少年よ、我がままに生きろ
どうやら本日で連載からきっちり一周年らしいです。これまでのご愛顧ありがとうございます。
見ての通り、そろそろ諸々の風呂敷を畳んでおります。秋くらいには終われ……る、かなあ……。
◆ ◆ ◆
「フーっ……」
頭が割れるように痛い。バイザーをはね上げ、現実世界のカビ臭い空気を肺の中に取り込んで、ゆっくりと吐き出す。
なんとなく解っていた。"あれ"は人類が持っていていいチカラじゃない。能力を使えば使うほど、パンゲアに留まれる時間は短くなってゆく。
「奴も、こんな気分だったのかな」
ピースメーカーの大司教。ノゾミ・バシュタールとか言う女。パンゲア内部に数十万の信者を従え、あそこの王として振る舞うイキリ野郎。
奴はボクなんかよりも数段強大なチカラを持っているという。今正面からぶつかれば、間違いなくボクの方が死ぬのだと。
大司教がずっと姿を現さなかった理由もなんとなく分かってきた。『この状態』じゃ、ちょくちょく休みを入れなきゃアタマが耐えられない。
『――まだパンゲアへ行ったことの無い皆様へ朗報です。ゴーグルの無料、無料貸し出しサービスを行っております。面倒な条件は一切ございません。さぁさどうぞ。この機会に是非!』
なんて耳障りな宣伝広告車がウチの周りを通り過ぎて行った。大勢の足音が聞こえる。そりゃあそうだ。しんどい現実より幸せな仮想空間の方が楽しいもんな。
今から、その大部分のユーザーが皆殺しにされると知ったらどんな顔をするだろう。ボクには関わり合いのない話だけどさ。
「良し」エナジーバーをしこたま喰らい、トイレを済ませ。準備完了。あの忌避感や気持ち悪さはもうない。やってやるよ。やってやるとも。ゴーグルをかけ、右耳のスイッチを押し込んだ。
…
……
…………
「ああ、お客さん。良かった。着きましたよ。お代の100クレジット。ちゃんと払ってくださいよ」
「すみません。えっと……これで足りますか」
状況を整理する。目的地を目指して駆け出して、それじゃ無理だとナマカの隣町・ヒイアカで馬車を借り、取り敢えず行けるとこまでと乗った所でログアウトしたんだっけ。
「はいよ。そんじゃ。お気をつけて」
幸い、カネには困ってない。正道六騎士とかいうこの世界で一番稼いでる連中から奪ったクレジットがざっと20000。避暑地に豪邸を建ててしばらく暮らして行けるくらいの額だ。今ここに母様がいなくて本当に良かった。
「さて、と」
当然、これで『目標』に辿り着けるとは思っていない。影の軍団、その主要構成員ライル・ガンパウダー。先のタイタニア襲撃事件でだいぶ数を減らしたと聞いている。
あの頭目がまだ壊滅に本気なら、地下に潜り細々と活動を続けているはず。『表』を巡ったところで奴らの下には行き着けないだろう。
(やって、みますか)
このチカラに目覚めてから、解ったことがひとつある。大抵のことは『やればできる』。どんなに不可能だと思えることでも、ボクが望みさえすればなんとかなる。
"目を凝らす"。視界全体がワイヤーフレームとローポリゴンだけになる。山を形作る積み木めいたオブジェクトと、生きたプレーヤーを示す縦長の青ポリゴン。少し先に見える三角はさっきまで乗っていた馬車か。"フィルター"を外して見て観れば、リアルとしか思えなかったこの世界も、全部ただの造り物でしかない。
「スゥーッ、フぅー……」
深呼吸で気持ちを整え、更に目を凝らす。このワイヤーフレーム世界に視界を歪めるものはない。白のローポリゴンを抜けて、抜けて、違う。こちらじゃない。別方向に目を凝らす。邪魔をするポリゴンは『無いもの』として捉えろ。ボクがいま、見据えるべきものは唯一つ。
(捉えた)
ここから目算四十キロくらい先。見覚えのある赤いローポリゴンの姿が見えた。
思い出せ、初めて銃を握った時の感覚を。ボクは『魔法』をイメージ出来ない。けれど、"これ"は魔法とは違う。得意分野だ。成せばなる。成さねばならぬ、何事も。目標の一点を強く意識。自分のカラダを、『そこ』に持っていくイメージ。
「ぬぅううう……うっ、ぉおおおおおおっ!!!」
引っ張られる! ボクの体がワイヤーフレームの世界を猛烈なスピードで横滑り。えっ、これ止まる!? ちゃんと止まる!? オイオイオイオイ、大丈夫なのか!? いいのかこれ?!
「止まれ! 止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれぇえええええええええッ」
口で言ってどうにかなるもんじゃないと思っても、そうする以外に道はない。
「見えた! 見えたぞ! もういい! いいってばぁ!!」
要は気合い、ってことなのか? ターゲットの目視と共に『止まれ』と強く念じたことで、身体が張り裂けそうなほどの勢いで急ブレーキ。
目を閉じる。集中を解いて目を開く。見覚えのない人波と、見知った童顔女の顔が飛び込んで来た。
「あなた……。どうやってここへ?」
◆ ◆ ◆
『チェンジ・ザ・ワールド! チェンジ・ザ・ワールド! パンゲア革命の日は近し! このセカイを変えるのは君たちだ。ピースメーカーの横暴にノウを突きつけ、我々の住みよい世界を創りましょう! さぁみなさんご一緒に!』
要塞都市・タイタニアから数十キロほど離れた田舎町、フェーベ。響き渡るは影の軍団、総元締めアキ・クロサワの扇動コール。これに呼応し、三桁違い賛同者たちが鬨の声を上げる。
そこに、かつての騒乱の時にいたメンバーは殆どいない。ここに集まった者たちは、皆この一週間程で組織に取り込んだ新メンバーだ。
それだけピースメーカーを嫌う人間が多いのか、影の軍団の求心力が強いのか。理由は恐らく後者だろう。ここに集い、鬨の声を上げる者たちは皆、その瞳に個々の意思が感じない。
(うーん。これってえ……わたし、居るとこ間違えたァ……?)
ライル・ガンパウダーは数少ない、自らの意思でここにいることを選んだ女だ。いや、選んだと言っていいものか。自由に銃を作って良いと言われてついて来て、成り行きで一斉蜂起に参加し、終わった後は他に居場所もなく居つくだけ。
断って逃げる? アキは別にいいよ、自由だしと容認してくれるだろう。だがその取り巻きたちは。この自意識の限りなく薄い連中はそれを許すだろうか? よしんば抜けられたとして、そこから何処へ行くというのか。ピースメーカーはこの世界の『ふつう』だ。そこから外れた人間を迎え入れてくれる奇特なコミューンが"まだ"あるとはとても思えない。
『オーゥライルちゃん。元気がないねえ。悩み事かい』
「えっ、あっ。いや……なんでもない、です」
不思議だ。どうして今まで、このヒトを不気味だと思ったことが無かったのか。特徴のない、誰かの上に立つような覇気も無い。ただ自由を標榜し人々を高揚させるだけ。そんな人間を祭り上げて、何も思わなかっただなんて。
『よぉし。じゃあみんなご一緒にぃ。チェンジ・ザ・ワールド! チェンジ・ザ・ワールド! 奴らピースメーカー消滅の日は近し! 我らがこの手でパンゲアを変えるのだぁあ』
でも。なんか。こうして話を聴いていると。細かいことなんてどうでもよくなって来る。それじゃ駄目だと思うのに。不信感を安心感が塗り潰して来ようとする。
(待って。なんなのこれ)
今の今まで疑問にも思わなかった。どうしてこのヒトの声には安心感を感じるの。老若男女が信じるの? 心の内にするりと入ってくるこの感覚は何? アキ・クロサワは本当にヒトなの? ヒトじゃないんだとしたら、カレは――。
「止まれ! 止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれぇええええっ!!!」
そんな疑問も圧し潰されて消えようとしていたその時。眼前に現れた無数のブロックノイズがライルの心をかき乱す。ここは密室、入り口はずっと後ろ。壇上以外は人でみっちり。なのにヒト? なんでヒト?!
「あ、あなた……。どうやってここへ?」
見覚えがある。ピースメーカー支配下にありながら、銃を使うことをやめない傾奇者。かの騒乱で肩を並べたあの少年だ。あれからとんと姿を見せなかったが、彼もまた生きていたのか。
「アー……。うん。足はついてる。生きてる。オーケー、うまく行った」
手を握っては開き、足を軽く振ってみたり。まるでアスリートの準備運動めいた挙動を見せ、少年はライルの顔を見咎める。
「んなことはどうだっていい。お前を捜してた。ボクの元に来い。アンタのチカラが要る」




