狂気! 山村の怪!
ホラーやりたくてセッティングしたんですが、これが掲載されるころにはもう彼岸なんだよなあと。
企画倒れ感がとてもつよい。
「さあ……さあ、早く! さあ!」
今度ばかりはこの意味不明な状況に感謝だ。ポリゴンというかモザイクというか……。青色のなんかがボクの目の前でぷらぷらと揺れている。
「ふざ……けんな……。畜生……」
いつものボクなら、頭に二・三発撃ち込んでドボンだけど、当然ながら懐に銃はなし。そりゃあそうか。こんなガキが懐にそんなもん抱えて、警戒しない方がおかしいもんな。
「馬鹿にしやがって。だったらこっちにも考えがあるぞ」
ここはパンゲア、仮想現実。どんなに耐え難い暴力も、このふざけた頭痛も、ログアウトすれば無力化して脱せられる。
屈辱極まりないけれど、三十六計逃げるにしかず。さあ、こめかみにあるこのボタンを押せば……。
「あれ?!」
押した、よな? なんでだ? 景色が動かない。おかしいだろ? パンゲアは仮想現実。ボタン一つで現実に戻ってこられるはずなのに!
「無駄だよ」ボクを嘲笑うように、青色の立方体がそう告げて。「基本ルールさ。パンゲアの異常を現実に持ち込まない。駄目じゃないか、そんなフラフラでログアウトなんかしたら」
そうだ……。そういやそうだった。限りなく『本物』の質感に近づけたパンゲア。毒や麻痺みたいなバッド・ステータスを喰らったまま現実に帰ると、脳が錯覚して障害を抱えることになりかねない。命の価値が紙のように軽いパンゲアが設けた、数少ないセーフティ要素だ。
(こういう時だけユーザーフレンドリー面……)
視界は半々ぼやけたまま。解毒か寛解、盛られてどのくらい経った? どれだけ時間を稼げば逃げられる?
「脱げない……? そうか、脱げないか。なら、おじさんが脱がしてあげようねえ」
なんて考えてる間に待てやコラ! 脱がすな、ズボンに手をかけるなーっ!! やめろ、待って、ねぇ! お願い!!
「ン……?」
ほら、やめろって言ったじゃん。あんたナニ想像した? ボクのことムスメだって思ってただろ。違うよ、全ッ然違う。『交尾』だろ?! 交尾してぇってんだろう? 出来るかよバーカ! そういうことしてぇンならよ、ヒトの性別くらいしっかり把握しろっつぅんだよ!
「そうか。そうか。そりゃあ困ったねえ」
参ったな。全然困惑してやがらないんですが。
「オーケー。ならばチェンジだ。カモォーン」
青色のローポリゴンがぱちんと指(?)を鳴らすと、ひとつしかない出入り口から赤のモヤモヤが四、五……えっ六? 六人がかり?! 青色が後ろに退き、赤がボクの周囲をがっちりと固めて。
「アラ。あらあらあらあらぁ。あなた『お嬢ちゃん』じゃなかったのねえ」
「にこにこ村はおとこのこおんなのこもウェルカムよぉ。固くならなくったって大丈夫。おねーさんたちが全部、シてあげるから」
怖い。めっちゃ恐い。右目側では赤い立方体が、左目側ではなんかぼやけたモヤみたいなものが。ボクのズボンを無理矢理に降ろして来る。止めてくれって言ってるのに、左右から羽交い締めにして来てるんだけどぉ!
「いいのよ。みぃんな、私たちに委ねて……」
「いい訳あるか、この……くそっ……!」
駄々っ子みたいに手足をばたつかせ、壁や扉に蹴りを打ち込む。悔しいが、ボクひとりじゃどうにもならない。ビッキー、あのムキムキの筋肉女なら、たとえ一服盛られていようが人海戦術にだって勝てる筈。
(頼む、たのむ! 気づいてくれ……)
頭下げろって言うなら幾らでも下げるよ、あぁそうさボクはひ弱さ、銃が無くちゃ何もできない。だからお願い、助けに来てくれっ!
『なんだこれは。固い……固い!』
『人を、もっと人を! こじ開けられないっ』
『こんな輩初めてだ。本当に同じ人間なのか……?!』
遠方で、騒ぎ立てる大勢の男たちの声がする。なんとなくで話は読めた。そしてそれ以上のことは知りたくない。
「あたしの筋肉をさあ……舐めてもらっちゃ困るのよねぇ……」
寝言でさえ無敵かあの女。常時そういうバフでもかかっているのか? なる程、女だてら、ひとりで賞金稼ぎやれてたのも頷ける。頷けるけど、あれは多分、助けには来てくれないやつ。
「なんだか向こうが騒がしいねえ。ま、向こうのことは向こうに任せておきましょ」
ですよね分かってましたよ。あの筋肉女、肝心な時に役に立たないじゃん! 今が活躍時でしょ!? 何のためにパーティー組んでんのさ!?
「さぁ、サァサァ。おいで。何もかもぜぇんぶ、私の中に出して頂戴……」
ねぇ、どこ掴んでるの? 『そこ』は駄目っ。ちょっ、やめようよ。オトコとして見られるのは嬉しいけど、やっ決して嫌らしい意味じゃなく。
(駄目だ……もう、打つ手が……)
なんかもう、抵抗するのが馬鹿らしい。気持ちよくしてくれるんならそれで良くない? そう思うと、何もかもどうでもよくなってくる。あんたらの勝ちだバカヤロウ。あとは何でも好きにしろってんだ。
――BANG!
何もかもに匙を投げ、大の字を作りかけたボクの目の前で。頭上に立つ赤色のローポリゴンの頭部が弾け飛ぶ。羽交い締めにしていた他の赤が全部そちらを向いた。それからきっちり三秒、一秒一発。拘束していた連中総て、分解されてこの世から消え去った。
「あんたたちが立派だってのはわかったよ。けど、それヒトに強制するもんじゃないだろ」
さっき助けを求めたとき、『彼』を選択肢に含めなかったのは、どうせもう諦めてるだろうと思っていたからだ。酒さえあれば黙らせられる人間に、この狂乱をどうにか出来るとは思えなかったから。
「オウ。ズボン下ろして何やってんだぼうず。トイレならそっちの突き当たりだぞ」
「この状況でなんでトイレだって思うん??」
おじさんが投げ落とした拳銃を手に取り、乱れた衣服を正して立ち上がる。
けど、なんで? あの執拗な『合体アピール』の中、どうして彼だけフル装備でいられるんだ。
(それに。これは、なんだ)
まだ仕様を完全に把握したわけじゃないけれど、ボクの目に映る立方体にはひとつのルールがある。男は青。女は赤。
「喧嘩を売ったのは奴らだ。徹底的に略奪して帰ろうぜ」
「あ……、あぁ、うん」
だとしたら。今目の前に立つおじさんはなんだ。赤でも青でもない、真っ白なワイヤーフレームのローポリゴン。これは一体なんなのだ。




