回想〜死、もしくは誕生の瞬間〜
ここまで敷いてきたルールからすると、最後の最後で違反になっちゃうのですが、他にまとめようが無かったので、少しいびつになっちゃいました。
そんなわけで、本編をおたのしみください。
※ 3 ※
「ブリット。私達、別れましょう」
もう何度めか分からない切り出しの言葉に、名うての賞金稼ぎはうんざりとした目で彼女を睨む。
「またそれか。後ろばかり気にしてびくつきやがって。あんたそれでも正義の執行者さまかよ」
今こうして酒を酌み交わすこの家は割符に合言葉、物理キーの三段認証を備えた本格的なセーフハウスだ。仕事仲間や馴染みの情報屋、愛娘にさえもその存在を明かしてはいない。
この稼業を始めて二十年。駆け出しから五年の歳月を費やして作った正に隠れ家。自分とカナエの他は、昨年死別した妻しか知らない代物だ。
「貴方は解っていないのです。ピースメーカーが本格的に潰しにかかったらどうなるか。私も、貴方も。距離を置いている娘さんも。あっという間ですよ」
いい女、だとは思う。敬虔なピースメーカーの信者でありながら、自分のようなちゃらんぽらんを心から愛し、変わろうと一生懸命努力している。
細くしなやかな脚が目を引くスリットミニスカートもそのひとつだ。幹部連中には『脚技を開拓したい』と言ったらしいが、実のところは自分が、『脚のキレイな女が好み』とそれとなく話したところ、その場でスカートを裂き、今の形に近付けてくれたくらいだ。
「臆病なのはいいことだ。けど、周りを気にして自分の幸せをフイにするのはおろかな事じゃないか?」
「それは……」
ピースメーカー。このパンゲアにいつ頃だかに発生した宗教団体。世界に平和と秩序を、平等を。ご立派な目的を掲げてはいるが、その実とんでもなく排他的であり、教義から外れた者には容赦しない。たとえ、それが『身内』であっても。
カナエは教団大司教・バシュタール一族の次女だ。そんな人間が自分のような卑しい人間と付き合っていると知れれば――。不安を抱くのはしようがない。
「明日よりもきょう。こんな時代だ。ゲームの中くらい、気兼ねせず楽しもうぜ」
それは間違いなくパンゲアの中の真理で。彼女も『そうですね』と及び腰ながら首肯した。
彼には見えていなかった。カナエの言葉もまた真理であり。群に対し個が出来ることなどそう多くはないと。
彼は迫りくる事態をあまりにも低く見積もり過ぎていたのだ。既に、その首に縄がかかっていることも知らず――。
※ 2 ※
「おい、オイオイオイオイ。なんだこれは。これで全部か?」
「申し訳ありやせん。どこもかしこも不景気なもんで」
「不景気、不景気だと? そんな言葉で済ませるつもりか? 冗談じゃねえ」
真っ昼間でありながら陽の光が殆ど当たらず、薄暗い部屋の一室。長机に十二・三の黒服たちが座し、それぞれ一様に手元の紙を観て苦い顔を浮かべている。
基本的に中世欧州の生活様式を取り入れ、それに倣うパンゲアの中にあって、この部屋のレイアウトはすこぶる異質なものだった。頭目とされる男の背後にはどこに接続されているわからない大型モニタが掲げられ、部屋の隅には旧世代、人類が映画を鑑賞するのに使用した映写機がちょこんと置かれている。パンゲアの『モノ』は総て想像の産物だ。きちんとカタチを思い浮かべられれば、そうした機械を持ち寄ることも不可能ではない。
「親父の代を思い出せ。このセカイは俺たち無しじゃ立ち行かなかっただろ。それがなんだ、なんなんだ! 尻込みしてすごすご退散なんてやがって」
パンゲアに『接続』された人間の死は、現実世界の死とイコールだ。力ある者はそれを受け容れているが、当然ながらそれは極少数。
ここタイガーズ・ネスト・ギルドはそうした需要に応えて立ち上げられた、言わば用心棒の斡旋サービスだ。依頼人を守る代わりにみかじめ料を請求する。うまくすれば双方Win-Winになる、はずなのだが。
「ですがボス。こうもピースメーカーからの締め付けが厳しくちゃあ」
「今やうちとて『副業』がなきゃ立ち行きませんぜ。それを奴らに睨まれたら」
彼らの仕事と、ピースメーカーの理念とが重なったのはつい最近のことだ。いのちを保証するみかじめに不満の声を上げ、パンゲア内の秩序に反すると密告した輩がいた。『そいつ』は既にバラしたが、ピースメーカーは止まらなかった。
押し付けがましい規制に苦しむ中、彼らは略奪という名の副業に手を出した。お陰でようやく収支は黒に転じたものの、その活動は『秩序』から著しくかけ離れたものとなっていた。
「ンなこたぁな、いちいち説明してくれなくったあて解ってんだよ。代案はどうした代案は! 幹部一同雁首並べてやってることは現状報告だけか? ふざけんじゃねぇ」
無論、この若き頭目とてこの窮乏が理解出来ない訳ではない。最早自分たちは時代遅れ。威光も仕事も別口を探さねばならないという事実を受け容れたくないだけだ。
『ハハ。ハハハハハ。久しぶりに来てみたが、ずいぶんと不景気そうな顔をしているね、諸君』
年相応にしわがれた声が自分のすぐ背後で聴こえ、頭目はほとんど反射的に振り向き、懐にしまっておいた『拳銃』を突きつけた。このパンゲアでは存在が許されず、所持するだけで重い罰を受ける代物。無論承知の上の所持である。魔法プラスワン、傭兵・用心棒稼業に於ける協力な『保険』だ。
『おっとォ、物騒なモンを向けないでくれたまえよ。私の顔を覚えているだろう、坊っちゃん。君のお父さんの代から懇意にしているミッチェル・パーマーだ』
「パー……マー?」改めて、相手の顔をまじまじと見つめる。浅黒い肌に黒目と白目が反転したような瞳。思い出した。確かに、父と仕事をしていたあの男だ。
「何の用だ」頭目は周囲の配下に『下ろせ』と指示をし、自らも銃を収める。
『仕事の依頼さ。カネも稼げて、憎きピースメーカーに一矢報いられる。痛快なのをね』
穏やかな口調であったが、その奥には有無を言わせない無言の圧力が垣間見えた。やれ、と直接命令されたほうがまだ親しみやすかったのだが。
「OK、聞かせてもらおうじゃないかパーマーさん」それでも、部下の手前舐められる訳にはゆかず。タフな雰囲気を取り繕って、高圧的に接する。
『何、君たちがいつもしていることの延長線だよ。この男を張ってくれ。私の見立てでは……。あと五日もしないうちに大きな仕事を果たしてくれる。その成果を横取りするのさ』
「横取り……ねぇ」
渡された写真をうんざりと眺め、頭目は余裕ぶった態度を取る。オレンジ色の髪に迸る稲妻。この業界は顔馴染みが多い。見覚えのある顔だ。商売敵のひとり。消えてくれるならありがたい。
「いいぜ。受けてやる。やり方は」
『任せるよ。荷物を奪って来てくれさえすれば』
ヤバさしか感じられないが、承けるという選択肢以外が用意されているはずも無く。彼らは旧知の仲介屋に対し首を縦に振った。
これが、御家断絶の直接の原因になろうとは。今ここにいる彼らは知る由も無い。
※ 1 ※
その日はとても冷たい雨が降っていて。コートや帽子で身体を覆っていても凍えるように寒かった。
『ねぇ、パパ。ママは。ママはいつ起きるの? どうしたら目覚めるの』
そんなもの、俺が聞きたいくらいだ。実の娘に当たり散らさずに済んだのは、妻が『親が子に暴力を振るう姿は見たくない』と何度も言っていたからだ。
妻――、ジュリアは度が過ぎる程に博愛主義者だった。争いがあれば割って入り、食事をするにも長い祈りを捧げ、幾らひどい目に遭おうと諦めない頑固者だった。生活の糧が自分の稼ぎであることは理解していたが、決して仕事に関わることは無かった。
「ビッキー。母さんはもういない。いないんだ」
とてもいい女だった。相容れない部分もあったが、そんな頑固なところが好きだった。けれど、彼女の信条はパンゲアというセカイでは限りなく無価値で無意味だ。彼女は『死ぬまで』その事実に気付かなかった。
『哀れな。不正義に加担し身を挺すなど。その生命を無駄に散らしたと分からないのですか』
ジュリアを殺したピースメーカーの使者は、手前が巻き込んでおいていけしゃあしゃあとそう言った。曰くジュリアが護ったのは『悪』であり、正義の執行を邪魔したお前が悪いのだと。
火に油を注ぎに来たのか? 上等だ、相手になってやる。稲妻を纏い拳を振るうが、向こうは当たる寸前に躱してしまう。
『無駄ですよ賞金稼ぎ。あなたが何をしようが、私には手に取るようにわかるのです』
心を読んでいるとでも言いたいか? 馬鹿にしてくれる。だったら、クタクタになるまでやってやろうじゃねぇか!
…
……
…………
『本当に容赦のないヒトですね。冗談では無かったのですか』
「バカ野郎。こちとらカカア殺されてンだ。侮辱されて放っておけるか」
言った自分もだが、半日もいなし続けられるこいつもバケモノだと思う。互いに息が切れるまで打ち合って、互いに片膝をついている。
『いいでしょう。あなたの奥様を巻き込んだことは謝ります。あれは私も軽率でした』
「今更か。今更そんな気持ちのいいこと抜かしやがるのか」
なんて凄んではみたものの。それ以上何が出来た訳でもなく。歯痒い顔で手を打った。この女が、ピースメーカーの上位能力者と知ったのはその後だ。末恐ろしい組織だ。更に強大な手駒をまだまだ沢山抱えているのか。不平不満は力で抑えつける。なる程、正義らしい在り方ではある。
『今日のところは引き上げます。もう二度とと、関わらないことを望みます』
あぁ、なるべくならそうしたい。この場はそう言って別れたっけ。カナエ・バシュタール。まさかそれが、後妻との馴れ初めだと娘に知れたら、どんな風に思われるだろうか。
…
……
…………
「オイっ、何だ……なんなんだこれは!」
「バイタルサインは確かに消えた! 奴は、もう死んだはずなのに!」
タイガーズ・ネスト・クランの黒服たちは、あり得ない光景に目を剥き、成す術なく逃げ惑う。十本目で白目を剥き、二十本目で失神しかけ、三十本目で痙攣を起こした。呼吸は止まり、脈は寸断。誰がどう見てもこの男は死んでいたと思うだろう。
『あは……アハハのハ。ヒャハアーッ!』
だが、用意された五十の映画を総て流し終えた後。奴は急に『覚醒』た。拘束を自力で突破し、ある時は獣のように壁を這い回り、ある時はボクサーめいた挙動、またある時は機械じみた精確な動きで。並み居るギルドの一団を蹴散らしてゆく。
「ふざけやがって、死んだやつは地獄に行けってんだよ。俺が、この俺が! 手前ぇをもう一度殺してやらぁああ!」
『死んだ? 違うな……』
ギルドの頭目を前にして、『彼』はようやく知性的な反応を返した。いや、それさえも反射行動か。顔をそちらに向けてはいるが、眼球は左右互い違いの方を視ている。
『産まれたのさ、今ここにな』
強靭な膂力で足元の床を破壊し、そこにぱっと右手をかざす。呪文の詠唱も何もなく、『彼』の右手に破片が集まり、別の何かへと再構成されてゆく。
「うそ……だろ……?」
賞金稼ぎ・ブリットの魔法は雷属性。肉体強化と掌底を主としたショートレンジ。依頼主からはそう聞いていたし、事実それしかして来なかった。
だが、今目の前で起こるこの事象は何だ。奴は今、割った瓦礫で『拳銃』を作り、自分の脳天に突き付けているではないか。
「なんで……お前、土の魔力を……。いや、銃、銃……? ナンデ……」
パンゲアに於いて、銃を生成し、所持することは重大な規約違反だ。それを知ってアドバンテージの恩恵にすがる自分たちはさておき、『奴』がそれを行えるなんて!
『あばよ』
躊躇うことなく引き金を引き、最後の一人に銃弾を叩き込む。如何に先細っていたとはいえ、これでは死した一族は報われまい。
突如発狂した何某に、組織そのものが殲滅させられてしまったのだから。
『寒い……寒い……』
腐っても頭目だ。他の威圧のため、自室には特に、様々なレアアイテムを飾っている。
魔法力増強の杖、いかなる刺突も防ぐ盾、一定時間飛行力を得る天使の翼――。『彼』はそれらに目もくれず、椅子に掛けられた古ぼけた外套を手に取り、自らの身体に巻きつけた。意外にも、それがこの部屋で一番高価な品だったのだが、『彼』にそうした真贋など分かるはずもない。
『俺は……なんだ? アタマが痛い……。やめろ、わめくな、引っ込んでいろ!』
賞金稼ぎ・ブリットは負った深手と、その後の拷問で確かに死んだ。それは今もなお何も示さないバイタルサインが雄弁に物語っている。
だが、パンゲアではその血肉も魂でさえも、何もかもが01の集合体だ。万に一つもあり得ないことだが――。たとえいのちが尽きたとしても、欠けた0と1を継ぎ直せば、息を吹き返すことだってある。
幸か不幸か、『材料』は幾らでもあった。フラッシュメモリにデータを書き込むように。死んで『カラ』になったその肉体に、映画という01が止めどなく注ぎ込まれたのだ。
『なにか……何かないのか……裂ける……裂けちまう……』
だがヒトと映画は別の存在だ。繋がって定着するにあたり、それらをひとまとめにした"人格"を作る必要があった。
それが『彼』だ。ブリットという存在を糧に、映画たちがそれぞれ『場面』を出し合って。ひとつになって定着したのが彼だ。
他の人格が産まれないように。獲得した存在を定着させるために。そのために酒が要ると知ったのは、ここからもう少し先のはなし。
回想なのかなんだかわからないものもこれで終い。次回からは現在時間軸、渡航編をおたのしみください。




