これが噂のあたしあたし詐欺
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「パパの馬鹿。大馬鹿。馬ッ鹿野郎……」
ちゃんと栄養を摂ったのに、腹斜筋がヘタってしようがない。力を込めても大胸筋が思うように膨らまない。足元のレンガを拾ってぎゅっと握ってみる。亀裂が走るだけで砕けない。いつもなら秒で粉々に出来るのに。
ずっと捜し続けて来たパパと再会できたのに。肝心のパパはあたしのことを覚えてなくて。意地を張っての物別れ。
(あたしから謝るべき?)
ノー、NO・NO。悪いのは忘れたなんて言って拒絶なんかするパパの方。そもそもなんで忘れるの? 忘れるってなんなの。パパはパンゲア最高の賞金稼ぎなのよ。そこいらの有象無象にやられるなんてあり得ない。
「お客様、追加のご注文がないならそろそろオアイソを」
「うっさいわね。今立とうと思ってたの」
あんなよわよわな筋肉で。しこたま酒を呑んでいて。あんなパパをあたしは知らない。姿を借りた別人? そんな筈ない。どんなにスキンを変えようと、他の誰かが成り代わろうと、そうじゃないと見破れる自信がある。
「なんなのよ、もう……」
だからこそわからない。あれはパパであってパパじゃない。じゃあ何なの? あたしと離れた三ヶ月。パパはどこで何をしていたの……?
『パパぁ、捜したよぉ。こんなところにいたんだあ』
『やだなぁ。わたしだよわたし。パパの愛娘のライア。何も言わずに置いてって。寂しかったんだからあ』
悩んで迷って、道端で聴こえた不気味な声。関係ないや、そういうヒトもいるんだと聞き流してしまいそうになったけど。
『お前がそう、なのか? すまねえな。こちとら、過去の記憶ってやつがまるで無いもんでよ』
ちょっ、待ってよ。対応してるのあれパパじゃん! ナンデ!? あんなの間違いなくワナでしょ!? どうしてパパが引っ掛かってんの!?
※ ※ ※
「ほぉら、いっぱい食べて。久々に逢えたんだもの。ぜぇーんぶわたしの奢りっ」
「そりゃあありがたい。ありがたいんだが……くれるってんなら酒をくれ」
おかしい。何か変だ。いや、いつもヘンではあるけれど。
「じゃあこれ。ヘネシーの15年モノ。バパ、昔から好きだったでしょ」
「おう気が効くじゃあねぇか。さんきゅー」
あのおじさんが、今さっき逢ったばかりの『娘』と仲良く卓を囲んでいる。それでもなお、出された料理に手を付けないのは流石というか何というか……。
娘ならさっきも居た。筋肉モリモリ細マッチョウーマン。確かにあっちよりは取っ付きやすいし、なんとなく面影もある。あるけれど。
「なぁに? わたしの顔に何かついてる? 『おにいちゃん』」
「え。あ、いや……特に……何も……」
けど、実際おにいちゃんだなんて呼ばれると、そんなことどうでも良くなって。だっておにいちゃんだよ!? こんなに可愛い妹におにいちゃんって言ってもらえるんだよ!? 他に何もいらなくない?
「おにいちゃん。パパ、ご飯いらないって。わたしだけだと余っちゃうし、食べてくれる?」
「うん。うん。食べるよ、おにいちゃんに任せんしゃい」
なんだろう。この子に言われるとなんもかんもどーでも良くなっちゃう。砂糖菓子みたいに甘ったるくて、聴いてると背筋がそば立っちゃう胸キュンボイス。民間伝承のセイレーンってこんな感じなのかな。成程、引っ掛かって抜けなせないのも頷ける。
「や、待って。セイレーンって」
「どうかした? おにいちゃん」
「ううん。なんでもない。なんでもないよお」
ま、いっか。難しいことは考えなくて。おじさんは娘が見つかったし、ボクには妹が出来た。大事なことはそれだけだ。
「さぁーって。お腹もいっぱいになったことだし」
ライアちゃんは軽く伸びをし、おじさんに蠱惑的な眼差しを向けると。
「わたしね。パパに頼みたいことがあるの。クエストを一つ請けてるんだけど、ひとりじゃちょっと厳しくて」
なんて言いながら、彼女が指差すのは街外れに立つ物々しい色合いの建物。周りの連中は守護者か? ただのプレーヤーにしては顔が厳つすぎるんだが?
「あそこ。パンゲア内に蔓延る極悪ギルドの辺境支部なんだって。非合法な手段でおカネを毟り取るやつらがいっぱいいて、街のみんなはずうっと困ってるんだって」
なんとなく話が見えてきた。アレはやくざの詰め所のひとつで、カチ込むのに兵隊がほしいってことだな。
「パパお願い。大事なクエストなの。成功させなきゃいけないの。手伝って」
おじさんの腕に自分のそれをぐるんと回して。あぁあこれは反則だよ。如何に唐突かつ理不尽でも聞かざるを得ないじゃないか〜っ!
「おう。分かったよ。お前の頼みじゃ聞かないわけには行かないからな」
「ほんとぉ!? ありがとぉ! ありがとうパパ! 愛してるぅ!!」
いや、いやいや。アレはちょっとまずいんとちゃう? ボクら完全に無関係ですよ。あんまり日向の道を歩けないんだし、関係ないことに首突っ込むのはやばいって。
「おにいちゃん。おにいちゃんも、協力してくれるよね? ね?」
「あっ、うん。モチのロン。正義のためのお仕事だもんね。張り切ってガンバルゾー」
おいおい、何を馬鹿なこと言ってんだ? ライアちゃんが頼んでるんだぞ? 断るだなんて論外でしょ論外。
気持ちがぐちゃぐちゃだ。考えていることがコロコロ変わる。そもそも兄ってなんだ。ボクはひとりっ子だ。腹違いでもない限り子どもなんて。
「おにいちゃん。何してるの? 早く早く」
「ごめんごめん。今いくよ」
駄目だ。何が正しいのかわからない。いくら集中しても気持ちがどこかに流れていく。最初に違うだろと止めておくべきだった。どうすればいい。どうにもならない。こんな搦手、ボクらだけじゃどうしようも――。
「何ァに、やってんだ、この野郎おおおおおお!!!!」
「ぶへらっ!?」
ボクのすぐ隣を色付きの風が通り過ぎ、ライアちゃんが横っ飛びに弾け飛ぶ。
えっ、何それ、横っ飛び!? ナンデ? なんて思って目線をずらせば、どこかで見たようなしなやか筋肉。
「また会ったわねヒョロガリ。あんた、パパ巻き込んで何してくれちゃってんのさ」
「ナニってあんた。そっちこそ何してくれちゃってんの。あれはおじさんの実の娘なんだよ?」
「娘」ビッキー、だっけ。彼女は露骨に呆れた顔をして。「本ッ当にどうかしちゃったのね。あれ見ても、まだそう言える?」
「は……?」指を差されて、反射的にそちらを見やる。吹っ飛ばされて生じた土埃が晴れて、晴れて……。えっ。
「クソが……何なんだよふざけやがって……」
ライアちゃんは。あの銀髪は。あの可愛らしい顔はどこへ行った。
残ったのはつるんと禿げ上がった頭に嫌味な目つき。中肉中背の中年男。なんなんだこれは。なんだったんだ今までは。




