ノゾミ・バシュタールという女
さあ、のこり十話だ!
頑張れ自分!
「そうかい、そーかい。そこまで言うか……」
教壇と像を浮かし、その前に立つあの女。白を基調とし、脇や腰に青の差し色の入った法衣。頂点だからって華美な装飾や不自然に金を散りばめるようなことはない。
そういう信条――、いや『性格づけ』か? いずれにせよ腹が立つ。教義に交わらないやつは皆虫けら扱いか? 敵なんか誰もいないって感じの涼しい顔。さっきまでキレてたくせに余裕ぶっこいたあの態度。何もかもが気に食わない。
「悪いけど。あんたの作った理想郷にボクの居場所はない。居場所がないなら切り拓いて作るまでだ。あんたがずっとそうしてきたように」
どんなに言葉を取り繕おうと、奴が気に食わないものを駆逐して、我を通したのは事実だ。だからボクもそうする。ボクたちの間に話し合いなんて余地はない。
『ふふ。可愛らしいことを仰るのですね』
対して、向こうは余裕綽々と言ったところ。ボクの決意をお上品に鼻で笑って返しやがる。
『あなたが何をしようが私の時代は揺るがない。コードに選ばれたとはそういうことです』
それでも警戒はしているのだろうか。奴は後ろで手を組み、尋常ならざる殺気を発し始めた。
『とは言え。野放しにしておくわけにも行きません。我が同胞、我が下僕、正道六騎士を殺したその罪、この場で贖っていただきます』
"来る"! 即座に"目を凝らし"跳び退く。ボクが跳んだコンマ二秒、それまで足を置いていた地表が半回転し、勢いよく右端のステンドグラスに叩き付けられた。
(全部が全部下に落ちてくチカラの応用か?)
着地先で銃を構えんとするも結果は同じ。奴の立つ教壇以外の地面が、不規則にぐちゃぐちゃに蠢いている。
『さぁ、撃ってごらんなさい。撃てるのなら、ですけど』
性格の悪い奴め。これじゃあどうしようもないじゃないか。それを知ってて笑ってやがるのか。
「ボクを、舐めるなよ」
"目を凝らし"、スローをかけて飛び渡る。確かに、足場がなきゃ狙って撃つなんざ不可能だ。けど、動いてたって足場くらい確保出来るんだぜ。不規則な挙動を繰り返す床を渡り、動きの遅いものを探し出す。
(あった。これだ)
この挙動。全部が全部、頭使って動かしてるものとは思えない。早く動くものもあれば、のっそりとしか動けないものもちらほら。ただ単に地面を奪い、ボクに銃を使わせないようにしているだけ。
なら、強引に足場を作ってやるだけだ。ここまで遅くなっているなら、多少軌道が逸れたところで何も怖くない。外套からスナイパーライフルを引っ張り出し、奴のど頭に狙いをつける。
――BANG! BANG! BANG!
一発でもドラゴンの鱗に食い込む弾丸を続けざまに三発。『床が動く』。これ以上の連射は無理か。頭痛に顔をしかめながら"凝視"を解除。時計の針が元に戻り、弾丸が奴目掛けて一直線に突き進む。
「あ、れ……?」
突き進んだ、はずだった。なんだこれはどうなっている? どうして奴のど頭を狙った弾が、ボクの背後のステンドグラスを撃ち貫いているんだ?!
「効いて……ない?」
そんなワケあるか。こちとら頭痛で苦しんでるんだぞ。歯を食いしばって再度"目を凝らし"、場所を選び、弾丸を同じように叩き込む。
『おやおや。どうなされました? 私はいつでもWELCOMEですが』
どこまでもムカつく女だ。全部が全部明後日に飛んでった弾の場所を人差し指で指しながら、ボクに挑発的な目を向ける。『そういう』カラクリありと見て良いか? アイツが操作する事象ってことだよな? くそっ、落ち着いて考えることさえ出来ない。一箇所に留まれない。
『逃げ回るばかりですか。それでは私から、往きましょうか』
ノゾミが右手を背に回した。握っているあれは『束』か? 白色の魔力が注ぎ込まれ、身の丈程もある刀身が出来上がる。
『参る』
目の前で剣を構えてそう呟き、ノゾミ・バシュタールの姿が消えた。いや、もう捉えてる。懐に潜るまでが早い。
(くっ……!)リスクを恐れて勝てる相手じゃないか。再度スローモーにし、向こうの動きを、筋肉の流れを読む。間一髪。あとコンマ二秒判断が遅かったらやられていた。今度はこっちの番だ。こんなに迫ってきたんなら、後は拳銃で……でッ!?
(指が……ない?)
完全に避けきったはずなのに。左手の小指と薬指が消えた。遅れてくる激痛。眼前には剣を振り上げ、二撃目を放たんとする女の姿。
『あら。そんな事もできるのですか』
死にたくない。死んでたまるか。無我夢中に手を振って、背中側に出来た孔に転がり落ちる。
気が付くと、ボクは大聖堂の入口付近にいた。目線の遙か先には憎きノゾミ・バシュタール。一体ナンデ? 今ボクは何をした?
(空間圧縮……)
前に向けて放てるなら、そりゃあ後ろにも出せるよな。無意識のうちに空間の孔を造って、奴から距離を取っていたのか。死にもの狂いでこんな事ができるなんて。
(いや、驚いてる場合じゃない)
またとない好機だろこれは。向こうに対応される前に一発を食らわせろ。"目を凝らす"。ワイヤーフレームと青と赤の世界、ボクが青、あいつは赤。『空間圧縮』さえあれば飛距離なんてもの関係無い。デザートイーグルを取り出して『縮め』、狙いを定め、引き金……を……。
――SWASH!!
『まァ、どうなろうと関係無いのですけども』
あ、あれえ。おかしいな。ちゃんと引き金を引いたはずなのに。
この痛みはなんだ。どうして右腕が自由にならない?
「なんじゃ……こりゃあ……」
ひきょうにも程があるだろ。ここから上まで何メートルあると思ってんだ。いや、魔力で出来た刃ならそれも可能か?
刀身がぐんと伸びて、ここまで届いた。うん、ワカル。よくわかる。だから引き金を引く前に潰されたと。わかる。
じゃあ、今ボクの腕は。銃を握った右手はどうなった?
「う……ぅお……ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ」
右側が。肩口から先がない。斬り裂かれ、宙を舞い、蠢く床の中に消えた。
全く反応できなかった。いつの間に……なんで……!?




