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【完結】ロード・オブ・ザ・パンゲア ~母を訪ねて何千里、魔法の才に恵まれなかったボクは、銃と映画でテッペンを目指します~  作者: イマジンカイザー


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回想〜俺があいつになったワケ〜

新章突入!

なのですが、取り敢えずまずは三週ほど、過去回想をおたのしみください。

※ 9 ※


「しっかしまあ。ずいぶんと手こずらせてくれたものよな。貴様に受けた頬の傷、もう動かない左腕。今となっちゃこの痛みさえも愛おしく思えてくらァ」

 床も白。壁も白。どこを向いても、白・白・白。外界からの光はなく、奥行きさえも曖昧な部屋の中に二人の男の姿あり。

 ひとりは上等な葉巻をくゆらせ、自信たっぷりに振る舞う若い男。どこかの王族めいた華美な装いをしているが、卑下たその口調からは高貴さは全く感じられない。

 もう片方はくすんだオレンジ色の髪を乱雑に刈った、四十に手が届きそうな痩せ形だ。身体の動きを阻害しない軽装の戦士然とした出で立ちで、両腕と両足の腱から血を流し、轡をされて椅子に括りつけられている。

 少し前まで荒く、強かった呼気も時と共に弱弱しくなり、ぎらりと睨むその瞳も、どこに向けられているのかさっぱりとわからない。


「放っておいても手前ェの命の灯火は間もなく消え失せる。けども、それじゃあ他のやつらは納得しないんだよなあ。お前に取引を反故にされた連中、消された札付き、そして勿論この俺。わかるよな? なあ?」

 疑問を呈す形だが、返答を期待しているわけではない。そもそも轡越しでは怒りと恐怖以外の感情など読み取れない。ただおちょくりたいだけだ。頬を軽く叩き、薄気味悪い猫なで声で己の嗜虐心を満たし続ける。

「そして俺様は考えた。カネはかかったし、パンゲアのルールに抵抗することになるが……。その分楽しめるものになったぞ。俺も、勿論お前もな」

 貴族風の男が指を鳴らすと、どこからともなく顔を異様な面で隠した小間使いたちが現れ、座っていた男の顔を上方に固定する。顔だけではない。頬から目尻に辺りにホチキスめいた金属を埋め込まれ、目を閉じることさえ許されない。

「"ブリット"とか言ったな。この世で一番の娯楽が何だか知ってるか? ここにある『映画』がそうさ。特別に楽しませてやるぜ。たっぷり五十本。片時も目を離さず楽しみな」

 目の前に置かれたのはスクリーンか。彼の背後には映写機がカタカタと音を立てており、セットされたフィルムが機を通し、記録された映像を焼き付けてゆく。

 これは映画に対する冒涜だ。映画とは人類の生み出した観る娯楽の極地であり、拷問や洗脳などに使われるべきではない。『ブリット』は抵抗の意思を示さんと首を振り、左右に肩を揺するが、満身創痍のその肉体に、この拘束から逃れる力は残っていなかった。


「死に際に映るのが虚構のかたまりとはゴキゲンじゃねぇの。あばよ薄汚え賞金稼ぎ、手前ェはもう終わりだぜ」

 混じり気なしの雪めいて白い部屋に、映写機の音と光だけがこだまする。これは夢か、現実か。いや、そんな問いに意味などない。パンゲアは夢であり現実なのだ。だから、ここで『壊れれば』肉体も朽ち果てる。

 顔と目を固定され、映画を観るしかないブリット。彼の脳裏に浮かぶのは死に別れた妻でも、その後に心を通わせた女でも、自分なりに愛情を注いだ娘の顔でもない。彼が残りの人生を懸け、ピースメーカーから盗み出した曰く付きの品――。


※ 8 ※


『答えなさいブリット。これまでの何もかもが、総て嘘だったと言うのですか』

「何もかも今更だろ。お前だって内心思っていたはずだ。出の卑しい賞金稼ぎ、そんな奴が下心もなしに迫ってくる訳がないと」

 追い詰められて行き場のないまさに崖っぷち。ピースメーカーの伝道師にして大司教の妹カナエ・バシュタールは、消耗しきって息の上がった賞金稼ぎに感情的な言葉を投げかける。

 彼女は男を愛していた。二度とない初恋だった。自分も彼に愛され、身分差を振り切り、ピースメーカーの目の届かない辺境で一緒に暮らそう、と言って来た矢先の出来事であった。


『今ならまだ間に合います。アルカディア・コードを渡しなさい。あれは一個人が持っていていい代物じゃない』

「それを決めるのはお前じゃない。まあ、俺でもないんだが」

 互いの答えは平行線。これだけ窮地に置かれながらも、この賞金稼ぎは生きて逃げ延びようとしている。

『そうですか。残念です』

 カナエは目を伏せ、右腕を振り上げる。瞬間、彼女のすぐ脇をすり抜けて、植物の蔓がブリット目掛け飛び出した。

「くっ……!」

 彼は全身に黄色の稲妻を漲らせ、前のめりに跳び、拘束から逃れようとした。しかし、肝心要の足裏が大地から離れない。これに先んじ、氷結の魔法が彼の足を凍り付かせていたからだ。

「人海戦術だと。お前、本気か」

『パンゲアを揺るがす一大事ですよ。手段など選んでいる場合じゃありません』

 土の魔法の派生・植物を自在に操る力に囚われ、哀れ賞金稼ぎは指一本動かせず簀巻きとなった。

『終わりました。あとは任せます』

 魔力を用いる者たちに加え、槍や盾を構えた衛兵たちもが混ざり、大挙して拘束したブリットを連れてゆく。

『あなたが。あなたが悪いんですよ。ピースメーカーの、私の気持ちを……踏みにじって……』

 カナエは振り返ることなくそうつぶやき、人知れず涙をこぼす。仕事に殉じるのも本音。しかし、彼という一個人を愛したのもまた本音。ピースメーカー上位の実力者は愛と秩序、相容れぬ感情の間で揺れていた。


※ 7 ※


「ほらほら、見てパパ。あたしの上腕二頭筋。こんなに固くなったのよ」

「ははは。流石はパパの子だ。お前ならきっと継承出来るさ、俺の雷光一閃を」

 模造刀を素振りする娘の頭を撫で、穏やかな笑顔を向けるこの男。

「パパ、どうしても行っちゃうの? もうちょっと、遅らせる事はできないの」

「こういう稼業だからね。時間厳守は前提条件。悪いけど、続きはまた今度だ」

 彼女と一緒にいられるのもこれが最後。今日ばかりは叱らず、なるたけ優しく接してやりたい。

「身体を鍛えなさいビッキー。鍛え抜かれた肉体は自分に自信を与えてくれる。誰よりも強くなるんだ。独りでも生きて行けるように」

「やぁだなあ。何よこれが最後みたいな言い方。パパとあたし、どんなピンチもいつもふたりで乗り越えてきたじゃない」

 少し間を置き、それもそうだ、と父は曖昧な笑みで答える。確かに今まではそうだった。けれど、今回抱えたトラブルはこれまでとはレベルが違う。このパンゲアの根幹を揺るがす大事件。逃げ切れる自信はあるが、もしもピースメーカーが総力を以て襲ってきたならば――。

「それじゃあ。いつも通り」

「二日待って、帰ってこないなら南へ。もう何度も聞きました」

 自分よりも強く逞しい娘だ。彼女ならその辺の男どもなど片手で圧せられることだろう。そこに関しては心配していない。

「またね。土産話、期待してるから」

「あぁ。行ってくるよ」

 もう二度と見ることの無いであろう娘の顔を目に焼き付けて。いつもより大仰に手を振って。賞金稼ぎブリットは今自らに迫る危機を何一つ知らせず、踵を返して立ち去った。

 実際にこれが、ふたりの今生の別れとなったのだが、この時のビッキーは知る由もない。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新ありがとうございます! 過去話、実にハードな感じですね… 本編と違って、なんというかハードボイルドヒーロー感にあふれています それでは、また! 次回以降の回想も、楽しみにしてますね!…
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