黒い寓話/愛しきものはすべて去りゆく
だいたい一年半に渡って続いてきたこのおはなしもいよいよ完結です。最後まで追っていただきありがとうございました。
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むかしむかし、あるところにまほうがまったく使えない少年がいました。彼は『まほうが使えないんじゃあしょうがない』とおかあさんに捨てられ、一人ぼっちでみじめに暮らしておりました。
そんなある日、少年はけん銃の使い手の旅人と出会いました。彼は少年に『居場所がないなら探せばいい』と言い、一緒にパンゲアの果てまで旅に出ました。
少年は旅人に銃を教わり、めきめきと上達してゆきました。しかしそれは、銃を使うことを禁じるピースメーカーと争わなくてはならないということ。
旅の果て。少年は遂にピースメーカーの大司教をたおし、このパンゲアでてっぺんになることができました。しかし、旅人は道半ばで命を落とし、彼の元にはもう誰もいません。
少年はまほうの使えるひとたちを弾圧しはじめました。自分たちを『つかえない』と差別するのなら、お前らなんて消えてしまえ。少年は名のあるまほうつかいを根こそぎ打ち倒し、世にある差別を無くそうとしたのです。
こうして、彼は王様になり、パンゲアはまほうの使えるひとも、そうでないひとも生きられるばしょとなったのでした。
めでたし。めでたし。
…………
……
…
「カネだァ! クレジットを根こそぎ持ってこォい」
「オラオラ早くしろ、死にてぇか」
昔本で読んだことがある。ヒトひとりの人生において、幸せと不幸は代わる代わるやってくるものだと。
けどそんなの嘘っぱちだ。不幸はたくさんあるのに、幸せがそれだけ来てくれたことはない。
ぼくの名前は『デジル』。実家は果物から日用品まで手広く扱う雑貨屋――。だった、けど。それもきょうで廃業だ。銃を持った強盗ふたりが、カネ目当てに父母を殺害してしまったから。
「おいガキぃ、何見てやがるんでェ」
「さてはこいつらの子どもだな? カネを出せ、今すぐに!」
父さん母さんはどちらも炎の魔力の使い手で。銃なんて野蛮なモノは持たないって言い張る『変わり者』だった。弾を込めて撃つより先に魔法を放てば終わる、が口癖で。行商でやってくる売人にもNOを突き付けて帰してて。
イカれてるとしか言いようがない。パンゲアのユーザーの九割が銃を持ち、それぞれの魔力と組み合わせて操る時代なのに。それが元で、こうして強盗に殺されてしまったというのに。
「聞こえてンのか小僧! カネだよ! 出せっつってんだよ!」
「痛い目に遭いてえか? そうなのかぁ?」
抵抗する気さえ湧いてこない。馬鹿の下に産まれた自分を恨め。この世は銃を持ってるヤツで「もってて」、持てない奴は殺されても文句は言えない。サクッと死んで、来世に期待したほうがケンセツテキだ。
胸ぐらを掴まれ、拳銃をこめかみに突きつけられて。全部諦めて目を閉じたその時。身体の内側が燃えるように熱くなるのを感じた。
「なんだよ……なんなんだよお前!」
「嘘だろ……。こんな奴が居るなんて……」
内に燻った炎を外に向かって解き放つ。奴らの手にあった銃が、そもそもと奴ら自身が火だるまになって燃えてゆく。
(ぼくが……やったのか……?)
炎使いの両親から産まれたんだ。出来たって不思議はないけれど、今更? 急に? 何故にWHY? というか、出来るんなら出来るでもっと早くから使えるようになれってんだよ。
焼け焦げた強盗ふたりが倒れ伏し、動かなくなったのを見下ろして。がらあんとしたうちを見やる。そこらかしこに残る弾痕、燃えたクズ共、もう01になって足しか残ってない家族。勝った! なんて清々しい気分はない。いきなり一人ぼっちになって、その事実を突き付けられただけだ。
『――やぁ。やあやあやあ。ようやく見つけたよ』
ばさ、ばさと大袈裟な羽音が聞こえてきたのはその時だ。翼の生えた色黒の男がぼくの元へと降りてくる。
『――そのチカラ。君はコードへの適正があると見た。ほうぼうに配った甲斐があったよ。ようやく。ようやくだ。向こう五十年変わらなかったこの支配体制を変えられる!』
ぼくを前にして、そいつの目はぼくの方を向いていない。いや、そもそもどこを向いているんだ? 白目と黒目が逆になっていて、見れば見るほど気味が悪い。
『――あぁ、申し訳無い。つい興奮してしまってね。オーケー本題に入ろう。君は、このセカイをこんなにした奴に復讐したくはないか?』
復讐、だって? セカイそのものに? ぼくが? あり得ないあり得ない。
『――謙遜しなくていい。君はそれだけのチカラを持った逸材だ。出来るとも。この理不尽を敷いたあの男に、最早ヒトかデータかわからない怪物に。君の手で引導を渡してほしい』
さあ、私の手を取りたまえ。スーツ姿の紳士は地上から一メートルくらい浮いたまま、こちらにおいでとぼくに促す。どうすればいい? 意見を求めようにも保護者たる父母はもういない。
もし、いまのパンゲアをこうした人間がいるのなら。そいつがいまものうのうと生きているのなら。聞いてみたいことがある。言ってやりたいこともある。
『――うんうん。良い度胸だ。気に入った。さあおいで』
奴の手を握ると、どこからともなく揚力が湧いて出て、ぼくの身体までふわりと浮いた。穴の空いた屋根を抜け、街を抜け、だんだん景色が広く遠くなってゆく。
『――安心したまえ。私が君を覚醒させる。君ならなれるよデジル君、二十七人目の超越者に』
これがパンゲア。いまを生きるぼくたちにとって、正真正銘唯一の現実。
※ ※ ※
◎ミヤタ・クリーニング・サービス 業務日誌
・xxx6年02月26日
親方の代からもうウン十年、長く続いたこの会社もとうとう畳む日がやってきた。
少しでもヒトのいる場所を探し、何度も居場所を変えて来たけれど、遂に上役の上役までもがパンゲアと『つながる』ことを決めたらしい。それはもう、わたしに給金を払ってくれるヒトがいなくなったことを意味している。
名のあるパンゲアユーザーは、皆『ドーム』に集まり、円と連なって"眠る"道を選んだらしい。彼らにとってはとっくにあちらが現実なのだろう。
もう、都会に根を張ることに意味はない。最後くらい、したいことをして終わろう。店の看板を引っ剥がして車に載せ、住み慣れた『我が家』を後にした。
・xxx6年03月02日
家の柱にかじりつき、腐り懸けた木の根を喰らう。ほんの少しだけ塩の味がした。
最後にまともな食事ができたのは三日前。カビの生えたカロリーブロックを十五人で奪い合い、得物を持ってたわたしだけが生き延びた。手持ちの水もあと僅か。わたしに残された道は、このまま衰弱して果てるか、ろ過機能不全で虹色に輝く川の水を呑んで死ぬかのふたつだけ。
移動のためのガソリンも尽きた。わたしは海沿いのこのあばら家を終の棲家にしようと思う。
昔なにかで読んだことがある。水面は空の青を取り込んで碧く輝くのだと。人生の最後に一度でいいから、碧く輝く海が観たかった。やっとここまで辿り着いた。
海は、曇天の空の下、どこまでも息が詰まるような灰色だった。
・xxx6年03月03日
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・xxx6年03月04日
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・xxx6年03月05日
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・xxx6年03月12日
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・xxx6年03月26日
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ねぇねぇ知ってる? パンゲアに伝わるおとぎ話。このセカイを裏から牛耳る魔王のはなし。
「そうだね。詳しく聞きたいな」
むかしむかし、パンゲアでは銃を持ち込むことは固く禁じられていて、所持するだけで重い罰を受けていたんだって。それを正したのが悪の魔王。ロード・オブ・パンゲア。彼が前の指導者をやっつけて、パンゲアに銃をばら撒いたんだ。
現れてすぐは色んな人に憎まれて。統治してからは味方からも恐れられ。襲ってきたひとたちを返り討ちにしたらしいよ。数で囲んで迫っても、削る事はできても、倒すことは終ぞできなかったんだって。
「恐ろしいヤツだ。じゃあ今も生きてるのかな」
よっぽど酷い目に遭ったんだろうね。最近じゃ人里離れた小さな村にこもって、そこからずっと出てきないって。もう何年も、その姿を見た人はいないってさ。
「『詳しいね』。ありがとう、とても参考になったよ。ついでと言っちゃ何だけど、もう一ついいかな」
ちょっと。何するの。苦しい。苦しいって。その手は何? わたしが何したって言うの!
「あんた、ロードの知り合いなんだろ。そいつのとこまで連れてってくれよ。そしたら命までは取らないからさ」
◆ ◆ ◆
『あぁ、なんてこった……。畜生! 人類はやってしまったんだ!』
『今の法律が完璧だとは言ってない! だが誰かが直すまではそれに従うだけだ』
『彼はヒーローじゃない。沈黙の守護者、我々を見守る番人――』
バーカウンターに上体を預け、パンゲアに『持ち込んだ』タブレット型ディスプレイで映画を流し見、手元のショットグラスをぐいと傾ける。カウンターには壜、グラス、お猪口がいっぱいに並んでおり、『彼』はすべてを飲み干し、赤ら顔で突っ伏している。
"彼"は、傍目には三十半ばから四十手前くらいに見えた。紺碧に青碧のグラデーションの長い髪は度重なる戦闘と修復の繰り返しで灰色に変色し、若く精悍な顔立ちは生気を無くして煤けている。
彼は生者かプログラムか。最早その境界も曖昧だ。故に彼は酒を止められない。酔い潰れて考えないようにするのが一番だと思ったからだ。
「見付けた。あんただな、このパンゲアの王ってのは」
人づてに居場所を探り、辿り着いたのパンゲア果ての果て、エウロパスの小さな酒場。『奴』はそこで無防備にも酒をしこたま飲んで、不健康ないびきをかきつづけねている。
これが、ロード・オブ・パンゲアか? このセカイを五十年近く支配する男の姿か? ヨレヨレで汚い赤茶色のワイシャツの上に青だか紫だかわからないベスト。黒のジーンズには皺が深く刻まれていて、長く使って着古したのがひと目で分かる。法衣とか王衣とか、高貴さを示すものは何もない。
「オレが、王か……だぁ?」ここまで近付いてようやっと、ぼくのことに気付いたらしい。「見て解かるだろ。オレ様が王だ。王じゃなきゃなんだってんだ。はは、ははは、は。ぎゃははははははふぇへへへはははは」
傍目から見たら、たちの悪い酔っ払いにしか思えない。酒のせいで声は嗄れ、返事はどこか的を得ていない。
「ぼくの父さんと母さんはあんたが撒いた理不尽に殺された。床に手をついて詫びやがれ」
「ホー……ホーホーホー」馬鹿にしてるのか、それとも単に事態を把握していないのか。呑んだくれは焦点の定まらない目でこちらを見やる。「面白いことを言うなぼうや。じゃあ何か? 銃を作る職人はみんな犯罪者か? 魔法を使えずそっちに頼らざるを得ない連中はなんだ? 筋違いも甚だしい」
「そーゆー、手前勝手な理屈はいらないんだよ」尤もらしく聞こえるけれど、それを撒こうと考えたのはこいつだ。どう言い訳しようがそれだけは変わらない。
「あんたにひとつ、訊きたいことがある」仇を前にして、口を突いて出た言葉は憎悪ではなく、疑問だった。「あんた王様なんだろ? 嫌いなやつみんな消して、自分の好きに出来るセカイを作って。その結果がそいつらから嫌われてって。あんた、まじで何がしたいのさ」
「お陰で、『面白く』なったろ?」間髪入れず、迷いもなく。呑んだくれはぼくの疑問を切って捨てる。「弱者も強者もいつ死ぬかわからないギリギリのバランス。そこに産まれの良し悪しは関係ない。で、それが気に食わないなら直接オレを殺しゃあいい。ま、それが出来なくてこうなってるわけだが」
ぼくが生まれるずっと前。パンゲアにとってイメージ出来る者と出来ない者は天と地程の差があって。弱者は弱者のままその立場に甘んじるしかなかった。
確かに。今のパンゲアは誰であっても気が抜けない。築き上げてきた地位をあっという間にもぎ取られることだってざらだ。銃があれば難しくない。
「正当化するのか、これを……!」
パンゲアは『それ』で良いかも知れない。けど、ぼくという個人からすれば到底納得できるものじゃない。どこか空っぽだったこころの炉に薪がくべられ、怒りの炎が燃え上がる。
「許さない。許さないぞ。お前は今、ここで死ね」
「は。はははは。殺す? オレを? お前がか?」
酒で涸れた声で、ヒトを心底馬鹿にしたように笑う。同時に、ぼくの背から銃弾が放たれ、足元に二発突き刺さる。
「誰が、オレを、殺せると?」
いつから手に銃を? 眉一つ指一本見逃していなかったのに。呑兵衛の目には殺意がみなぎり、四四マグナムを片手にへらへらと笑っている。
「お前は思い違いをしている。皆オレに従ってるんじゃない。敵わないから頭を下げているだけだ」
これが王たる者のチカラか。この五十年、叛逆者を退け、我を通した男の姿か。大きい、あまりにも大きい。
「良いことを聞いた。みんな、敵わないからへーコラしてるって?」けど、すべきことははっきりした。もう怖くもなんともない。「じゃあ、あんたを殺せば全部終わる訳だなァ!」
あの色黒親父に仕込まれたことを思い出せ。炉にくべられたこの炎を、命の限り爆発させろ。この熱を内から外へ。燃やせ燃やせ真っ赤に燃やせ!
「な……にっ!?」
奴が空間に穴を開けようが構うもんか。蒼い炎を全身に纏い、解き放つ。奴がどこに穴を開けようが構うもんか。木で出来た床が、バーカウンターが、屋根が、炎に巻かれて燃えてゆく。
「魔法が銃を超えることはない? その認識がもう古いんだよ。進歩や成長を続けるのは魔法だって同じだ」
こいつは魔法が使えないから銃による統制を図った。けどぼくは違う。身体から湧き出るこの炎を鍛えに鍛えた。奴をこの目で捉えた時点で勝負は見えていた。もう、あいつがどこに逃げようが、この炎は止まらない。
――BANG! BANG!
炎を突っ切り、奴の放つ弾丸が前と後ろから飛んできた。今更避けるまでもない。銃弾はぼくが纏う炎に溶かされ、触れることさえ出来ない。
「ぐぉ……おっ!」
焼け焦げた屋根が剥がれ落ち、酔い潰れてたたらを踏むあの男を押し潰す。ひ弱だ。あんなものさえどうにも出来ないのか。それでよく、パンゲアの王を名乗れていたものだ。
「あんたのことは全部聞いてる。アルカディア・コードに選ばれたっていうんだろ? それも今日限りだ。ぼくにその地位を明け渡せ」
唯一残っていた右腕を足で踏みつけ、奴の脳天に人差し指を突き付ける。今度こそ終わりだ。もう、あいつに打てる手はない。
「ふは……ははははははははははは」
この先打てる手なんて無いはずなのに。燃え盛る炎の中、王は腹の底から声を上げ、楽しそうに笑い始めた。
「何だよ。今更、そんな」
「ひひひひひひひ。お前にゃあ分からねえさ。ははははははははは」
炎が奴の身体に回り、白髪が焼け焦げ散ってゆく。払おうとさえしていない。奴は死が怖くないのか? それとも――。
「いいぜ。この椅子はお前のものだ。好きにすればいい。銃の後に魔法がまた栄えるなんて、ゴキゲンなはなしじゃねぇか」
死への恐怖なんて微塵もなく。何か恨み言を向けるでもなく。いや、ひょっとしたらぼくのことなど見てさえいなかったのかも知れない。
「せいぜい気張れ。パンゲアは人類最後の楽園。生かすも殺すもお前次第だ。あは。あはは。ははははははははは」
腐った脂が燃えるような臭いがして、黒く焼け焦げた王の身体が崩れてゆく。
「はは……ははは……は」
彼は、命の尽きるその瞬間まで笑っていた。
・ロード・オブ・パンゲア ~母を訪ねて何千里、魔法の才に恵まれなかったボクは、銃と映画でテッペンを目指します~ fin.
それでは、さよなら、さよなら、さよなら。




