筋肉は全てを解決する
さてさて今週もはじまりました。
のっけから何ですが、とうとうほぼ日連載をする体力が尽きてしまったので、この連載体系はあすで終了となります。
以降は週刊連載としておたのしみください。
※ ※ ※
「ぷっ、はあ〜〜〜〜っ。やっぱ仕事のあとの一杯は格別よねえ」
獲物を刻み、依頼主に報告を済ませたその足で、シェイクしたプロテインドリンクをグイッと一杯。荒事で疲れた筋肉を癒すにはこれが一番。
ああ、効く。効いてるっ。重い荷物を振り上げ続けた上腕二頭筋が。脚を支える大腿四頭筋が。超回復で喜びの声を上げているを肌で感じるっ。
「お客さん、すみませんが持ち込みはご遠慮いただけませんか」
「何よ。カネなら払ったでしょお。席代の7クレ」
「いや、席だけでなく、飲み物やお料理の方も」
バぁカ。そんなもん口にするかっつーの。あたしが求めるのは筋肉が喜ぶプロテインのみ。他のモン出されたって突っ返すだけよ。
最近のバーはケチくさいわね。7もクレジットを突っ込んでる客に退けって言うの? お客が神だなんてサムイこと言うつもりはないけどさ、あんたんとこの接客、少し考え直した方がいいんじゃなあい?
「オウオウ。ずいぶん威勢のいい姐ちゃんじゃないの、エェッ?」
波風立てず、穏当に返してやったというのに。店長はカウンターの奥に退いて、今度は屈強な体付きのお兄様の登場ですか。客に対して横柄な態度を取るわけね。こんなでくのぼうをカカシに立たせてるんだから。
「ここは酒と時間を楽しむパンゲアのオアシスだ。荒らそうってェなら容赦しねぇぞ」
「容赦しない、ね……」上背が高いだけでついてる筋肉はお粗末そのもの。背中の剣を抜くまでもない。広背筋を思い切り漲らせ、肘に重心を置いて振り返る。
「ぐ、ぉつ!?」
「何がどう容赦しないって?」
尖った肘が奴の顔にすこんと一発。あたしの肘が真っ赤に染まる。
「ほぉら。言ってみなさいよ。容赦しないってなぁに?」
「おぐ……おが……!」
手で塞いだ顔越しに足の裏で踏みつけて。これで用心棒とはお笑い草ね。顔を押さえて完全無力化。何も守れてないじゃない。
「そのへんにしておきなさい」
もう少し遊んでやろうかと思っていたのに、足と手の間に杖らしきものが挿し込まれ。びょんと持ち上げられて弾かれる。
浅黒い肌に幾重もの皺が折り重なった顔。黒目と白目が反転したみたいな不気味な瞳。長く伸びた顎髭。パリッとノリの効いたタキシード。馴染みの顔がそこにあった。
「誰かと思えばパーマーさん。報告ならもう上げたでしょ」
「急ぎの仕事だよ。近くの町で狼藉者が現れてね。『シノギ』の邪魔になるから殺してくれと」
まぁた組同士の諍い絡みか。「今も言ったわよね。あたし、今ひとしごと終えたとこなんですけど」
「キミは、仕事を選り好み出来る立場かね」
はいはい、わかってましたよそう返されることは。それを承知でタッグを組んでるから、あっちも強気で迫ってくるのが本当にムカつく。きゅーっと萎縮しちゃって。腹直筋ちゃんだってそう思うよね?
「分かっているなら結構だ」パーマーは杖をさっと薙ぎ、カウンターに手掴み300クレジットを現出させると。「報酬先払いだ。ここから東に15キロ。キミの足なら一時間もかからないだろう。頑張ってくれ給え」
「はい、はい……」
断れば仕事は別の子に流れてしまう。折角見付けた金づるだ。逃すわけにはゆかない。ごめんね私の筋肉たち。さっさと済ませるから勘弁してね。『報酬』を外套の中の財布にしまい込み、店を出て指示された方向へ駆けてゆく。
(見てなさい。いつかその面に拳打ち込んでやるんだから)
あたしを置いて出て行ったパパと再び巡り合うまでは。どんなに不愉快でも食い扶持を稼ぐためならば。全身の筋肉を弾ませて、道なき道を駆け抜ける。
目的地は――、荒野地帯を抜けた南東の玄関口、『アマルティア』。
※ ※ ※
「よっし、着いた! 着いたぞーッ!」
「うん。良かった……ぎりぎり……」
空っ風吹く荒野を突っ切って、到着したのは緑溢れる地方都市アマルティア。今までの田舎よりもずっと栄えていて、人の数もべらぼうに多い。
「どこだ! どこにあるんだ酒! 俺ぁもう限界だぞ!!」
館で奪い尽くした酒壜も街の手前で殆ど消費し、だいぶ手の震えが目立ってきた。また”あんな”状態になられてはたまらない。わき目もふらず酒のある場所へと駆け出したおじさんを止める道理はボクにはない。
(一体、なんなんだあの人は)
おかしい……のはいつも通りだけど。そういう固有スキル? だったら竜と争った時に発動してくれりゃあ良かったのに。ボクとおじさんは互いの目標の為に手を組んだ同志だ。多少後ろ暗い過去を抱えてたって、見捨てるつもりはないけれど。
「おい、おいおいおいおいおい!どこだ! 酒は! どこにあるんだ!?」
なんて、人の気も知らないで。子どもみたいにぎゃあぎゃあわめいちゃって。緊急時だからって、もうちょっと慎みってのをもってもらわなきゃ。
『きゃーーっ!? 何よ、何なのぉ!?』
『酒泥棒だ!! 捕まえてくれぇ』
おいおいおい、ちょっと待てよ。そこまで?! そこまでする!? ただでさえピースメーカーにマークされてるってのに、不用意に罪を重ねんなって!
「へへへ、おっさきぃ!!」
なんて呆けてたボクの目線のすぐ下を、喋る黒色の塊が通り過ぎる。遅れて、その後ろから見知ったざんばら髪が駆けてきた。
「畜生手前ェ! 俺の酒返せや!」
良かった。奪ってったのはおじさんじゃないらしい。よぅしここから本題。で、今の何?
「俺の、だとぉ? ナマ言ってんじゃねーよおっさん! 酒の壜に名前が書いてあるのかよォーっ」
黒い玉は逆回転でブレーキをかけ、ボクらの前で足を止めた。玉じゃない、人間だ。丸い身体に手足が生え、亀めいて首がにょきっと伸びて来る。
「俺様は酒強盗クルクルマルマン。災難だと諦めな、パンゲアじゅうの酒は俺様のものだ。はっはっは」
・次回の更新は5/31(火)を予定しております。




