せにはなれん。不平不満があったって、俺が全部聞いてやるから。
俺の不平不満はどうするんだって?
それは心配ない。リーネとトーイが穏やかな気持ちでいてくれたら俺も癒されるし、それでも間に合わない分は、鉄に叩きつけりゃいいさ。




