お前のものはオレのもの
五日目。今週の更新はこれにて終いとなります。
バディを組むったって互いに信用できるわけもなく。じゃあ仲違いを起こすよね?
というおはなし。
「というわけ。だいたい分かってくれた?」
「ああ。だいぶ分かってきたぜ。要するに、この世はペテンだってことだな」
何もわかってないじゃないか、とぼやきたい気持ちを内に秘め、『もうそれでいいよ』と手打ちにする。
この不毛な説明もこれで五回目だ。ここは”パンゲア”の中で、今こうして突き合わす顔は電子のチカラが産み出したアバターで。キャラハンって名前はここじゃ他に四十三人もいるんだって。何をどう伝えても『嘘つきだ』と言って本気にしない。
鈍色のざんばら髪にマリーゴールドの瞳。若く見積もっても30代後半ってところのオッサンオブオッサン。今も壜に入れた酒をかっ喰らい、赤ら顔を崩さないダメ人間。正直お近づきになりたくない部類の人間なのだけど、離れて寄る辺がないのでしょうがない。
ボクの名前はフィル。ひとつきくらい前、ずっと一緒だった母様に捨てられ、パンゲアの果ての果て、場末の宿屋で『ウエイトレス』をさせられていた。
「何ぼやぁっとしてるんだ。街は近いぞ、しっかり歩けぃ」
「へぇ、へえ」
そこに現れたのがこのおじさん。名前も無ければ過去の記憶もない。助けてもらったついでに『何もないなら探しにゆけば?』と言ってしまったのが運の尽き。彼はそれを真に受けて、ボクと一緒に旅をはじめたというワケ。
「わかったよ。わかりましたってえの」
学校の教職ってこんな気持ちなのかな。物覚えの悪い子を放っておかず、何度も何度も教え伝えてゆくの。もしボクが教師だったら絶対投げ出す。というか正直今投げ出したい。面倒くさいもん。
果ての果て、エウロパスの町を出て半日。行けども行けども赤茶けた土にぺんぺん草も生えない荒れ地ばかり。おじさんの理解しなさと変わり映えのしない風景にいい加減うんざりしてきた。
「オウ、オウオウオウオウ。ガキとジジイの二人連れかよ」
「オジイチャンの介護はさぞしんどかろうねェー」
「ここ通りたいんならさァ、出すモンちゃんと出してってよ、ねえ?」
しかも、ここへ来てガラの悪そうな三人組のご登場。ひとりははちきれんばかりの筋肉で千切れた鎖を振り回し、残りのふたりは赤色の炎を手の平の上でこれ見よがしと燃やしている。
「面倒臭ェな」今もなお酒壜を傾け続け、視点がひとつに定まらないおじさんが、ボクと奴らの間に割って入った。
「よゥ。お前ら、話聞いてやるからそこに並べェ」
壜を持った手を振り、悪漢共に横並びになれと促す。小刻みに震える指先は恐怖じゃない。酔っ払い特有の禁断症状だ。
「ンだとぉ? 手前ェ誰に口利いてんだ?」
「この間合いでいい度胸じゃねぇかオッサンよぉ、天寿を全うしたくねぇのかァあん?」
「痛い目見ないと分かんねぇってんならよぉ、相手になるぜぇ!」
決して意図したものじゃないけれど。おじさんの希望通り奴らは横に並んだ。彼は満足そうにうんうんと頷き、上半身を覆うポンチョの中に右手を沈ませて。
――BANG!BANG!BANG!
撃ち始めがどこだかわからない、鮮やかな三発だった。右端が額、真ん中が喉。左端は心臓。それぞれ狙いは微妙に逸れたけれど、どれもすべからく致命傷。男たちは自分がどうなったかも知らぬまま、赤土の上で仰向けに崩れ落ちた。
「あんた、またこんな……せめて理由くらいは聞いてあげたら?」
「悪縁は断ち切るに限る」そう言ってまた壜を傾けて。「あのまま話をしといて、俺達になにか得はあったか?」
得。そういう言葉を持ち出されると弱い。損得で言えば間違いなく損。ボクひとりじゃ手出し出来ず、なすがままにされていたのは確かだけれど。
「お前にもわかる時が来る。無駄なもんは無駄でしかない」
「だからって」
「話は終わりだ。見えて来たぜ」
そりゃあ向こうからお出迎えになるくらいだもんな。町が近いのは当たり前か。おじさんが指差す方には、エウロパスよりもひとまわり規模の大きな町がある。"ガニメデ"、ね。あんなチンピラがいる辺り、治安は前のとどっこいどっこいだろうな。
「ぼうず、町だ。カネは持ってるだろうな」
「そりゃあ」電子の世界さまさまってね。店長が溜め込んでた5555クレジット、全部一枚のカードにまとめて持ち歩いてるもんね。
「良し。全部出せ」
「えっ!?」
なんだよ急に、というより早く。おじさんは音もなくボクのカードを擦り取って、自分の懐に放り込んだ。
「今丁度酒が切れたんでな。これでありったけ買い込む」
「ちょっ、なんだよアンタ!それ、ボクのカネだぞ」
「違うな。俺がやつを殺して奪ったカネだ」
「う……」
ついさっきまで、ボクは行き場のない孤児としてあの店に縛られていた。その枷を解き放ってくれたのがこのおじさん。彼がいなきゃ今もあそこに居たのは事実で、この言説を覆す理屈はボクにはない。
「お前は俺について来ると言ったな。だが、財産まで分配してるとは言ってない。カネが欲しけりゃ自分で稼げ」
「冗談じゃない、通るかそんな理屈……」
「OK、分かったのなら良い。あの大通りで合流だ。忘れずに来いよ」
「聞けや! 人の話!!」
話は終わりだと言わんばかりに踵を返し、ポンチョを揺らして町の方へと駆けてゆく。入れ子式の地獄とはこのことか。折角安月給の幽閉生活から脱したかと思ったら、今度はカネを握られあのおじさんの言いなりだ。こんなことのために決断したんじゃないというのに!
(逃げちゃお、っかな……)
支配者たる店長はもういない。奴の言いなりになって腰巾着になる道理はない。向こうは大人だ。ボクがいようがいまいが、あの図太さで楽しくやってくことだろう。
そうだ。そうに違いない。置いて行ってやる。何を言われようが構うもんか。