旅は道連れ世は情け、情け……?
四日目。序盤の導入としてはひとくぎり。
ロードムービー、やります。
「知らねえもんは知らん。だから、会いに行く」
「はあ?」
「お前が言ったんだろうがボウズ。答えを知りたきゃ探しに行けって。上等だやってやろうじゃないか。意味なく生かされたこの生命、全部使って世界の果てまで突っ走るのよ」
確かにそう言った。言質は取られてる。だけどまじで? このどこまで続いているのかわからないパンゲアの中を果ての果てまですみずみと?
「俺には過去の記憶がない。答えを見付けなきゃ、こちとら死んでも死にきれん」
うっとおしいなと思い放った一言が、期せずしてヒトの心に火をつけてしまったらしい。彼は一旦部屋に戻り、つばの広いぼろぼろの帽子を掴み取って、頭に乗せて目深に被る。
「はは、あはは。それはよかったですね。じゃあボクは」
「待てよ。旅は道連れ世は情け、だ」
「はい?」
いや、ボク関係ないでしょ?! アンタの記憶探しの旅なんか微塵も興味ないのですが!?
「嫌だ、って顔してんな」当たり前だ。「けど、お前に拒否権はねぇぜ。雇い主が死んで、孤児のお前はこの先どうする?」
「どう、って」
深呼吸で気持ちを整え、改めてこの場を見やる。そうだ、ボクは店長に一方的に虐待されていたんだった。その店長は下顎から上を撃ち抜かれ、宿の物騒なオブジェと成り果てている。
「俺がいなくなれば、公権力かなんかが調べに来るだろ。その矛先は誰に行く? 接客してたお前に乗るよなあ。借金で繋がれ虐待までされてたんだ。殺す理由は十分にあるよなあ?」
「ぐ……くく、ぐ……」あれは善意から来るものだと思っていたのに、その罪を全部おっ被せる気かよ! 畜生なんて奴だ!
「それに」歯ぎしりするボクをおじさんは、真っ直ぐな瞳で見定めて。「お前だってさ、こんなとこでくたばりたくはねェだろ。出て行きたいと思ってたんだろ」
「そりゃあ……」間違ってない。いないけど。「なんで、あんたにそれが解るのさ」
「そのツラ見てりゃあ一発さ。体裁繕ったフリして、その実全然満足しちゃいない。お行儀の良いガキだ。そうして黙ってとまってりゃ、何でも上手くゆくと思ってんだろ」
そんなに幼稚じゃないと反論したかったのに。あまりにもその通りで返す言葉を飲みこんでしまった。ボクにとって母様は絶対で、置いてゆかれたのなら粛々と従うしかないと。
「言えよ。お前の望みは何だ。ここを出て、何をしたい」
逃げたいと思っていたのは本当だ。けれどそうする勇気はボクには無かった。ずっと甘えていたんだ。ボクじゃない誰かが、母様が奇跡的に戻ってきてくれるとか、会ったこともない父様が迎えに来てくれるんじゃないかって。そんなこと、奇跡でも起こらなきゃ無いだろうに。
「俺には過去の記憶はない。だが、気の利いた言葉ならそれなりに知ってるぜ」おじさんはうつむくボクに向かい、「"まずは出来るっていう。話は全部それから"。うだうだ言う前に動けよ。若者が青春を腐らせるんじゃねえ」
誰の言葉なのか、憶えてないんだけどよ。汚らしい歯を見せてにぃっと笑って見せる。不潔で不審でヒトゴロシなのだけど、晴れやかなその顔を見ていると、なんだか無性に『なんとかなるかも』って思えてしまって。
「言ってること、めちゃくちゃだよ」行くべき道は決まった。尤も、他の道はこのおじさんがぶち壊したんだけれども。「母様に会いたい。探し出して話を聞いて、その後一発ぶん殴る。あんたがぶち壊したんだ、責任持ってしっかり連れてってくれ」
「言うねェクソガキ。気に入った。けどな」
おじさんはポンチョの中を探り、手を出せとボクに言って。
「ちょっと待てよ、なにこれ?!」
「俺は子守をやるつもりはない。自分の身は自分で守れ」
呆けたボクに持たされたのは、ずしりと重たい鉄の塊。待て待て待て、もしやこれって、さっきの銃!?
「ややや、冗談やめてよ。ボクに撃てる訳ないだろ」
「二度も言わすな。子守をする気はない」おじさんはそう言ってボクの前に立ち。「まず背の撃鉄を起こせ。そうだ、その出っ張り。次は狙いだ。片眼瞑って銃口の突起に目を合わせろ」
いやいや、ボクぁド素人だよ? 握って突いて刺してが出来る刃物じゃないんだ。
「う厶。だいたい良し。それじゃあ的は」
「聞けよ! 人の話!!」
生まれてこの方触ったことの無いモン握らせて、はいじゃあ撃てって出来るわきゃないでしょお?!
そうだとも。ボクは完全に門外漢で、おじさんは無茶苦茶を押し付けるクソ野郎。ただそれだけ。それだけだと思っていたのに。
「よぐも、よぐも、ごのおれをおおお」
背中に刺さる邪悪な圧に振り向けば、顎から上を無くした肉塊が、両腕を突っ張らせ、ゾンビめいて迫ってきている。
「うお、ぅあああああああっ?!」
撃鉄はもう起きていた。恐怖に駆られたボクの右手は、自然と『それ』へと向いていて。こき使われていた恨みから? それもある。けれど、この瞬間はほぼほぼ無意識だった。
人差し指が引き金に伸び、力一杯それを引く。胸を狙って放ったそれは下に逸れ、どてっぱらへと突き刺さる。
(なんだ、刃物より簡単じゃないか)
店長『だったもの』が腹を境に上下に離れて飛んでゆく様を、口を開いて呆然と見つめていた。恨みも怒りも既に無い。ただただ爽快だった。曇り空に一筋の日光が差すように、とても晴れやかな気分になれた。
「言ったろ。やりゃあ出来んじゃねえか」
おじさんはボクの頭をぽんぽんと叩き、『でもな』と付け加え。「着替えがあるならさっさとしてこい。その格好で旅が出来るか?」
「格好……あ」言われて目線を下に向ける。フリフリのロングスカートにヘッドドレス。そうだ、ボクは女装させられてたんじゃないか。冗談じゃないぞ、このまま外を出歩けるもんか!
「ま、ままま、待ってろよ! ボクがちゃんと男だって証明してやるからなあ!」
「そう焦るな。ゆっくり選べ。どうせもう店長は使わねえんだ。好きなもん持ってけ」
まさか、こんな形でこの窮屈暮らしから抜け出せるだなんて思わなかった。この先どうなるか、何一つわからないけれど。今はただ、この衝動に身を委ねてみたい。そう思った。
「あのさ」その前に。「そういやアンタ、名前は」
「ナマエだぁ?」おじさんは面倒くさそうに頭を掻いて、「全部忘れてるって言っただろ。覚えてりゃいの一で話してら」
「まあ、そりゃあそうなるか」自分の名も知らずになんて、おかしな話じゃあるけれど。「じゃあもう、ここで決めちゃおうよ。何かない?」
「要らねえよ。あっても邪魔になるだけだ」
「いつまでもおじさん・おじさんじゃそれこそカッコつかないっしょ。きょうが新たな門出ってんなら、景気づけに一発さ」
「なる程。一理ある」彼はそうだな、と少し唸り。「キャラハン。付けていいと言うならそれで行く」
「キャラハン?」
「俺の記憶にある中で、一番イカした男の名前さ」
最初は好かんと首を振っていたけど、名付けたその時、少しだけ表情が和らいだ。素直じゃない人だ。きっかけを待っていたのはボクだけじゃないってワケだ。
「おい」
「何?」
「ナニ、じゃねえよ。なんだこれは」
なんて言われたもんだから、言われた通りに彼を見れば。頭上に轟く『キャラハン(44)』の文字。
「俺はキャラハン、と名乗っただけだ。だとすりゃその隣のカッコは何だ。44ってのは何の数字だ」
「ああ……」
ここはパンゲア。ネット上に張り巡らされた大容量クラウド・スペースだ。現実じゃ同じ名前は同じ名前だが、コンピュータの中じゃ区別の為の番号がいる。
「同じ名前の重複だよ。おじさん、この世界で44人目のキャラハンってこと」
「馬鹿野郎何言ってやがる。俺様は俺様、他に誰がいるってんだ」
「あんたも分からないヤツだな。だから、ここはそういうシステムなんだって」
「システムもクソもあるか。解るように説明しやがれ」
うぅん。面倒くさい。この人に命を預けると決めたけど、本当にこれで良かったのかなあ。