001. プロローグ
突然のことで何が起きたか理解不能だった。
周りを見渡せば、俺の足下に俺が横たわっている。
雪がチラチラと舞い散る中、パトカーと救急車のサイレンの音が入り交じり、白い息を吐き野次馬たちがスマホを片手にその現場を覗き込んでいた。
野次馬が見守る中、野次馬たちの間に紛れ込んだ女が一人、衆人環視の見つめる方向とは全く違う場所を見つめ、ニヤニヤと不気味に笑っていた。
しかし誰もそれには気づいていなかった。
「何故俺は自分の身体を見ることが出来ているんだ……?これって俺は死んだって…こと…なのか?」
道路に横たわり、血塗れになっている自分を見て茫然としていた。
「意識レベル低下!」
「そこの野次馬は退けろ!邪魔だ!」
イライラしている救命救急士が怒鳴り声を上げた。
「心肺停止!」
「心臓マッサージを開始する!」
「早く運ぶぞ!」
気不味そうな警官たちがなんとか救急車までの数メートルの道を野次馬が邪魔をしないように確保していた。
「申し訳ない……人手が足りなくって……」
ストレッチャーを押していく救急隊員にポツリと零した。
警察官と救急隊員たちが思っていたよりも周りに関心を呼び、人々を集めてしまっていたようだ。
それもそのはずだ。
交通事故に遭って怪我したと思われていた被害者は当時を目撃した通行人の証言からよろけながら車道に飛び出し自動車とぶつかったという。
更に被害者が飛び出すまで歩いていたと思われる場所には不自然な血の跡…滴下痕が残っていた。
その血を調べると彼の血で間違いなく、後から彼の身体を確認すると脇腹に近い背中をナイフか何かで刺されたような傷が見つかった。
射した物が何かわからなかったのは傷口が抉られたような判断のできないとても酷いものだったからだ。
その傷口をよく確かめると、星の形をしたようなものに見えた。
――何故俺はこんなに酷い場面を見せられているのだろう?――
何も解らず、俺が見ている足下で俺の身体は運ばれて行った。
俺の身体から大量に流れ出た血の跡だけがアスファルトに残されていた。
誰にも気付かれず俺はその場に立ち尽くしていた。
大量に流れてしまった血を見て、俺は気持ち悪くなった。死んでいる筈の俺の鼻が錆びついた鉄の匂いを感じ、舌が味を感じているような気がした。
吐きそうだ。
グッと唇を噛んで堪えていると、急に身体が何かに引っ張られるような気がした。
俺はその感覚に抵抗することなく流されていった。
ほんの少しだけ意識が遠のいていく感じがした。目を瞑り意識を持っていかれないように踏ん張ってみた。
気がつけばパトカーと救急車のサイレンと人々の喧騒がいつの間にか無くなり、静かな白い部屋へと身体が移動していた。
ピッピッピッピッピッ……。
リズムを刻むように電子音が室内に流れている。
〝樋口 伊織”
ベッドにつけられた名札に俺の名前が刻まれていた。
――どうやらおれはまだ生かされているようだ。――
……もうどっちでもいいよ…。このまま生きていても会社はクビだろうし…。そもそも元の生活だって戻れるまで時間かかるだろう。でもこの状態見ていると戻れない気もする…。
元の生活に戻れたとしてこんな状態が続けばリハビリだって時間がかかる……無駄だと考えるか、それとも有効に利用できるか……。
――それなら自分から死んでやろうか?――
手を伸ばし自分の身体に着けられた生命維持装置を外そうとして触れようとした。
だけど触れそうで触れられない。触っている筈なのに…。
あぁ、ちゃんとした身体じゃないから触れられないのか。
じゃぁ、やはり俺は死んでいるのではないか。
堂々巡りな考えでどのくらい時間が過ぎたかわからない。
でもベッドに寝ている俺の身体にも、意識だけがふよふよとこの部屋の中で浮いている存在の俺にも時間の感覚がない。それどころか人間の“三大欲求”所謂「食欲・睡眠欲・性欲」が今の俺にはない。
だからかな、生きることにも執着しなくなっちゃったのかな……。
俺はこうして自分の身体をじっと見つめながら、自分の死ぬのを待っていた。