硝煙の匂いが滲みつく女
このお話を書き始めて半年くらい経ちました。
ここまで追ってくださってありがとうございます。
今回も低空飛行ですが。
※ ※ ※
「そこの三人。名前と渡航目的を言え」
「あ……はっはっ、は。あたしたち美人姉妹とその付添。故郷のアリエルに帰るところなんですよの、おほほほほほほ」
「そうでござぁます。そうなんでござぁます」
「右に同じ」
番をする守衛のおじさんは、目の前の三人を見て不審に思ったことだろう。多分ボクだってそう思う。
「あっはっは、苦しゅうない苦しゅうない、ヨキニハカラエー」
「どうも。その……ども」
「右に同じ」
獰猛な筋肉をお嬢様ドレスとブロンドのウィッグで隠した女と、同じ髪に似たようなドレスを纏ったボク。そしてどうみても不釣り合いなタキシードを着て、ビッキーのエスコートをするおじさん(流石にまずいと髭だけは事前に剃った)の三人。余計なことは喋るなと言い聞かせ、『右に同じ』と繰り返させている。
「そうか……。解った、行って良し」
えっ、いいの通して。ボク当事者だけど。そんな節穴で務まるようなフネなの??
「ほぉらジェーン。通してくださると言ってるのよ。素直に応じなさいな。おほほほほ」
何だよジェーンって。役にハマって楽しんでる場合じゃないだろ。あんたほどお嬢様笑いが似合わないヤツもそうそういないと思うぞ。
「は、はいっルミネお姉さま」
けどもまあ、この三文芝居に乗るほか道はなく。小さく細長いチケットに印を付けてもらい、穿き慣れたスカートを翻し、『クイーン・セリザベス号』へと乗り込んでゆく。
「船が出まぁす! 船が出まぁす! チケットをお持ちの方はお急ぎくださぁい!」
船を港に括り付ける縄が解かれ、錨が上がる。出発を告げるラッパが鳴った。大きな大きな帆を張って、風を掴んで船が走る。
(遂に離れるんだな……陸地……)
母様に捨てられ、慣れない仕事をさせられたりして、いいことなんてほとんどなかったけど。それでも、地続きじゃなくなるのはなんだか寂しい。
「しっかしさ。広いわよね、海」
「そりゃあ、本物のじゃないしね」
海は広いな大きいな、なんて比喩の話じゃない。パンゲアの海は実際広く、ある意味では狭くもある。
パンゲアはどこかの誰かが用意した超・広大なクラウドサーバーで、人々はそれぞれ専用の機械を用いてジャック・インすることで入場できる。それぞれがそれぞれの想像を創造し、データ状にして置いたのが街であり、ヒトであり、陸であり海である。
ここが神ではなく人類の所業らしく曖昧なところで、ヒトやモノはともかく、陸地や海なんてものはイチから十まで彼らが創造したものじゃない。途中で飽きて後はコピーアンドペーストにしたり、そもそも入り口と出口を埋めずに放置した、なんて事案も一度や二度じゃない。
海なんかは特にそうだ。見えている地平と実際の距離は全く比例しない。場所にもよるが、泳いで大陸を横断できることもあれば、こうして船に乗り、ゲーム時間で一日・二日をかけることもある。
「で結局。どのくらいかかるの。あたし、この格好、死ぬほど嫌なんだけど」
「ご愁傷さま。危なくないコースを行くから、きょう一日は脱げないぜ」
「うえーーーーーーっ」
何度も言うが、ボクたちは密航者である。元々乗る予定だったヒトからチケットを奪い、それっぽい格好と名前を偽装したにすぎない。
ビッキーはさておき、ボクとおじさんはピースメーカーに銃持ちの人間として目を付けられている存在だ。いつもなら殺して逃げ果せればいいが、船の中となるとそうもゆかない。
「船ってやつは不思議だな。酔ってもないのにずっと視えるものがぐらついてやがる」
「いやいや、あんたしこたま飲んだでしょ、乗船前に」
対して、こちらはタキシードが何の偽装にもなってない。結んだ蝶ネクタイを早くも崩し、買い込んだ酒壜を傾けている。流石に、ポンチョは目立つから荷物トランクの中に押し込んでいるけれど。
「わかってる? ボクら一応おたずね者だから。酒はほどほどだからね。目立つような真似しないでねっ」
「お前はてめーの子どもか? 安心しろよ、俺だって分水嶺は解ってらァ」
まるで、もう懲りたような口ぶりだけど。その目は既に他の乗客――、の持つアルコール飲料に行っている。
早くも先行きが不安になるが、こうなったら一蓮托生だ。船を降りるまで、ボクたちは全力でこのおじさんを守り通さなくてはならない。
「やめなさいよ。来る前から分かっていた事でしょう。あたしたちで見張るわよ。代わりばんこで。ずっと三人一緒は目立つもの」
「はあ? なんでボクまで」
「一蓮托生っつったのはあんたでしょ。自分の言うことには責任持ちなさい」
確かに。言ったのはボクだけどさ。あの筋肉女め。脳みそまで筋肉のくせに詭弁なんてモンまで身につけやがって。
「ほら、あんたお願いね。あたし客室で休んでくる」
「ちょ……、ちょ、おい!」
窮屈なドレスを盾に休む、と責められたら弱い。むしろそれでも着てくれていることを感謝すべきだ。
「大変だなお前も。色々と」
「誰のせいだと思ってんだよ……」
何だ? 危機感を持ってるボクのほうがおかしいのか? 荒野や森でしか争ってないから感覚が麻痺しているの? ここから先は辺境の田舎とは違うんだぞ。向こうはピースメーカーの連中はわんさといるし、ボクらみたいなならず者をセッカンしようするやつらが手ぐすね引いて待ち構えてるんだぞ。今までの奴らとは格が違うんだって――。
「だっ、聞けよ! 人の話!」
「話が長い。酒が切れる。買ってくる」
くそう、何だよ。何なんだよ。お節介か? ビビりすぎだって言いたいのか? 確かにあんたら強いけどさ、警戒しとくことに越したことはないだろ!?
「あらあらまあまあ、大変ですねぇ」
「はい。歳上のこどもの面倒を見ているみたいで」
「あなたみたいなお姫様でもそんなことがあるんねぇ。ヒトは見た目に依らないってホントねえ」
うん? なんだこのお節介な声は。右に目をやれば、丸眼鏡めいたゴーグルを頭にかけた、ボクより背の低い女の子がそこにいた。
「あぁ。申し遅れました。私はライル。ライル・ガンパウダー。あまりに『良い匂い』をされていたものですから、つい」
いや、女の子……? 子? 背丈は確かに小さいが、声はだいぶ老け込んでるし、顔にはそばかす。青く長い髪をひとつにまとめて後ろに流し、ゆったりとしたシルエットの服。幼いのか老け込んでるのか判断に困る。
「あの。匂いって」
「ははは。もしかして隠してらっしゃる? それで? そんな装いで? 駄目駄目ムダですよ」
なんて、少しでもスキを見せたこちらが甘かった。平と振った彼女の手はボクのスカートの中に伸び、右足の太ももに触れる。
「ちょっ!? 何やってんすか!?」
「何よ、同じ女同士でしょ」
「そ、そういう問題じゃ」異性なんですよ、という言葉をなんとか喉元で飲み込んで。軽くなった太ももを触ってみれば。「あ……」
「ほぉら出てきた。リボルバー。カワイイ顔して大胆ね。船に銃を持ち込むなんて」
護身用にと忍ばせた銃が奪われ、彼女の手に渡った。挙動に一切の迷いがない。まるで、そこにあると解っていたかのように。これは一体、どういうことだ……?




