司祭様の命令は絶対!絶対なのッ
私事になりますが、ようやく本作品の書き溜めが最終回に達しました。このおはなしは残り六話ほどで完結となります。
終わるんですか? おわります。
というわけで、大詰めのおはなしをどうぞ。
◆ ◆ ◆
「無茶苦茶よ、こんなの」
どちらに使うか、あなたが決めて。カナエ・バシュタールが念押ししていたその理由がようやくわかった。
アルカディア・コード。手にした者はパンゲアを自由に出来る万能のチカラ。あたしは今、そのチカラ同士がぶつかり合う様を目にしている。
両雄並び立たず。片や大義、片や支配からの脱却。交わらない道の果てにあるのはどちらかの死のみ。
決めなければならない。現状維持かその打破か。決定権はあたしの手の中にある。
「やってやる。やってやるわよ」
外套越しに二人を視る。まだどちらもあたしの存在には気付いていない。チャンスは一度きり。迷いを捨てろ。後のことなど考えるな。この一撃に、すべてを懸ける!
※ ※ ※
『この……パンゲアに群がる虫ケラごときが!』
奴の錫杖が虹色の光を帯びて。光波の接触したところがどんどん無色透明の空エントリに変えられてゆく。少し前までは当たるまいと苦心していたが、今はもう脅威でさえない。
「その虫けら一匹始末できないアンタはなんだ」
"凝らした"目で次の軌道を予測し、ショートワープで軸変更。敵の光波を寸でで躱し、左手で作った輪っかに銃口を突きつけて、狙いも付けず弾を叩き込む。
――BANG!
『ぐぉ……っ!』
もう驚きさえしない。ノゾミ・バシュタールは"また"アタマを撃たれて大きく仰け反り、一秒ほどのラグを経て再度起き上がる。
――BANG!
これでもう二十四度目だ。直でアタマを狙おうが、機関銃で穴だらけにしようが、奴は構わず立ち上がってくる。
『こんなもので……えふっ、もので……負けておふぅ、なるものか……うぇお。私は、わたくしは……にゅ、ふふ』
――BANG!
「我慢比べって言ったのはボクだけどさ……」
奴の命は無限じゃない。クスリの過剰投与でまともに言葉も介せなくなっている様がその証拠。だからこの猛攻は間違ってない。地道に続けりゃいつかは終わる。
『ま、だ、ま、どぅああああ』
けど、それはいつだ? しつこい。しつこすぎるぞノゾミ・バシュタール。ボクが言うのも何だけど、あんたにはもう勝ち筋無いだろ。粘ったところで無意味じゃないか。
『パンゲア、あ、は、あ……お前のヨ、ぉ、を、うな……者には、わ……WawaWaたさない』
二十五回目。もう無理だって、諦めて死んでくれないか。なんて言ったって聴いちゃくれないか。いい加減にしてくれよなァマジで。
『渡さないと……言ったでしょ』
二十ろ……動きが、変わった? 今の今までクスリでグチャグチャになってた奴が、生きた目をしてこちらを視た。何だよ。これからお前に何が出来るつーんだ。ふざけやがって。
「いい加減に、くたば……」
れっ?! 奴の姿が視界から消えた。指で作った丸の、その中から奴の右手が伸び……伸びて――。
『私の、皆のパンゲアの安寧を穢した大罪人。貴方のような人間がこの楽園に居座って良いはずがない』
油断した。コードの使い方では向こうに一日の長がある。思いさえすれば何だって出来るのだ。ワープの射線状に自らを巻き込めば……。
『貴方は! この惨状を見て何も思わないのですか! 貴方のその勝手極まる振る舞いが、ピースメーカーの、いいえこの世界に住まう総ての人々の楽しみを奪うとは考えなかったのですか!』
おかしいぞ。なんか妙だ。手前勝手なその言い分に、反論のひとつも出て来ない。言うのが躊躇われるとか、そんなちゃちなものじゃ断じて無い。
『貴方の存在そのものが罪。銃なんて野蛮なものをこの聖域に持ち込むこと事態が非常識。この世界に住まう三十億のユーザーの為にも、その罪、貴方の命を以て贖いなさい』
なんで。なんでだ。悪いだなんて考えもしなかったことにココロがめちゃくちゃ動かされている。
『悔いる気持ちがおありなら。申し訳無いという気持ちがあるのなら。今ここで懺悔なさい。どうすべきか、貴方には解っているはず』
奴に向けて狙っていた筈の引き金が、いつの間にだがボクのこめかみに向けられている。『向けられて』? そうしたのはボクだ。ナンデ? 自分でもわからない。なんだ。なんなんだこれは。
『さあ、その引き金を引くのです。貴方という罪の幕を引きなさい。さぁ、さぁ。さあ!』
解ってきたぞこの感じ。最後の六騎士が言葉責めから死を選んだあの瞬間。これが奴の能力か。見咎めた相手の心に干渉し、罪悪感をグンと引き上げる能力! 全力でこいつのことを憎んでいるボクにさえ効果抜群だとは恐れ入る。
クソっ。ふざけんなこの野郎。ボクはお前の支配を崩そうとしてるんだぞ。お前に迷惑してるからこうしたんだぞ。だのに、自分自身で幕を引けっておかしいだろ! こんなトンチキ通る訳がない。訳がない、のに!
「はい。かしこまりました」
駄目だ。腕に力が入らない。アタマの命令が腕に回ってこない。これがテッペン。ノゾミ・バシュタールの真の力。成る程、こんなのがあれば、パンゲア内のユーザーを総て従えるのは容易いか。
畜生かしこまりましたじゃないんだよ。この手を離せ手を! 言ってもボクの手なんだけど! 自分の手が自由にならないこの気持ち悪さは何。
『さあ。ひと思いに』
「わかっております」
ほんの少し、抗えているのは同じコードの保持者故か? だからって大して変わらないんだけども。ふざけんな。こんな間抜けに終わってたまるか。動け、動けよボクの腕。その銃を下ろすんだ。そんな気はさらさらないんだ。無いんだって言ってんだろ!!
ああ。もう駄目なのか。息巻いて戦って、ようやく追い詰めたってのに。こんなふざけた逆転許して死ななきゃならないってのか。
『私は平和の使者。このパンゲアに秩序をもたらしたのは私。皆の笑顔を守ったのも私。貴方はそれに楯突く悪辣な羽虫。羽虫は羽虫らしく』
――ぶっ潰れろ、って言いたいの?
右手にかかる圧が消えた。銃口をボクではなく奴に向けてSHOOT。奴の身体が大きくぐらつく。
一体何が起きた? 視界を少し横に反らす。もう回復しつつあるノゾミの首筋に、今まで見たことのないナイフが突き刺さっているのが見えた。
「そりゃこっちの台詞よ。パパとママの仇。あんたが今、ここで死ね」
"目を凝らす"。ボクとあいつ以外誰もいないと思ってたこの場所に、別の赤が居座っているのを見咎めた。
「ガキンチョ。これで貸し一つ。いや……今までの全部チャラってことで良いわよね」
「お前」
フードのようにしていた部分をはね上げ、見知った顔が生首だけとなって現れた。いや、首だけ浮いてるのとは違うか。この声、この顔には憶えがある。その『マント』はそういう装備か。そう簡単に死ぬような奴じゃないと思ってはいたけど。隠れて様子を窺っていたってわけか、ビッキー。
「神様気取りでパンゲアに居座って。どう? アンタの持ってたそのチカラ。全部無くして使えなくなった気分は」
あの理不尽なプレッシャーが消えた。ビッキーが持ってたあの短剣のせいか? 彼女は"わかってて"そうしたのか? コードのチカラが丸ごと消えてなくなるアイテム――、もしボクに向けられていたならば。
『その、穢らわしい手をどけろ』
なんて、考えている場合じゃなかった。コードのチカラを奪われたとしても、奴にはまだ残機がある。使わなくなっただけで武器だってちゃんとある。
「え」
自分のことじゃないからと注意が散漫になっていた。追い詰められた鼠は猫をも噛むという。今が正しくその時だ。
ビッキーの身体が、胴を境に真っ二つにされる様を。ボクはただ視ていることしかできなかった。




