裏切り者には死あるのみ
※ ※ ※
「何よ……なんで反応しないの!?」
祝詞は完璧だった筈だ。だのに何故チカラが宿らない。あの輝きは何だったのか。もしや、これそのものがフェイクだったとでも言うのか?
「やっぱり――、駄目だったわね」
まるで、最初から失敗すると分かっていたような物言いだ。カナエはビッキーから『本』を奪い取り、淡々と彼女に告げる。
「全てのユーザーが恩恵に預かれる訳じゃない。コードのチカラを操る事ができるのは、相応に素養を持った者だけ」
「素養……って、何よ」
「さあね。少なくとも、私が見てきた中じゃ、ノゾミ姉様以外に扱える人間はいなかった」
だから、自分が強奪したとき何もしなかったのか。嫌な奴だ。ビッキーは苦い顔でカナエを睨みつけるが、向こうは意に介さない。
「遊びは終わり。さあ、早くこれを破壊するわよ」
「わぁった。分かったわ……。もうどうでもいい」
手にしたところで何も起こらないのではしようがない。諦めてカナエに全て委ねようとした、まさにその時。
『そうねぇ。遊びは終わり。あんたら、姉様相手にオイタが過ぎるんじゃあないのぉ?』
声がするまで気付かなかった。外套を目深に被った見知らぬ女が、音もなくビッキーとカナエとの間に挟まっている。
「早……!」
カナエは彼女のことを知っている。彼女の持つ固有能力をよく知っている。飛び退く判断があとコンマ二秒遅ければ、ようやくと手に入れたコードは奴らに奪還されていた。
「ちょっ、何よ何なの!? どこのどいつ!?」
「タマエ・バシュタール……。私の妹、姉様の忠実なしもべ」
バシュタール。それだけ聞ければ脅威度はお察しだ。このパンゲアを実効支配する者の一族。そのアタマが直接、自分たちを狙ってくるなんて。
『姉様ってばホント無用心。死んだふりしたくらいであたしたちの目を誤魔化せると思ったわけぇ? そっから先の行動ぜぇんぶ、うちらに筒抜けだったんですよぉ〜』
そんな状態で泳がせていたということは、狙いはやはりこのコードか。愚策を悔やむ時間すら惜しい。急ぎ逃げ出さんと駆け出すが、その足がこの廃屋から出ることはなかった。
「ぐ……うっ!」
『痛恨の極みですよカナエ様。貴方ほどのお方を処刑しなきゃならないとは』
白い外套でも覆い尽せない体格の良さ、威圧感のある低く響きのある声。彼が右掌をかざした瞬間、カナエの全身から蒼い炎が噴き出した。
「イ、ザ、ク……!」
『ノゾミ様の命令です。大人しく罰をお受けください』
大司教ノゾミ・バシュタール配下の最高戦力・正道六騎士がひとり、処刑人イザク。如何にカナエが高位の存在とはいえ、彼の人体発火現象からは逃れられない。
「ぐ……く……ううっ!」
即死に至っていないのは、これが『直』ではなく、遠隔で発動しているからというだけだ。二人の距離は目算で五メートル。懐に潜られ、直接触れられてしまえば、カナエの体は消し炭と成り果てるだろう。
「やめ……なさい、イザク。私が、私を誰だと……」
『ご自分で教団を抜けておいて、俺に指図出来るとお思いですか?』
イザクは心底失望したとでも言うような表情を浮かべ、嘆息する。
『あなたも、そこの女も。ここで死んでいただきます。逃げることは許されません』
身体の内より燃される感覚に恐怖を抱きつつ、割れた窓から外を見やる。おびただしい数のヒトが、この家にじわじわと近付いているのが見えた。
(まずい……!)
姉は本気だ。姉妹の情なんてものは、コードが外部に漏れることに比べればゴミ同然。信じたくはなかったが、これが現実。
「逃げて」
「はあ?」
「それを持って、早く!」
自分で破壊することはもう諦めた。奴らの手に渡すくらいなら。カナエは混乱するビッキーに『行け』と促し、彼女はそれに頷く。全身に稲妻の魔法を漲らせ、壊れかけのドアを蹴破った。
『フォフォフォ。怖ろしいのう恐ろしいのう。教義に背く者は妹であろうと無慈悲に殺す。これぞ真の平等! フォフォフォ』
人、人、人。かつてこんなにこの村が賑やかだったことがあっただろうか。
迫り来る人々に老若男女の別はない。貧しきも富める者も、皆一様に引きつった顔と意思の感じられない目をしている。
意思がないのは当然だ。彼らは実際物言わぬ死体。正道六騎士がひとり、老獪なるバベルの屍人返し。任務の遂行と裏切り者の処刑の為、六騎士を三人も放って来るとは!
◆ ◆ ◆
『ずっと待っていたんだ。ノゾミ・バシュタールの支配構造を破壊出来る逸材を。コードのチカラを行使できるプレーヤーを。私の目に狂いはない。キミならば、彼女よりも強大な使い手になれる』
さっきからずっと喋り倒しだ。後ろ足で捕まえられたまま、何も出来ないボクに対する配慮だろうか? だとしたら、ここまで傍迷惑なのもない。
両腕を翼に、右足をフクロウめいた爪に変質させたこの男は、有無を言わさずボクを捕らえ、案内すると空へと飛び立った。
「アンタさ……一体何者なのさ」
このパンゲアに於いて船がメインの移動手段である理由。重力操作や瞬間移動、鳥に変異する魔法がべらぼうに難しいからに他ならない。
火や水、土や雷、風。自らの手から発せられるものは制御も容易い。けど、そこから自分を浮かせたり、あまつさえ移動するともなると話は別だ。指先一つ、くしゃみ一つが操作に関わるほど微細なコントロールを必要とし、しくじれば身の破滅。瞬間移動なんてものは言うに及ばずってところ。教えられる人間もいないし、今使える連中は皆元からそうした素養のある奴らのみ。
このパーマーとかいう奴は。ひと一人ウェートを増やしてなお、上機嫌に笑い、凄まじき速度で西に向かい続けている。間違いなく只者ではない。
『私かい? 私はただの監視者さ。権力の一極集中を憂い、新たな才能の芽を発掘するのが趣味のね』
あっけらかんとそう話す彼の目は笑っていない。果たしてこの言葉は真意なのか嘘なのか。今は判断のしようがない。
『あまり信じてくれてないみたいだね。まァそれもしょうがないか。それはいい。けども、キミには知っていてほしいことがひとつだけある』
厚い雲を抜けての急降下。目的地が近いのか? 抜けた先に広がるのは背の低い芝生に覆われた緑の大地だ。タイタニアからどのくらい離れたのだろう。潮の香りはとうに消えている。
「ん……。んん?」
視界の端――、村みたいな場所に人だかりが出来ている。町はおろか畑もない。ヒトが集まるようなところじゃなさそうだけど。
『見えるかい。いや、人だかりの方じゃない。そこで抗う茶色だよ。キミの知り合いの女の子だろう?』
「え……」
言われてみれば。あれってもしかしてビッキーか? なんであいつが?!
『ようし。私の仕事はここまでだ』
「ちょっ!? オイオイオイオイ!」
ボクを保持する奴の右足が空中でがばっと開かれた。するとどうなる? どこにも取っ掛かりのないボクは重力に従い落ちるのみ。
『後はキミの好きにしたまえ。すべき事は解っている筈だ。運命に身を委ねるのだ。覚えておくといい、キミは――』
それ以上はもう聴こえなかった。そもそも耳を澄ませている場合じゃないんだ! 落ちる、落ちる、落ちるゥウウウ!!
「どうしろってんだよこの状況をおおおおお!!!!!!」




