フィフティ・フィフティ
起承転結の結の部分。そんなこんなで旅はまだまだつづきます。
「何か――、言い残すことはあるか?」
五人のうちおじさんの真横に立つ屈強な男が、手にした蔓をぎちぎちと捻じりながらそう問い掛ける。あれは情けか? たぶん違う。ニタニタと卑下た笑いを浮かべるあの顔に、慈悲なんてものがあるとは思えない。
「そうだな……。ひとつだけ言わせろ」おじさんは額に脂汗を滲ませ、それでも負けるもんかと笑みを浮かべながら。「誰が何を言ってこようが、俺は俺の人生を曲げる気はない。一度きりの人生だ、したいことは自分で決める」
すべて言い切った後、ボクの方を向いたように見えたのは、果たして偶然か意図したものなのか。まるで、今ここで死ぬつもりなどないと宣うような。末期の祈りにしては不可思議な決意表明。
「ハッ、今から死ぬ人間が何を言う」
そうだよね、ボクもそう思う。あのおじさんの考えていることがわからない。あんた今殺されようとしてるんだろ? なのにこの先の展望なんて語ってる場合かよ。
(いまここに、何発ある?)
右腰に下げた拳銃に手を触れ、考える。結局貰って撃ったのは一度切り。弾倉に残っているのはあと五発。もう一度あちらを見やる。一、二、三、四……。向こうの数も五人きっかり。
魔法の威力は、術者の集中と脳の疲労度合いに左右される。倒せなくとも、集中を乱せさえすれば――。
(待て、待て。何を考えてる)
もうボクにおじさんを救ってやる義理なんてない。助けてくれとも言われてない。放っておけばいいだろうが。撃ち仕損じたらどうなる? ボクまで見せしめの処刑を受ける羽目になる。たとえ助け出したとして、あのおじさんはきっと感謝なんてしないだろう。
(あのヒトはもう他人だ。関係ない、関係ない、関係ないッ)
何度も。何度も、口にしてそう自分に言い聞かせ。絞め殺されゆくおじさんに背を向ける。背を向けて、向けて――。
「あ〜〜〜〜っ、もう!!!!」
三度目に振り向いたその時、ボクは腰に提げた銃を抜き、撃鉄を起こしていた。おじさんを絞殺すべく、全員が彼に注意を向けたその瞬間。左端で魔力を込めていた男の頭に紅い『花』が咲いた。
「な、なっ!?」
「ちきしょう、誰だ? 何しやがった!?」
不思議だ。これがやばいことだと解っているのに。怖れらしい恐れを何一つ感じない。店長を撃った時と同じだ。世界の全てがスローモーションに見える。まるで自分が自分じゃないみたい。
(遅いなあ)
あちらが木の魔法を使うより、ボクが引き金を引くほうが早かった。下がった撃鉄を再び起こし、的に狙いを定めスイッチ。
「あのガキ! 舐めた真似しやがってェ」
紅い花がふたつ、みっつ、よっつ。流石に向こうも気付いたらしい。ターゲットをボクに向け、植物の蔓を解き放ってきた。
構うもんか。狙いを奴の胴に据え、残る一発を解き放つ。時間差で、これまで放った四発分の反動が腕に届く。握り込む手が痺れ、頼みの拳銃を取りこぼす。こうなれば抵抗の術はない。ボクの身体は遅れて来た蔓に絡め取られた。
「ブッ殺す! 手前ぇら全員に俺様の凄さを思い知らせてくれるゥ」
向こうは勝ったと思っているんだろう。奴の注意はボクの方で釘付けだ。それがどれだけまずいことかを理解せずに。
――BANG!
「へ……え?」
次の蔓が出るより早く、頭目の頭が潰れたグレープフルーツに変わった。ボクに注意を向けるってことは、今の今まで自分たちが拘束していた男を解き放つってこと。あのポンチョの中に、銃を大量に隠し持ったあのおじさんをだ。
「注意一秒怪我一生――ってか。散々とコケにしてくれやがって」
仰向けに倒れた頭目と逆に、おじさんは首元を緩めるような仕草をして立ち上がる。
憤怒に燃えたその瞳で、苛立ち交じりに首元へ一発。向こうが死んでいることは承知の上だ。ボクが言うのも何だけど、タチが悪い。
「よォウ小僧。よくやったな。最後の詰めでしくじったが……後は満点。褒めてやるぜ」
助けられた時だって上から目線か。何様のつもりだよあんたは。もう我慢できない。落とした銃を拾い上げ、あいつの顔に向けてやる。
「オイ。何の冗談だこれは」
「どうもこうも。弾はもう一発残ってるぜ」
手のしびれはもう消えた。呼吸の乱れもない。たとえ抵抗してこようが、先に脳天に撃ち込む自信はある。
「いいか。ボクはお情けで助けたんじゃない。ギブ&テイクだ。解るか」
「何が言いたい」
おじさんはポンチョの中に手を入れこそすれ、動かす気配はない。取り敢えずは大人しく話を聞いてくれるらしい。
「悔しいけど、あんた無しじゃ出来ないことが多すぎる。母様を捜すこの旅で、あんたを失う訳にはゆかない」
ボクらは対等であるべきだ。ボクがいなけりゃあんたは今もあのタコ部屋にいたんだからな。だから――。
「これは契約だ。死にたくないなら、ボクを母様のところまで連れてゆけ。それまでずっと一蓮托生。稼ぎは全部フィフティ・フィフティ。じゃなきゃ」
今ここでその頭を吹っ飛ばす。強く出過ぎただろうか? いや、奴には強く出なきゃ駄目だ。舐められたら一生頭が上がらなくなる。
「ハ。は、は、は。言うじゃねぇかクソガキ」
口調こそ荒いが、その笑い声には喜色が混じってて。「連れてゆけ、ね。上手いことを言う。契約履行の為にゃ、お前を絶対に守らなきゃ行けない訳か。ふざけてやがって」
有り体に言えばそうなる。顔には決して出さないが、内心正直落ち着かない。こんなに利のない契約、まともな奴なら命が懸かってたって請けないだろう。
「オーケー、お前の勝ちだ」けれど、おじさんは懐にしまった銃を捨て、ひらひらと手を振った。まるで、もう抵抗するつもりは無いとでも言うように。
「どうせ死ぬなら、やるだけやって足掻くに限る。けどなぼうず、俺だって『大目的』は捨てないからな」
このおじさんには過去の記憶がない。キャラハンって名前も適当につけた仮の名だ。自分が何で、本当は誰なのか。それを知るまで彼は前に進み続けるだろう。それはボクにだって止められない。
「いいよ。それで妥協してやる」これ以上交渉することに意味はない。拳銃を腰に戻し、彼のもとに歩み寄る。
「生意気な小僧め。契約はしたが、俺ァ足手まといは御免だからな」
言葉自体は苦々しくとも、彼はボクの差し出した手を握り、契約はここに成立。十二のガキとおじさんひとり。目指すは電子世界の果ての果て。見てろよ母様、必ずあなたの元にたどり着き、この不自然な容姿を直させてやるんだからなっ。
※ ※ ※
「ここが、現場か?」
『そのようです』
主が不在となり、買い手が付かず放置された宿屋の中に、わざわざ足を踏み入れる者がふたり。ひとりは高貴な法衣に身を包んだ女性。もうひとりはその臣下と思しき古ぼけたゴーグルで目を覆い、カーキ色の外套を翻す初老の男性。
彼女たちが注目するのは眼下にある遺体だ。頭部が潰れたトマトめいて弾け飛んでおり、返り血の殆どは既に01のノイズとなって風化しかかっている。
『如何なる魔法の残渣も読み取れません。間違いないかと』
「"禁忌破り"。銃使いが現れたか、久方振りに」
法衣の女性は苦々しくそう呟くと、人差し指と中指をこめかみに当て、幾重もの紋様をそこに描く。魔力を用いた遠隔念話だ。
「"ピースメーカー"全団員に告げる。禁忌破りが現れた。見つけ次第速やかに排除せよ。繰り返す、見つけ次第、排除せよ」
このパンゲアにとって、何より重用されるべきは魔法。銃はその真逆にある忌むべき武器。彼女たちはパンゲアの秩序を守るべき組織の一員。フィルとキャラハンがこの事態の重大さを知ることになるのは、もう少し先のお話――。