動乱のはじまり
※ ※ ※
鳥が囀り、草木が風にそよぎ、蒼く晴れた空が広がる美しい光景。現実にはもう存在しないその名はパンゲア。それぞれがゴーグル越しに意識を01の世界に送り、想像力を糧に創造し、拡大し続けたこの星にとって最後の楽園だ。
「"炎"幕効果無し! 敵との距離二百! いや……二十! あっ、うっ、あっ」
「そんな馬鹿な。我が国の優秀な術師たちが、僅か二分で……」
触れれば即座に灰と化す文字通りの炎の海を、"それ"は事もなげに通過してゆく。まるで古に語られた伝説のように、炎の網が『彼』だけを避けている。
「ありえぬ! こんなふざけたことが」
「ピースメーカーの庇護さえ跳ね除けてきた我々が! たった、ひとりに……!」
強大な炎の魔力で他の侵略を何度も跳ね除けてきたタラッサの国の城が落ちた。相手はたった一人。そう、ひとりだ。人口数千、炎の魔法のスペシャリストを二桁も抱えるこの国を、その一人が滅ぼそうとしている。
「あーあ。焼き魚にして喰えるかと思って持ち込んだのに。カスッカスになっちまってら」
炎の揺らめきを抜け、タラッサに仇なすその姿があらわとなる。紺碧に青碧のグラデーションの長い髪。これを無理矢理後ろになでつけて固めた、精悍な顔つきの『若い男』。自分が襲われていると分かっていながら、その興味は串に刺した魚、だったものにしか向いていない。
彼の名はフィル。ピースメーカーという世界秩序を壊滅させ、なおも飽き足らず破壊行為を続ける邪悪の化身。
外套の中を探り、中から二丁の拳銃を引っ張り出す。引き金を引く。高台から彼を見下ろす物見の兵たちが、自分の背後から飛んできた銃弾に脳幹を貫かれ、01となって消滅した。
「さあて」銃をしまい、串を手に大きな円を描く。その先に見えるはこの国の玉座。彼は火の海を抜け、唐突に王たちの元へと"跳んだ"。
「き、きさまぁ……」
「何故だ?! どうして我々に牙を剥く! 私達がお前に何をした!」
王とその側近以外を即座に殺し、その彼らにも両腕に銃弾を撃ち込んで。悠々と玉座に近づく。
「別に。あんたらは、何もしちゃあいない」
"フィル"は冷やかにそう答え、頭を垂れる王の額に銃口を突き付け。
「しちゃあいないが、あんたらの存在は、オレにとっちゃ邪魔なんだよ」
重い炸裂音が城内全域に響く。この日を境に、炎の街・タラッサの火は二度とまた点くことはなかった。
◆ ◆ ◆
「またひとつ、堕ちたのね」
「えぇ。最早彼を止められる者はこのパンゲアには存在しない」
ビッキーはその身体をベッドに横たえ、窓越しに遥か遠くの騒乱を目にしていた。
彼女の腹から下は木々の枝葉が絡み合ったような義足に置換されており、まだ完全に噛み合っていないのか、彼女の意思とは関係なく小刻みに揺れている。
「その脚、まだ動きそうもないかい」
「急かしたって無駄よ。本調子でもないのに出て行って、どうしてあいつに勝てると思う?」
かの戦いの後、ピースメーカーの拠点フォボスは崩壊。信者『だった』者たちは路頭に迷い、乗り込んできた"被害者"たちに責めを負わされ、次々と虐殺されていった。
「お願い。私を連れて行って。ひとりじゃもう、何も出来ない」
大聖堂に攻め入った有象無象に対し、彼女は声を絞り出しそう叫んだ。上半身だけでなんとか生きる彼女の姿を同じ『被害者』と認識したのだろう。彼女は何人かの手で担ぎ出され、魔力による義足の接ぎ木を与えられた。
「頼むぞ戦乙女。君の、君が持つそれだけが希望なんだ」
無論、ただの見ず知らずなら、義足を充てがわれた時点で放置されていた。そうならなかったのは、彼女がこの惨状を変えうるチカラを持っていたからだ。
苦しみの杭・スタウロス。大司教ノゾミ・バシュタールに打ち込み、彼女の得たアルカディア・コードの能力を根こそぎ消し去るレリックアイテム。『あれ』が同じコードの化け物であることは既に伝えた。杭の所有権は今もなおビッキーにあり、しかも自分はあの殺戮者と近しい仲にあった。
「わかってる。助けてもらったもの、ちゃんと期待に応えるから」
この関係を保護と見るか、捕縛と取るか。それは彼女たちにしかわからない。快復した瞬間戦いに駆り出され、その結果は――。避けられぬ選択の時は刻一刻と迫っていた。
※ ※ ※
「不味いな。こんなもん、喰えたものじゃねえ」
タラッサの街を離れ二百キロ。赤い土と岩だけの荒れ果てた土地に、"青年"フィルの姿はあった。串に刺してちびちびと食んでいるのはまだ鉄臭いヒトの腕。足元にはほんの少し前まで誰かがいた形跡。物言わぬ死体から千切って拝借し、栄養源として取り込んでいる。
「次の街まであと二十。ヒトの気配は……」
コードのチカラに愛された彼は、そこに居るプレーヤーの気配さえ掴めば、このパンゲアを自由に行き来できる。タラッサで得た情報から数珠繫ぎに六ジャンプ目。近寄ってきた魔法使いたちを四人ほど葬り、ようやっと一息ついたと言ったところか。
「フーッ……」
彼は既にヒトとしての実体を失くした。余程のことが無い限り『死には』しないが、その分"負担"が重く伸し掛かる。ピースメーカー、ノゾミ・バシュタールが奥に潜み、手数を増やしていた理由がようやく分かった。チカラにかまけ、不用意に連発していては遠からず脳の神経がやられる。
一日で全てを行えるなどとは思っていない。今は少し休もう。手近な岩を腰掛けにし、息を吐く。
これで良い。これでいいのだ。自分は何も間違っていない。何度も何度も呟いて、咀嚼した台詞を頭の中で反芻する。
「いたぞ!」
「思った通りだ。休息もなしにこんな虐殺を続けられる訳がない」
フィルの視界の外かや声がする。彼は"目を凝らし"、遥か遠くのそれを睨む。幾重にも引かれたグリッド線の世界の中、赤青の群れが空を飛びこちらに向かって来ている。
「ンだよ、休憩くらいさせろっつーの」
本来の視界でも捉える事ができた。鳥めいた羽根を背に生やした人間たちだ。目算でおおよそ百。次の街・デスピナの住民じゃない。連合軍か? 自分を殺すための、そういう人間を召集してきたのか?
「もう逃さないぞ! パンゲアを壊す悪党め!」
「今ここで死に晒せェ」
荒野の乾いた青空を、翼の生えた人間たちが埋め尽くす。手に持つのは杖と槍。また魔法か。懲りない奴らだ。
「来たれ疾風よ! 我らが元へ!」
「我が内に宿りし炎よ! この血潮を糧とし現出したまえ!」
「湧き出ろ水よ! 悪しき者共を洗い流し給え!」
それぞれ別の方向から、複数人による風・炎・水のチカラがフィルを襲う。同時となるとサマエルの時と同じか? 確かに似てはいる。けれど規模が違う。それぞれが混ざり合い、『嵐』となって周囲の赤土を巻き込んでゆく。
「「「パンゲアを荒らす悪鬼め、我々の力で砕け散れ!」」」
圧倒的な個には数を。成るほど理解できるし、実際脅威でもある。空間移動や強制削除を使うには休息が足らない。モロに喰らえばばらばらに分解されてしまうだろう。
「ハ。ははは。お前ら、もう完全に勝った、って思ってるだろ」
それでもなお。フィル青年の目に焦りはない。劇的に快復した様子もない。何故笑っていられる?
「お前らごとき、オレが手を出すまでもないってこと」
フィルは両手を背に向け、円を描くようにぐるんと一回転。暴風の外に大きな大きな孔が開く。
――bang! bang! bang!
暴風を維持する炎、水、風に綻びが生じた。燃焼は弱まり、雨量は削られ、風の勢いはどんどん落ちてゆく。
「抵抗者は自分たちだけだと何故思った? 蹂躙するオレが悪だとどうして言える?」
孔の外から荒野に向けて放たれたのは、細長く先の尖った狙撃銃の弾丸だ。百集められた連中の実に三割が野鳥狩りの獲物めいて堕ちてゆく。
――bang! bang! bang!
孔を抜け、銃を手にした一団が押し寄せる。その数実に二十。かつてのフィルのような少年から、くしゃくしゃのヒゲを生やした老人まで。集まりに節操がない。
「な、何だ貴様ら」
「銃を……?! なんでこんなに」
彼らは、それまで手にしていた狙撃銃を床に放り、ホルスターに収めた散弾銃を手にし、構える。かの連合軍に頭目はいない。皆、横暴な征服者を殺すために集まった上下のない義勇兵だ。
故に。何か騒乱が起きた時、全体を俯瞰できる人間はいない。想定外の反撃を喰い、勇敢なる百の戦士たちの群れは蜘蛛の子を散らすように崩壊し、十分と保たずその総てが骸となった。
「マイ・ロード。御命令通り始末致しました」
「また一歩、我々の望む未来へと近づきましたね、マイ・ロード」
「おい、ロードはよせよ。オレぁそんなガラじゃあねえ」
彼らはフィルに見出され、自らの意思で彼に従うと決めた者たちだ。フィル程じゃないにせよ、魔法の才に恵まれず、このセカイで爪弾きにされた者は大勢いる。
そんな男がピースメーカーという団体に至らしめ、今もなお他の連中を殺して回っている。才無き故に日陰で過ごさざるを得なかった者たちにとってフィルの存在は希望だ。銃を与えられ、彼の為なら命さえ投げ出す『配下』と成った。
「マイ・ロード、次はどこを潰すんです?」
「我々は貴方のしもべ。なんなりとお申し付けください」
彼らはあるじをロードと崇め、恭しく頭を垂れる。青年フィルはこれを無感情に見つめると、踵を返し彼らに伝える。
「どこだっていい。魔法を振りかざす前時代の遺物は全部潰す」
●親愛なる読者の皆様へ●
このおはなしは残り三話で完結となります。順当に進むと完結が10月にもつれこむのですが、連載初期の空気感に立ち返り、来週から部分的ではありますが、ほぼ日掲載に戻させていただきます。
具体的には、
9/19(火)、90話掲載
9/20(水)、91話掲載
9/21(木)、92話(最終回)掲載
というスケジュールとなります。多少変則的となりますが、最後までお付き合いいただけると幸いです。




