もう終わってしまった話
※ ※ ※
「もぉ、やめときなってえ。眠った子をかかえて貴方ひとり。諦めて戻ったほうがいいと思うなあー」
「冗談じゃ……ないっ!」
自分の手元くらいしか見えない闇の中、血に飢えた獣が喉を鳴らし、ボクらの周りを駆け回る。
対象を『凝視』し、スローモーで狙い撃とうとも、その姿を捉えることはかなわない。
「くそっ、当たりさえ……当たりさえすればっ」
ずっとこのチカラと付き合ってきて分かってきたことがある。スローになるのは"感覚"だけ。敵の先手を撃てるのは、単にこの得物が銃だから。
ボクよりも地力で勝るスピードの持ち主には動きは見えても、撃ち込む時にはもう射程内にはいない。
(やってくれるよ。そのうえで、逃げ道までも塞ぐんだもんな)
気配を感じ後ろを向けば、既に村への入り口は深い森に閉ざされていて。これがあの女の『魔法』か? 獣を放って、その上で行き場も逃げ場も塞いで仕留めるつもりか? 冗談じゃない!
「うそだろ……もう」
ここに来るまで、青のローポリゴンとけたたましく叫ぶ十字のオブジェクトを撃ち過ぎた。おじさんから託された弾倉も使い尽くし、あとはここに残るニ発のみ。
(どうする……。どうすればいい)
後頭部に生温かい獣の吐息がかかった。驚いて身をかわすも、判断が遅れた代償に、脇腹を掠めて去ってゆく。痛みに顔をしかめ、地についたふたつの足がぐらりと揺れた。
「うん……?」
なんでこんなに重いんだ、と思い直し、背中に抱えた邪魔者の姿を思い出す。薬が効きすぎて今もなお目を覚まさない筋肉女。おじさんから『お前が守れ』と託されて、置き去りに出来ないので仕方なく抱えて運んでいる。
「ほらぁー。早くぅーかーえーろぉーよー」
命のやり取りにきれいもきたないもない。ハンデがあるなら積極的に狙っていくのが筋だろう。向こうを責めたって何にもならない。
『GUORRRRRR』
ボクと林を隔て十メートル。奴が上体を沈めているのが視えた。もう『次』はない。感覚でわかる。
(恨むなよ。ボクだってぎりぎりなんだ)
最初からこうすればよかったんだ。銃口を敵ではなく背中――、今もまだ寝息を立てている筋肉女の鳩尾に押し付ける。
「起、き、ろ、ぉおおおお」
容赦も遠慮もそこにはない。引き金を引いて銃弾を撃ち込む。生暖かい液体が背中に降りかかり、寝ていた身体が激しく脈打つ。
「痛っつつつ………たあああああああッ!!」
強烈な前蹴りを尻にもらい、ボクの身体が前方に弾き飛ばされる。そのすぐ後ろを獣の爪が掠め、通り過ぎた。
「何してくれてんだこらァあああああ」
流石は歴戦の賞金稼ぎ。覚醒めてすぐ自分の置かれた状況を理解したらしい。彼女は吼えながらも指先に淡い稲妻を宿し、自らの右肩に押し当てる。
「往生、せいやあああああ!」
『GUO……OAAAA!?』
電気的な刺激で肥大化した筋肉。狙いを絞って放たれる必殺の一撃。足を止めての近接戦で彼女の上を行くものはいない。紅い稲妻が森の中で迸り、二秒後、彼女の足元には頭はライオン、身体は人間、鋭く伸びた爪を持った化け物『だったもの』が転がった。
「ちょっとアホガキ。なんなのよこれは! つーかナニ撃ち込んでくれてんだァあたしの腹に!」
「平気なら別にいいでしょ」こちらに文句を言うくらい元気なのには恐れ入る。「細かい話はあと。大本を叩く」
まとわりつくビッキーを押しのけて、暗がりの中を前に進む。五歩、六歩、七歩。OK、多分ここで間違いない。
『あれ〜? あれあれ〜? どうしちゃったのかなあ〜』
スローモーも、ローポリゴンもいらない。耳だけで十分だ。『あれ』はずっとボクらの頭上にいる。
深呼吸をニ回して調子を整え、銃口を頭上に掲げる。残るは一発。失敗は許されない。するつもりもない。
「喰らえ」
引き金を引いてズドンと一発。三秒遅れて、ボクのすぐ真後ろにどさっと重たいものが落ちてくる。
これまで無秩序に変化し続けていた林の『変化』が止まった。振り向いて、ターゲットの姿を検める。
「なるほど、これがタネってわけ」
顔や胴体はボクたちと同じ人間だ。けれど、腕の第一関節・脚の膝から下は蜘蛛の足めいて長く長く伸びており、手足四つが同じ、UFOキャッチャーみたいな形状の手をしている。
この長い手足で、遥か上空から木を無秩序に植え直していたのだろう。この暗がり、しかもお供に獣を従えていれば、それに気付く人間はそういない。
「うわっナニコレキモっ。半端に人の形してるのが更にヤバっ」
「それは同感……」
村の連中は皆殺しにしたし、案内役だったこいつも死んだ。何も知らない人間を引きずり込んで、子種を出せ子を孕めと迫る異常者集団。ここは一体なんなのか。どうしてパンゲアにそんなものがあるのか。答えは総て闇の中だ。
※ ※ ※
「何よ……どうなっているの??」
カナエ・バシュタールの持つ『WHO IS』の能力は絶対だ。記憶という名のログを辿られ、自身が覚えていないことまで正確に引き出されてゆく。抗える者など存在しない。
ならば、これは一体どういうことか。かつて愛し愛された男の脳内にあったのは、まとまりを欠いた『映画』の場面、場面、場面である。
『イピカイエーくそったれ』
『ローマ。何と言っても、ローマ』
『アスタ・ラ・ビスタ・ベイビー』
『これから私達が行く場所に道なんて必要ない』
顔も言葉も違う男女が現れては消えてを繰り返し、一切の脈絡が無い。カナエはこの場面の一部を知っている。かつて『彼』と共に肩を並べ、一緒に観た――。
――BANG!
「が……っ、あっ!?」
仕事に私情を挟んだその罰か。その分だけ能力の精度が落ちたのか。発動中の隙を突かれ、左目を赤熱した銃弾が通り過ぎた。眼球を潰し、眼窩の端を砕き、後頭部から突き抜ける。遅れて、カナエの背部に赤い花が咲き、痛みに仰け反り、たたらを踏んだ。
初撃で死んでいなかったのは完全に運だ。あと数センチ右に反れていたら、カナエは01変換され、パンゲアから消失していただろう。
『やめとけよカナ。こいつはお前にゃ背負えねえ。俺たちは終わった。終わったんだ』
口を突いて出た言葉は、果たして誰のものだったのか。普段のだらけきったキャラハンとは違い、渋く重みのある声。『すべて』は理解できない。だが、今ここに居ても、それ以上のことを識ることは出来ないことだけは分かった。
「分かりました。この場は預けます」
溢れ出る血を右手で押さえ、ぎりりと奥歯を噛み締めて。カナエは夜の闇の中に消えた。
「ちっ。逃したか」
苦し紛れの一発が、敵に軽くはない一撃を加えたことだけを知り、彼は銃をホルスターに戻す。あの瞬間纏っていた厳かな雰囲気はとっくのとうに消え失せていた。
「ちきしょうめ、明かりもねぇのかこの村は……。ぼうずたちとの合流、どっちだったっけかな……」




